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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
鏡屋敷の謎
37/42

鏡屋敷の謎 8

 勝手口で脱いだスニーカーを玄関まで持ってきて、3人は外に出た。

 別の家なんかじゃない。

 振り返って見たその家は、陽向(ひなた)が気づいたように最初の家と同じ家だ。黄色いかわいい車だってある。だいたい、玄関の脇に「37度54分8秒 139度1分25秒」と書かれた黒板を置いたイーゼルがあるじゃないか。

 それなのに、中身は鏡像の家なのだ。



「そう、この家は鏡屋敷」

 おばあさんが言った。

「第2のチェックポイントですよ。この家が鏡屋敷だと見破ったあなたたちは無事に最後の関門を突破しました。最後の謎と最後のキーをあなたたちにあげましょう」



 3つの鍵が円卓の上に並べられた。

「この家が鏡屋敷だと気づかなかった子たちには、お菓子をたくさん持たせて帰しました。この鍵を渡すのはあなたたちが初めてです」

 前の鍵に似ている。

 革の持ち手もついている。

 だけど、そこにパスワードは焼き付けられてない。

「最後の謎は口頭で伝えるようにゲームマスターに言われています。その謎が解けたら、もう一度、この家に来なさい。間違えないでね。その鍵はこの家の玄関の鍵ではありませんよ。あなたたちが正解を選んだかどうかを試す鍵なのです」

 「では謎を伝えます」と、おばあさんが言った。

「第2の管理人は私。第1の管理人は鏡の向こう。では、どちらが実像でどちらが鏡像なのかしら。当ててごらんなさい」

「えっ」

 3人は声をあげた。

「それが謎なのですか?」

「そうです」

「おばあさんはふたりいるのですか」

「さあ、私は知りません。知っているのは、鏡対称のおうちがあって、鏡対称の私がいるらしいということだけです。いるのかもしれない。でもいないのかもしれない。さあ、どうでしょう?」

 もう、ヒントはないの?

 ここまでで与えられた材料だけで、どちらが実像で鏡像か決めないといけないの?

 裕美(ゆみ)と野球帽の子がなにかをキョロキョロと探し始めた。裕美ほどじゃないが、陽向もそこそこミステリを読んでいる。なにを探せばいいのかうっすらとはわかる。

 新聞?

 カレンダー?

 左利き専用の家具? 左利き用はさみ? でもそれだってどっちが実像で鏡像かなんて決め手になるだろうか。

 あれっと陽向は思った。

 野球帽の子が動きを止めている。

 陽向は彼女の視線を追ってみた。アンティークな家具に合わせた額縁の楕円の鏡が壁に掛かっている。なんだろう、あれになにかヒントがあるのだろうか。鏡だから?

 裕美も野球帽の子の視線に気づいた。

 そして、裕美の位置からはそれが見えた。

 鏡に少女が映っている。部屋をこっそり覗き込んでいるらしい。おばあさんの家族? いいえ。長い髪、切れ長の目。

 あれは野球帽を被っていないだけの野球帽の子だ。

 それこそ、鏡の中の彼女だ。

 3人の視線に気づいたのか、鏡の中の彼女は視線を裕美へ――鏡へと向けた。そして「あっ」と姿を消した。

「どちらかが鏡で」

 野球帽の子が言った。

 もともと目つきのきつい子だ。それが、今は苛烈といっていい目つきになっている。野球帽の子はそれをおばあさんへと向けた。

「どちらかが本物なのですか」

「そう。それもふくめて、たくさん考えてね」

 変わらない表情でおばあさんが言った。

 どん!と野球帽の子が円卓の天板を下から突き上げた。出した手にはマジックペンがある。どうやら天板の下を利用して、()()()()()()()蓋を閉めたらしい。

「裕美、陽向。出よう。そろそろ5時になる。それまでに戻らなければ叱られちゃうんだろう?」

 野球帽の子が言った。

 目の鋭さは消えない。



 鏡屋敷を出て見上げた窓に鏡のなかにいた少女の姿がある。

 リビングでは陽向から見た角度では鏡に映らなかった。陽向はただ、高笑いに似た子が窓にいるなとしか思わなかった。

 裕美も、野球帽の子も窓を見上げている。

 少女も今度は逃げない。レースカーテンに手をかけ、じっと3人を見下ろしている。

「自転車を置いた公園に戻ろうか。陽向、わかるんだろ?」

 野球帽の子が言った。



 自転車を止めた公園は、意外なほど鏡屋敷から近かった。

 それに気づかれないようにわざと遠回りに走らされたのだ。それにしても3人を包むこの徒労感はなんだろう。鏡屋敷だと気づかずにお菓子だけを貰ってあの家を出たほうが幸せだったんじゃないだろうか。

「裕美ちゃん、なにを見ているの?」

 陽向が言った。

「あっ、なんでもないです!」

 裕美は慌ててスマホを隠した。

 え、裕美ちゃん、陽向に見せてくれないの。陽向に隠し事あるの。裕美ちゃんはもう高笑いの奥さんなの。陽向はちょっとショックだ。

「陽向、裕美」

 MTB(マウンテンバイク)のサドルにまたがり、野球帽の子が言った。

「私には、自分だけの思い出が許されない呪いがかけられているんだ」

 にやりと野球帽の子が笑った。

 苛烈さまで含んでいた視線は、今はさみしそうだ。

「意味わかんないよな、中二病だよな。でもそうなんだ。あの挑戦状と、おまえたちふたりと出会えて、もしかしたら自分だけの思い出が作れるかもってワクワクしたんだ。でもだめだった。結局、いつだって私は()()()の手のひらの中なんだ。()()()の呪いから逃れられないんだ」

 野球帽の子の笑顔が崩れ、涙が眼からあふれた。

 ありがとうと、野球帽の子が言った。

「ありがとう。楽しかったよ、裕美。陽向。きっともう2度と会えない。でも絶対に忘れない。さようなら!」

 野球帽の子はMTBを駆って駐輪場を飛び出ていった。

 そしてあっという間に角の向こうに行ってしまった。

 公園にヒグラシの鳴き声が戻ってきた。

 陽向は思った。

 好きなことだけ言って。

 一方的にわめくだけわめいて、あいつが行ってしまった。あれ、でも、おばあさんの最後の謎が残っているじゃないか。おおい、それを残して、冒険仲間を残して、行ってしまうのかい。

 おおい、ねえ、高笑い!

「ねえ、裕美ちゃん」

 陽向が言った。

「1年生のときの夏休みを覚えている? ずっとあの毎日が続くんだと思ってたら、8月31日に6年生のガキ大将に集合かけられてさ、第8児童公園に集められてさ」

「覚えてます。太陽(たいよう)ちゃんでしたね」

「えっ!」

 太陽は陽向の兄だ。

「あれ、うちの兄貴だったっけ! そうだっけ!」

 陽向は本当に忘れていたようだ。

「ええと、まあ、それでさ、兄貴――ガキ大将に言われたんだよね」

「『なあ、おまえら。夏休みは今日で終わりなんだぜ』」

 口まねまでして裕美が言った。

「……」

 そうか、あれは兄貴だったんだ。

 その言葉のインパクトばかり覚えていた。そのあと裕美ちゃんとわんわん泣いたことばかり覚えていた。永遠のように思っていた夏休みが終わってしまう痛みばかり覚えていた。陽向の目から涙が落ちた。

 今年の夏休みは終わったんだ。

 陽向は思った。

 高笑い――野球帽の子、たった4日間だけの冒険仲間。振り返りもせずに駆けていった。夏と、夏休みと一緒に、遠く去って行ってしまった。

「帰ろうか」

「そうですね」

 裕美もさみしそうだった。

 ふたりは自転車にまたがった。



 さようなら。



 結局、あれから2度と鏡屋敷には行かなかった。鏡屋敷の冒険は高笑いがいなくなったあの日に終わったのだから。

 ひなたちゃーん!

 あそびましょーー!

 そう飛び込んでくる生意気で変な冒険仲間はもういないんだ。

 その後の物語なんて、ただの蛇足だろう?

 そういえば、裏掲示板に毎日書き込まれていた「あなたへの挑戦状」も、裕美によるとあの日以来見なくなったそうだ。パスワードを打ち込んでいたサイトも更新を止め、9月にはいる頃には消えてしまったらしい。

 裕美は行ったのだろうか。

 もしかしたら自分なりの答を見つけ、鏡屋敷を訪ねたのかもしれない。おれは知らない。


 そして5年が経った。


 この5年で、ただ背が高いだけのぼんくらだったおれだって、少しは冒険の足を引っぱるだけの存在からは成長できたんじゃないか。それに今ではオカメインコ高橋(たかはし)さんや委員長林原(はやしばら)さんだっていてくれる。

 新しい冒険仲間だ。

 そして今夜、おれに電話をかけてきたのは、「きっともう2度と会えない」とあの日泣いたあいつだ。


「陽向」

 若干鼻にかかった上から目線な声が言った。

「鏡屋敷が取り壊される」


 さあ。

 あの夏の決着をつけに行こうじゃないか。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


小宮山睦美 (こみやま むつみ)

上遠野という少女を知る生徒。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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