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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
お弁当はみんなで
18/42

お弁当はみんなで 5

 今日も、県立五十嵐(いからしはま)浜高校1年3組に昼休みの時間が来た。

 ほんの少し前の四時間目には、知久(ちく)多佳子(たかこ)さんが先生の眼を盗んで小型のおにぎりを口に放り込むイリュージョンを今日も成功させ、裕美(ゆみ)のエア拍手を誘っていたし、そして広瀬川(ひろせがわ)まゆみさんは今日も荒ぶった。クラス全員の見ないようにして見る注目のなか、広瀬川さんがどこからともなく取り出したのは500ミリリットルボトルのウスターソースなのだった。

 ソースかよ!

 今日はソースかよ!

 昨日、納豆を持ち込んだのだから、今日も納豆でいいじゃん! 日替わりで趣を変化させる必要がどこにあるんだよ!!

 ていうか、なにそのでっかいソース!

 量も半分くらいだし、それ、家で使っているソースをまんま持ってきたんだろ! ソースがないって、今ごろ家で困ってるかもしれないぞ!!

 そもそも昨日もそうだったのだが、広瀬川さんの机の上には2段重ねお弁当箱がある。そしてそれを開くと彩り豊かな美味しそうなおかずがつまっている。しかしそのおかずには目もくれず、広瀬川さんはごはんにソースをドボドボとかけた。そして豪快に食べ始めたのだった。

「なんでそこまでワイルドにこだわるんだ」

 今日も器用に片手だけで牛乳パックにストローを差して、陽向(ひなた)がつぶやいた。



 放課後の祥子さんの空き机は学校未承認ミステリ研の部室だ。

 なぜ未承認かというと、まず部員数が規定の五人に達していない。しかし今日は五人目の生徒が空き机に突っ伏している。

「あのー、広瀬川さん」

 裕美が声をかけた。

 そう、突っ伏しているのは、納豆とソースの魔人広瀬川まゆみさんなのだ。

「空き机はお願い事の寄せ書き真っ盛りで、顔やワイシャツにシャーペンの跡がついちゃいますよ?」

「つまりまあ」

 と、陽向。

「『どうしよう、お姉ちゃんに殺される』――これを書いたのは広瀬川さんなんだね?」

 裕美と陽向、そしてオカメインコ高橋(たかはし)さんに委員長林原(はやしばら)さんのミステリ研の面々は顔を合わせた。

「殺されるってどういうことですっ?」

 オカメインコ高橋さんが言った。

「もしなにか問題があるなら、空き机とかミステリ研より先生に相談した方がいいですよ」

 委員長林原さんが言った。

 がばっと広瀬川さんが顔を上げた。

 裕美の言うとおり額にばっちり文字が写ってしまっている。よく読めない鏡反転のひらがなで、「肉」でないだけよかったと言えるだろう。

「お母さんが入院したんです!」

 広瀬川さんが言った。

 そして慌てて付け足した。

「あっ、こっちは変な話じゃなくて。ただの盲腸ですし。一週間で退院できるそうですし。えへへっ」

「はあ」

「はあ」

「それで、その間のお弁当はどうしようかって話になって、お姉ちゃんは理系の大学院生で忙しいし、お父さんは料理したことがないし、じゃあ私が作るって言ったんです」

 私もあまり料理したことないけど、でもラーメンしか作ったことがないお父さんよりぜったいマシだし。授業で少しは習ったし。

 それにちょっと楽しみだったんです。

 ネットで見る美味しそうなお弁当を再現してみたいなって。だけど。

「朝、お米を洗っていたら、お姉ちゃんが台所に入ってきて、私を突き飛ばしてお米を全部捨てちゃったんです」

「えっ、どうしてですっ?」

 オカメインコ高橋さんが言った。

「わかりませんよ! だから怖いんですよ!」

 お姉ちゃんはなに考えているのかわからない人なんです。

 年も離れているし、頭もいいし、表情もあまり変わらないし。

「怒っても怒っているらしいオーラを発散させるくらいなんだけど、でも、もしかしたら裏でなにかすごい復讐されてたりするのかもしれない。悪の組織の冷酷なナンバーツーみたいな人なんです」

 それはちょっとお姉さんが可哀想なような。

「それでお弁当はお姉ちゃんが作ることになって。だって私、逆らえませんから。お米を捨てられた時もすごい勢いだったし」

 料理してるとこなんて見たことなかったけど、スマホでレシピ見ながらなんだかすごく美味しそうなお弁当をあっという間に3組作っちゃって。お母さんのお弁当より美味しそうじゃんみたいな。

 でも。

 でも。

「お昼休みにお姉ちゃんの作ったお弁当のおかずをひとくち食べて、わかったんです。お姉ちゃんはやっぱり怒っている。ものすごく怒っているんだって」

 見た目は卵焼きなのに、理解できない味がするんです!

 サラダまでもが名状しがたい味がするんです!

 これっておかしい。

 ぜったいにおかしい。

 お父さんにも聞いてみました。「やばいと思って、全部捨てて昼は定食屋で食べた」って!

「ただの料理オンチじゃないの?」

 頭をかきながら陽向が言った。

 広瀬川さんは無言でお弁当箱を空き机の上に置いた。2段のお弁当箱のうち、おかずの段は手がつけられずにそのまま残っている。

「すごいですね。簡単に作れるものじゃないです。お姉さんは料理好きですね」

 目を丸めてオカメインコ高橋さんが言った。

 まあ確かに、味つけもまともにできないような人が作ったお弁当にはとても見えない。

「食べてみてください」

「うっ」

「ほら、南野(みなみの)さんも。委員長も」

「う」

「う」

「~~さんも。食べてみてよ。食べればわかるから。絶対おかしいって。私の言うことが大げさじゃないって絶対わかるから。さあ!」

 裕美は思った。

 また名前をごまかされちゃいました。

「なにがお姉ちゃんを怒らせたのかわからない。でもお姉ちゃんは怒っているんです。殺されちゃうまでいかなくても私は、それにお父さんも、私たちはお姉ちゃんに復讐されちゃうんです。私にはお姉ちゃんの目を盗んで納豆やソースをカバンに入れるのがせいいっぱいなんです。ねえ、ミステリの知識がある人って、ペロッと舐めれば『青酸カリだ!』ってわかっちゃうんでしょう。教えて、このお弁当にはどんな毒がはいっているんですか!」

 裕美は思った。

 鑑識さんじゃありませんよ、裕美さんたちは。ていうか、死んじゃいますよ、それ。

「うーん……」

 腕を組み、首をひねり、陽向が言った。

「とりあえず、何か変わったことはあった? ここ数日で」

 おまえはなにを言いだしているんだ。

「そういえば、毛がごそっとぬけるようになって。いつものことなんだけど、ちょっと激しいかなって」

「えっ!」

「えっ!」

「えっ!」

 色めき立ったのは裕美をのぞくミステリ研の面々だ。

「それ、タリウムじゃないか!?」

「まさか、タリウム中毒!?」

「クリスティーのミステリにありましたねっ!」

 おまえたちはなにを言っているんだ。

 いや確かに、クリスティーの『蒼ざめた馬』だなーとは裕美さんもちょっと思ってしまいましたけど。家に全巻そろってますからね、クリスティーは。

「でも、タリウムは無味無臭のはず」

 委員長林原さんが言った。

 ほんとに無駄に知識あるよね、お嬢さんたち。

「じゃあなんだろう。ああ、くそ、毒物の本だって何冊も読んだのに、肝心な時に役に立たないな、おれって!」

 なんのために読んだんだよ、それ。

「もしかして、タリウムがほかの物質と化学反応を起こして味が変化したり、それで広瀬川さんの健康被害もそこまで酷くないのかも――兄を呼びます!」

 委員長林原さんはスマホを取り出した。

「私の知識じゃどうにもならない。兄なら、少しは見当をつけてくれるかも!」

 いや、あのですよ、林原さん? 委員長さん?

 あなた、ついさっき、問題があるなら先生に相談しろとド正論を口にしたばかりでしょう。

「あっ!」

「どうしました、南野(うじ)っ!」

「うちのバカ兄まで来るって……」

 いったい、どうなってしまうのでしょう。

 目をぐるぐる回している裕美である。



 外部の人間をほいほい校舎に入れるわけにも行かず、ミステリ研と広瀬川まゆみさんは場所を変えることにした。「学校の近くに、一度入ってみたいって思っていた喫茶店があるんだ」と陽向が言いだし、その喫茶店「スピッツ」に。

 誰もいなくなった薄暗い1年3組の教室に入ってきた生徒がいる。

 長身に長い髪。

 夜の校舎でくるくると舞っていた生徒だ。

 今日は黒いセルフレームのメガネをしている。長身の生徒は空き机にスマホを差し入れ、そして天板の裏に残された裕美のメッセージを確認して眉をひそめた。


 しょうこさん

 この馬鹿どもを お天道様の下に引きずり出してやってください


 話が見えない。

「……裕美、むずかしいぞ」

 長身の生徒はスマホの画面を見つめて立ち尽くしている。

 窓の外は、泣きたくなるような新潟の夕焼け空だ。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。


美芳千春先生 (みよし ちはる)

保健室の先生。藤森先生の友達。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


知久多佳子 (ちく たかこ)

クラスの最後列、裕美の隣の席の子。


広瀬川まゆみ (ひろせがわ まゆみ)

納豆少女。


広瀬川ひとみ (ひろせがわ ひとみ)

納豆少女の姉。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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