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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
鏡屋敷の謎
32/42

鏡屋敷の謎 3

 

 CG ED H ACI A BE


 あなたへの挑戦状。

 24インチモニターに映し出された2番目の暗号をにらんだまま、陽向(ひなた)は動けない。手のソーダアイスを舐めるのは忘れていないようだけど。

「ヒントちょうだい、裕美(ゆみ)ちゃん」

「陽向ちゃんは努力をやめてしまいました」

「だって、わけがわかんないよ、これじゃ」

「意味不明の文字列の場合、アナグラムだったりシーザーの暗号だったり、他の文字に変換してみたり。だけどこの暗号の場合は――」

「しじいーでぃーえいち、あしあべ」

「誰がむりやり読めと言いましたか」

「北斗の拳の悪役のやられ台詞?」

「違います」


 ヒントは指示の中に隠されている。

 「次のパスワードは この地点で手に入れよ」

 どうやらこの暗号は特定の地点を示しているらしいとわかる。それは座標、つまり緯度経度ではないか。それならばアルファベットを数字に変換すればいい。答を予想してからそうなるように変換するのがこの暗号の解法だ。


 CG ED H ACI A BE

 37 54 8 139 1 25


 これは単純にアルファベットをその順番通りに数字に変換したものだが、これでいい。


 緯度37度54分8秒、経度139度1分25秒。


 裕美が天文ファンだからすぐにわかるかもと言ったのは、天文ファンは自分が住んでいるところの緯度経度、特に緯度を知っていることが多いこと。そして天文では赤緯赤経という緯度経度に似た座標を使うので独特な表示に慣れているというのがある。実際、手こずっていた陽向も「指示がヒント」と教えてもらったら一発で暗号を解いてしまった。



 お昼ご飯を食べて、陽向と裕美は自転車で飛び出した。

 ナビは裕美のスマホだ。GPSによる位置情報を調べることができる。

 お盆過ぎのもうすぐ終わる夏だ。でもまだまだ暑いし、野原には夏草にセイタカアワダチソウ。そしてひとりでは行ったことがない遠くまで自分たちは行くのだ。

 冒険だ。

 冒険です。

 陽向と裕美のワクワクは止まらない。

 指示された場所は郊外の新興住宅街だった。そしてその家があった。

 周囲より少し大きくて、少し古い家。

 かわいい黄色い車。

 そして玄関先に置かれたイーゼルに載せられた黒板に書かれているのは「37度54分8秒 139度1分25秒」の文字。

「ここだーー!」

「ここだーー!」

「ここだーー!」

 声をあげたのは陽向と裕美だけじゃなかった。

 陽向と裕美のふたりと同時に叫んだのは、道の向こうからMTB(マウンテンバイク)を押してやって来た黒い野球帽に長い髪の生意気そうな女の子。

 じろり。

 野球帽の女の子は陽向と裕美をにらんできた。

「おまえたちも、挑戦状を見てここに来たのか」

 野球帽の女の子が言った。

 いきなりおまえ呼ばわりですか。

「ふん」

 しかもなんだか鼻を鳴らしやがりましたよ、この子。

「そうは見えないけど頭は悪くないんだな、おまえたち!」

 やだ、この子怖い。

 なんだか怖い。

「あらあら、お外が賑やかだと思えば」

 玄関におばあさんが出てきた。

 とても優しそうな笑顔のおばあさんだ。

「あなたたちも謎を解いてここまで来てくれたのね」

 うわっと陽向と裕美は高揚して頬を染めた。

 びっくりじゃないか、あの生意気な野球帽の子も一緒に頬を染めたのだ。

「おめでとう。この家が最初のチェックポイントですよ」

 ワクワクが止まらない。



「えっ、おまえも5年生なの!?」

 年上に見えた野球帽の子だったけど、同い年だったらしい。でも、家の中でも帽子を被ってるのは失礼じゃないのかな。

「いきなりおまえ呼ばわりかよ」

「そっちが先に、おまえって言ったんだよ!」

「そっちが先だーとか、小学生かよ」

「小学生だよ!」

 おばあさんが台所に行っている間にヒソヒソ話をはじめた陽向と野球帽の子だったが、すぐにそれは大きな声になってしまう。裕美は構わず部屋の中を観察しているようだ。

 8畳ほどのリビング。

 アンティークな家具で揃えられていてオシャレだ。3人が座っているのも少し大きめの重厚な円卓だ。椅子ははじめから4脚ついていたけど、まさか3人が来るとわかっていたわけじゃないだろう。だいたい、3人はこの家の前で会ったばかりなのだから。

 窓は西向きではないらしい。

 午後のギラギラした陽射しが差し込んでこない。

「暑かったでしょう。カルピスを召し上がれ」

 おばあさんが四つのグラスを載せたトレーを手に戻ってきた。木製のボウルにはポテトチップスに塩味系のお菓子だ。

「来たのは私たちだけ?」

 さっそくポテトチップスに手を伸ばし、野球帽の子が言った。

()()()、あなたたちがはじめてね」

 たちまち不機嫌そうな顔になったのは、すこし悔しかったのだろう。

「でも、最後までたどり着いた子はまだいないそうよ」

 そして、たちまち輝く。

 わかりやすい子だなあと陽向と裕美は思った。

「あの挑戦状はおばあさんが作ったのですか?」

 裕美が言った。

「ゲームマスターは私ではありません」

 おばあさんが言った。

「私はこの場所を提供しているだけ。大家さんってところかな。管理人と名乗れと言われていますけどね。私ね、お仕事もおうちも息子に譲ってしまって暇でしょうがなかったの。でもこのゲームのおかげで、この夏はいつもより賑やかね」

 「さて」と、おばあさんはテーブルの上にキーホルダーつきの鍵を3つ並べた。

「それでは最初のチェックポイントの管理人から、あなたたちにキーを贈らせていただきます」

 わあっと3人はテーブルに顔を近づけた。

 本物っぽい。

 いや、本物なのだろう。ゲームやアニメに出てきそうなおもちゃとは違う。どこかで実際に使える鍵なのだ。そして()()状の革の持ち手がついているが、そこに数字が焼き付けられている。

「このキーは次のチェックポイントの入り口で使うことができるでしょう。まずはそこに書かれているパスワードを『挑戦状』のサイトに打ち込んで次のページに行くのよ」

 止まらない。

 止めようがない。ワクワクにあふれてる。



 3人の鍵は全部同じ形だ。

 持ち手に焼き込まれたパスワードも同じだ。

 おばあさんに見送られ、家の外に出て、3人はそれを確認した。

「そうなると」

 と、野球帽の子が言った。

「明日もおまえたちと会いそうだな」

 それはちょっとやだなと陽向と裕美は思った。

 この子、なんだか怖いもん。

「私はしょうこだ。おまえたちは」

 野球帽の子は手を差し伸べてきた。握手を求めているらしい。欧米かよ。やっぱり変な子。

佐々木(ささき)裕美」

南野(みなみの)陽向」

「おまえたち、五十嵐浜(いからしはま)小じゃないよな?」

青山浜(あおやまはま)小だよ」

 あの挑戦状は、陽向と裕美の小学校の裏掲示板だけでなく、この町中の小学校の裏掲示板に貼られているようだ。裏掲示板って、パスワードが必要なはずなのだけど。

「……」

 野球帽の子は裕美の顔を見て陽向の顔を見て、なにかを迷っている。でも、決めたようだ。

「私は森岡(もりおか)祥子(しょうこ)だ」

 野球帽の子は真っ白な歯でにかっと笑った。

「そうだ、私は森岡祥子だ!」

 なんど言うんだよ。

 野球帽の子は高らかに笑い声を上げた。

「喜べ! おまえたちの友達になってやる!」


 変な子。

 夏の終わりに出会った子。なんだか怖くてすごく強引な子。

 ちょっときれいな子。


 でも、きっともう会わない。会いたかない。



「ひーなーたーちゃーーん!」

 そしてそれは、朝の南野家に響きわたった。

「ひーなーたーちゃーーん!」

「ひーなーたーちゃーーん!」

 陽向の母親は目を丸めてからげらげらと笑った。

「あら、今日は裕美ちゃんのお出迎え? それにしてもアグレッシブな裕美ちゃんね」

 この太い声、裕美のわけがない!

 しかも高笑いまで混じっているじゃないか!

 この頃、むしろ長身なのはコンプレックスだった陽向の朝食は、兄の太陽(たいよう)と同じ納豆に味噌汁だ。練っていた納豆を手にしたまま陽向は玄関にでた。

「うわ!」

 そこにいたのは、昨日の野球帽のあいつだ。

「あっそびーまーしょーおーー!」

 先に裕美の家に行ったらしく、隣に裕美もいる。

 後に高校生で同じ場面が繰り返されることになるが、その時には裕美は嬉しそうだった。でも小学生(いま)の裕美は目を丸めてパチパチさせている。なにが起きているのか激しく混乱しているのだろう。

「なんでおまえがここにいるんだよ!」

「細かい事はいいんだよ! なんだ、まだ朝ごはん食べ終わってないのか! 寝坊か! はやく食べろよ!」

 野球帽の変な子は真っ白な歯でにかっと笑った。

「さあ、冒険に出発だ!」


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


小宮山睦美 (こみやま むつみ)

上遠野という少女を知る生徒。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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