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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
猫と和解せよ
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猫と和解せよ 2

「しょうこちゃん……!?」

 その生徒の姿に、お隣の家の庭を掃除していたおばさんがすくみ上がっている。生徒はかけていた黒いセルフレームの大きなメガネを外した。

 けたたましい悲鳴が起きた。

 生徒は構わず玄関の鍵を開け、家の中に入った。

「お帰りなさい、しょうこさん」

 エプロン姿のきれいな女性が玄関まで出迎えている。

 気配を察したのだろうか。それとも電波発信機でもつけられているのだろうか。相変わらずやりにくい人だ。

「ただいま、良子(りょうこ)さん」

「旦那さまも奥さまもすでに出勤しておいでです」

「ああ、そう」

「それを見越してのご帰宅ですね」

「良子さん、あなたは余計なことを考えなくていい。余計なことを言わなくていい。いいわね」

「はい、しょうこさん。ところで悲鳴が聞こえたようですが」

「それも余計なことです。お風呂の用意をお願い。その間に私は適当に朝食を済ませます」

「しょうこさんの朝食は用意しております。少なくとも上遠野(かみとおの)家に於いて適当な食事などという存在は私が認めません」

 やっぱり発信機かなにかをつけられているらしい。

 あとで探さないと。



 薔薇の香りの入浴剤をたっぷりと入れ、長い手足をゆっくりと伸ばす。

 さすがに金持ちの家はお風呂も贅沢で気持ちいい。

「遺憾ながら久々に美味しい朝食にありつけた。糊の効いたシャツと下着もよし。あとはホームセンターに寄ってカリカリ買って、やっぱり毎日髪を洗いたいからシャンプーとコンディショナーとドライヤーと――結局、荷物が増えるな」

 ふふん。

「裕美に陽向。あの女王さま。他にもかわいい子が多い高校じゃないか。やっぱり普通に通えばよかったかな……」

 少女はぺろりと唇を舐めた。

「みんなとっても美味しそう……」



『マサキ来なかったじゃん』

『ちげーじゃん。リコが言ったんじゃん』

『やめーや、そーいうの』

 つなぎ廊下の柱にもたれ、スマホを弄っているのはリコだ。

 同じ一年の集団がつなぎ廊下を渡ってきた。じろりとリコが睨むとこわごわと外へと出ていった。

「ふん」

 次々とショートメッセージが書き込まれる。

『たしかにマサキに会いたかったけどさ』

『遊びたいならそういえよ。マサキ関係ないだろ。よくねえぞ』

 チッと舌を鳴らしリコはスマホをしまった。

 あたしじゃないのに。

 あたしは本当にマサキを呼んだのに。

 マサキが来なかっただけなのに。

 ぎくり、とリコは体を震わせた。マサキ――その笈川(おいかわ)真咲(まさき)が渡り廊下を歩いてきたのだ。相変わらずひとりで。真咲も気付いたようだ。

 今は顔を見たくない。

 また知らない人扱いされてもたまんない。リコは目を逸らしてすれ違おうとした。

「笈川さん!」

 リコと真咲の足が止まった。

 さきほどの一年生の集団が外から声をかけてきたのだ。

「猫だよ、ほら! 子猫!」

 真咲と同じクラスの生徒たちだったらしい。

 真咲はちらりと彼女たちを見たが、すぐに視線を切って歩きはじめた。

「あれー……」

「えーと……」

 声をかけた生徒たちは戸惑っている。

 いつまで、とリコは思った。

 いつまであんたは女王さまだと思っているのよ。

 いつまで女王さまでいられると思っているのよ。

 そういえばマサキは自分からはあまり話さなかった。あたしたちが話題を見つけ、盛り上げてあげてたんだ。なにがあったのか知らないけど、その取り巻きをぜんぶかなぐり捨てちゃってさ。それでもあんたは女王さまでいられると思っているの。

「パン食べるかな」

「ウィンナ持ってきたよ」

 ほら。

 あの子たちだってすぐにあんたのことなんか忘れて猫に夢中になってる。

 笈川真咲は愛想のないやつだって記憶されて終わりさ。

「だめだよ。人の食べ物は猫には塩分が多すぎるんだって」

 そう言ったのは、よっちゃんと呼ばれた子だ。

「牛乳は?」

「それもだめ。体質の合わない子がたまにいて、特に子猫の場合は脱水症状を起こしちゃうんだって」

「よっちゃん、詳しいね」

「私、やっぱりペットフード買ってくる!」

「え、授業始まるよ」

「この子たちのほうが大切!」

 へえと、聞くとはなしに聞いていると、リコの背後から澄んだ声が聞こえてきた。

「馬鹿みたい」

 真咲だ。

「そんなに猫の健康が心配なら、飼ってあげればいいのよ」

 言うねー。リコは思った。

 まあ、今のはあの子たちには聞こえなかっただろうけど。マサキってこんなふうにズバズバ言うんだよね。それも中学の頃には受けたんだ。むっちゃ頭よかったし。

 その笈川真咲が、渡り廊下から校舎へと昇る階段に足をかけて動きを止めた。

 昇降口に髪の長い生徒が仁王立ちになっている。背も高いが段差のおかげで見上げる高さだ。長い黒髪。大きな黒いセルフレームのメガネ。もう2時限目が始まろうと言う時間なのに、なぜか肩には学校指定のバッグ。

 その仁王立ちの生徒は、ぼろぼろと涙を落とした。

「あなたの言うとおりだッ!」

 生徒が叫んだ。

 真咲もリコも、外にいる生徒たちもぎょっとしている。

「そうだッ! もうすぐ消える私に猫をかわいがる資格なんかないんだ! その通りだッ!」

 その長身の生徒は真咲の横を抜け、リコの横を抜け、そして一年生の集団へとのしのしと歩いていく。あれ、私も使っているシャンプーの匂いだ。真咲は思った。それにこの光景、いつか見た気がする。

 生徒はよっちゃんの前に立つと、「ん!」とバッグから取りだしたものを突き出した。

 シャンプーだ。

 生徒はシャンプーをバッグに戻し、「ん!」と次のものを突き出した。

「カリカリ……」

 生徒が突き出したのは猫のドライフードだ。それをよっちゃんに押しつけ、更に猫缶を幾つもその上に載せる。

「頼んだッ!」

 生徒が叫んだ。

「その猫をいつまでもかわいがってあげて欲しいッ!」

 本当に声がでかい。

「それで、あなたけっこうかわいいので電話番号を交換して貰えませんでしょうかッ!」

「はあ……」

 生徒はよっちゃんと電話番号を交換してしばらくはニコニコしていたが、すぐにまた涙をボロボロと落としはじめた。

「う……うわああああん! その子たちをよろしくッ!!!」

 実に豪快に泣いている。

 長身の生徒は泣きながら校庭を走っていった。

 呆然と残されたのは、よっちゃんたち。笈川真咲。リコ。

 そして、猫。

森岡(もりおか)祥子(しょうこ)

 画面を見て、よっちゃんがつぶやいた。



「ねえ、裕美(ゆみ)

 起用に片手で牛乳パックにストローを差し、陽向(ひなた)が言った。片手にはいつものようにコロッケパン。

「この席ってさ、視線を感じる気がしないか?」

 裕美と陽向がお昼を食べている「空き机」は窓際だ。でも。

 1年3組は1年棟の最上階。向かいに見えるのは2年棟の廊下。お昼の今は人通りは少ない。3年棟はその向こうで見えない。かろうじてつなぎ廊下の上に見えるのは理科棟の最上階だが、さすがに遠い。

「視線はないようですよ」

 玉手箱のようなお弁当をつつきながら裕美が言った。

 だけど廊下側の自分の席にいるときには感じない視線を、この空き机に座ると確かにたまに感じることがある裕美でもある。



 理科棟の屋上は天体観測の場としても使えるように昔は解放されていたというが、今は施錠されている。しかしその屋上にあぐらをかいて大きな双眼鏡を覗いている人影がある。

 あの激しい生徒だ。

 手には陽向が焦がれる卵サンドパン。

 それもふたつ。



「今日は裕美までメッセージを残してくれなかった……」

 激しい生徒は、日が暮れた校舎をとぼとぼと歩いている。

「さみしい……」

「さみしい……」

 そう口にすると、やっぱり涙があふれてくる。

 地学実験室の戸を開け、どかっと床に座り込み、学校指定バッグから取り出したのは猫用のドライフードだ。

「あああ、私は未練がましいなあ!! よっちゃんに任せたのにまたこんなものを買ってきてしまうんだからなあ!!」

 生徒はドライフードの袋を開け、バリバリと食べ始めた。

 その手が止まった。

 地学実験室の戸を開けると、そこに親子猫がいた。にゃーにゃーと甘え声で鳴きながら。

「ば、ばっかだなあ!」

 生徒はもうマジ泣きだ。

「また閉じ込められちゃったの! ばっかだなあ! ばっかだなあ!!」



 高校に入って最初の週末。

 陽向の家の固定電話が鳴った。

「陽向か?」

 電話を通して聞いたのははじめてだった。でも、すぐにわかった。

太刀川(たちかわ)先輩」



 地学実験室では、森岡祥子と名乗る少女が猫の親子とシュラフにくるまって幸せそうに眠っている。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。


美芳千春先生 (みよし ちはる)

保健室の先生。藤森先生の友達。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


田崎真佐子 (たさき まさこ)

一年六組。真咲と同じクラス。あだ名がよっちゃん。


リコ 

中学校時代の笈川真咲の取り巻きの一人。


工藤志津子 (くどう しづこ)

裕美や陽向と同じ一年三組。「夢キス」事件の書き込みをした人。


龍馬

太刀川先輩の飼い犬。柴犬。道端に落ちていた毒の餌を食べて死亡した。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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