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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
猫と和解せよ
21/42

猫と和解せよ 1

 朝だ。

 県立五十嵐浜(いからしはま)高校理科棟最上階の地学実験室にも朝日が差し込んできた。

 どどどど!

 どどどど!

 なにがスイッチだったのか、子猫たちが追いかけっこをはじめた。激しい。

「きゃんっ!」

 シュラフから出ている顔を踏まれ、少女は目を覚ました。

「なんなの。お母さんはどうしたの、あんたたちのお母さんはどこいったの」

 どどどど!

 どどどど!

 子猫たちは取り憑かれたかのように走り回っている。

「んぐっ!」

 シュラフにくるまったまま体を起こした少女の後頭部を踏み越え、運動会に参加したのはその母猫だ。

「あんたたち、校舎のセキュリティが解けたら外に放り出してやる……!」

 空き机の書き込みをチェックし、念のために天板の裏もチェックし、外から見つからないようにハンドライトも使わずに夜の校舎を徘徊していて出くわした親子猫。

 外に出すわけにはいかない。

 この校舎は全校退校時間を越えるとロックされる。うかつに窓や戸を開ければ警備会社がすっ飛んでくる。つまり、この子たちは知らぬ間に校舎に閉じ込められちゃったのだ。

「好奇心は猫を殺す」

 少女は言った。

「餌はないよ。夕ご飯はもう食べちゃったし。でもまあ、ひと晩の寝床なら提供してあげましょう。3匹と1人が寄り添えば凍えないっていうよ。あれは犬とのお話だけどね」

 少女がキャンプ地にしているのは理科棟最上階の地学実験室。

 不人気科目なのか稼働率が低く(隣の地学準備室で確認済み)、そして窓に暗幕がついているので灯りが外に漏れるのを防いでくれる。さすがに教室の蛍光灯をつけるわけにはいかないが、LEDのランタン、ガスバーナーの火やスマホを見るときのバックライトくらいなら充分だ。

 教室うしろの壁にきっちりと並べられた、上が展示物で下が引き戸になっているロッカーの中には段ボールの箱に入れて偽装した教科書、最小限の食器。そしてシュラフに毛布。レンジが欲しいと思ったこともあるが、どうせすぐに退去するのだから面倒くさい。匂いが漏れたり残ったりしても困る。

 親子の猫はその地学実験室までついてきた。

 人に慣れているようだ。

「コーヒーや紅茶や、オレンジジュースをあげるわけにもいかないしなあ。牛乳もあんまりよくないんだっけか」

 スマホで検索している間、母猫は教室内をふんふんと丹念に検分していたが、やがてごろりと横になって授乳をはじめた。

「信用するにもほどがあるぞー」

 少女はクスリと笑い、スマホをしまった。

 明かりをつけることができないのもあって、夜はすることがない。勉強(自習)は昼のうちに済ますし。少女はさっさとパジャマに着替えてシュラフにくるまった。おかげで寝坊して誰かに見つかってしまうこともない。猫が寄り添ってきた感触が伝わってきた。なんだか嬉しくて、なんだか幸せな気分で少女は眠りに落ちた。

 そしてこの運動会である。

 どどどど!

 どどどど!

「朝からファンファーレが鳴り響いているような、この無闇な元気はなんなの……」

 どどどど!

 どどどど!

 母猫と二匹の子猫は聞いちゃいない。

 呆然としていた少女は、やがて鼻を鳴らして笑った。

 猫さまには逆らえない。

 猫さまには抗えない。

 少女はシュラフから出てうーんと体を伸ばした。パジャマを脱ぎ捨て下着姿になると、長い髪を縛り、濡らしたタオルで体を拭く。

 長身痩躯。

 くんくんと髪の匂いを嗅いで、

「やっぱり二日髪を洗わないでいるわけにはいかないなー」

 レンジよりむしろシャワーが欲しい。いっそ洗髪の道具を全部揃えて水道で洗っちゃうか。でもそこまで学校に居着いたらやばくないか。そろそろ叱られちゃうんじゃないか

 しょうがない。

 いちど帰ろう。

 この子たちの餌も手に入れないといけないし。

 学校指定のバッグから制服を取り出してハンガーに掛け、代わりにパジャマを放り込む。歯を磨き顔を洗い、髪をおろす。そしてぱりっと糊の効いたシャツに腕を通し、念入りにブラシをかけた制服を着込めば県立五十嵐浜高校一年生のできあがりだ。



 満開の桜の中を生徒たちが登校してくる。

 その中にひとり、流れに逆らうように学校から離れていく生徒がいるのだが、不思議とそれは目立たない。目立つとすれば彼女の長身ときれいな長い黒髪だろう。そして整った顔を大きな黒いセルフレームのメガネで覆っている。

 少女は坂道へと降りていく。

 大きな一本桜がある駅から五十嵐浜高校へと伸びるその長い坂道にも、登校してくる多くの生徒の姿がある。そのなかの四人連れと長身の生徒がすれ違った。

「……」

 南野(みなみの)陽向(ひなた)が振り返ったのは、自分とあまり変わらない身長の女生徒が珍しいからだろうか。

 いや。

 あれは桜の下で舞っていた子じゃないか?

「……」

 ていうか、あいつ……。

「ねえ」

 と、陽向は一緒に登校している林原(はやしばら)詩織(しおり)さんに声をかけた。

「7不思議なんだけどさ」

 五十嵐浜高7不思議。

 ほんの少し前、林原さんが仕込んでミステリ研が挑んだ謎だ。

「あれ、夜に校舎を歩く自殺した生徒ってのがあったじゃない。あれのトリックはまだ聞いてなかったよね?」

「あ、私も」

 佐々木(ささき)裕美(ゆみ)が言った。

「はい、私も聞きたいでーす!」

 オカメインコ高橋(たかはし)菜々緖(ななお)さんも言った。

「えっ、トリック……?」

 林原さんは戸惑っているようだ。

「ごめん、あれは不思議を7つ揃えるためだけに書いたものだから。死ぬ前の自分が映る鏡とか、夜始まる授業とかと同じ。フェイクだよ」

「え、死ぬ前の鏡もなかったの?」

 陽向が言った。

「それは残念だな。けっこう期待してたのに。でもおれ、理科棟から見下ろしてる生徒を見たんだけどなあ」

「私も見ましたよ」

「私はー、私はー。私も見たかったなあ。ちえっ」

 高橋さんは正直だ。

「だとしたら、きっと偶然。兄ならなにか仕込めたかもしれないけど、私にはまだ無理。実際に誰かがそこにいたんじゃないかな」

 あれは全校退校時間を報せる最後の放送の後だった。それなのに昇降口から一番遠い理科棟の最上階から見下ろして、あの子はあれから校舎の外に出ることができたのだろうか。

 陽向は振り返った。

 生徒たちの波の中、あの長身の生徒の姿はもう見つけることはできない。

 裕美も振り返った。

 裕美はその姿を見つけた。

「――」

 長身の生徒じゃない。

 裕美が見つけたのは中学で女王さまだった少女だ。

 うつむき気味にひとりで歩いている。あの目立つ子が目立たない。別のことに気をとられていたとはいえ、陽向が気付かなかったくらいだ。バス通のはずの彼女が、どうしてこの坂を歩いているのだろう。

 笈川(おいかわ)真咲(まさき)と目が合った。

 真咲は裕美から目を逸らさなかった。

 裕美の心臓のバクバクが止まらない。



 生徒たちであふれる坂道をそれて長身の生徒が向かったのは住宅地だ。

 五十嵐浜高校があるこのあたりはちょっと町外れで、だからこそ大きな古い家と大きな新しい家がよく手入れされて建ち並んでいる。じろじろと眺めるわけにはいかないが、なかなかおしゃれな雰囲気なのだ。その中でもひときわ大きく庭も広く、裕美や陽向もときどきほうっと見とれてしまう家がある。長身の生徒は、その家の門扉を開けた。表札には「上遠野(かみとおの)」とある。

「ひっ!」

 息を呑む声が聞こえた。

 長身の生徒が顔を向けると、お隣の家の庭を掃除していたおばさんが真っ青な顔でこちらを見ている。

「しょうこちゃん……!?」

「……」

 長身の生徒はそれには答えず、ただメガネをはずして制服のポケットに入れた。

 けたたましい悲鳴が響いた。

 長身の生徒は玄関の鍵を開けて家の中に入った。



「あ、いた」

「ほんとだ。よっちゃん、耳いいねー」

 つなぎ廊下横の灌木を覗き込んでいるのは1年生たちだ。

 灌木の中から2匹の子猫が見上げている。

「逃げないね、慣れているのかな」

「そだね」

 よっちゃんと呼ばれた生徒はにっこりと笑って小さく手を振った。

「授業始まるからまたあとでね」

 にゃあと子猫たちがこたえた。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。


美芳千春先生 (みよし ちはる)

保健室の先生。藤森先生の友達。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


田崎真佐子 (たさき まさこ)

一年六組。真咲と同じクラス。あだ名がよっちゃん。


リコ 

中学校時代の笈川真咲の取り巻きの一人。


工藤志津子 (くどう しづこ)

裕美や陽向と同じ一年三組。「夢キス」事件の書き込みをした人。


龍馬

太刀川先輩の飼い犬。柴犬。道端に落ちていた毒の餌を食べて死亡した。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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