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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
お弁当はみんなで
16/42

お弁当はみんなで 3

 授業中というのに時々スマホを盗み見てにへらとしてしまう裕美(ゆみ)だ。


『やあ、裕美 元気だったかい?』


 しょうこさん、もうずいぶん会ってない。

 どうして登校してこないのです。せっかく同じ学校になったのに。いえ、こうして反応があるのだからどこかにいるのですね。

 どうして授業に出ないのです。

 どうして。

 どうして――海苔の匂いがするのです?

 裕美は目だけで周囲を見渡した。もちろん今は授業中。誰もお弁当なんて出してない。とはいえ4時限目だ。おなかも空いてくる。

 裕美さんの今日のお弁当は俵おにぎりなのでしょうか。

 毎日毎日、凝ったお弁当を作ってくれるママには感謝です。でもたまにはパパにも作ってあげてください。時々いじけてます。あ、ダメです。想像しちゃったらもうがまんできません。海苔の匂いに日本人は抗えないのです。


 ぐう。


 鳴ってしまいました!

 鳴ってしまいました!

 裕美さんのおなかが鳴ってしまいました!

 裕美はそっとまた左右を見渡した。裕美の席は教室の一番後だ。後に人はいない。右の人はノートを取っているけど、左の人がちらとこちらを見た。確か知久(ちく)さんという人だ。

 聞かれてしまいました!

 聞かれてしまいました!

 幸い、それからは授業が終わるまで裕美のおなかは鳴らないでいてくれた。だけど真っ赤に顔を染め、授業どころじゃなかった。



「また増えましたね」

 お弁当の包みをほどきながら、オカメインコ高橋(たかはし)さんが言った。

 朝のうちに増えていた空き机の天板の書き込みは、そろそろなにかの寄せ書きのようになっている。

「おれの真後ろだからさ。誰か来てるな、何か書いてるなってのはわかるんだよ。そこで振り返ったら可哀想じゃん」

 陽向(ひなた)は今日は購買へのダッシュをしないのかと思えば、ちゃんとコロッケパンと牛乳パックを手にしている。スピードに磨きがかかっているらしい。

 お弁当箱の蓋を開けたまま固まっているのは裕美だ。

 今日は生姜焼きがメインだ。ご飯にレタスのみじん切りが敷き詰められ、そして大きな生姜焼き。ミニトマトに生ピーマン(冷水にひと晩つけてあって、あくが抜けてパリパリと食感もいい。陽向も食べさせて貰った事がある)、デザートにはりんごの薄切り。いつも通り美味しそうなのに裕美が眉根を寄せているのはなぜだろう。

「海苔がない……。どうして海苔がない……」

 海苔が食べたい気分だったのだろうか。

 オカメインコ高橋さんのお弁当も今日もきれいだ。

 青菜ごはんに鮭、きれいな卵焼き、きんぴら、アスパラの胡麻和え。

 相変わらずお弁当のフタで隠して食べているのは委員長林原(はやしばら)さん。裕美のように眉間に皺を寄せている。

 コロッケパンを食べ終え、陽向はくすっと笑った。

「ねえ、林原さん」

「はい?」

「そこの書き込み、おれも知りたいな」

「はい?」

「数学が得意になりたい。おれ、理系のつもりだけど数学はもう少し得意になりたいんだよな」

「あ、それ、私も知りたいでーすっ!」

 高橋さんが言った。

「裕美さんも!」

 裕美も言った。

「うーん」

 林原さんは苦笑を浮かべた。

「みんなに同じことが通用するかどうかわからないけど、私は毎日ちょっとずつ問題を解いてる。それが癖になれば苦手意識とか消えるし、パターンが見えてくるし。いい参考書を……」

「なるほどー!」

「きゃっ!」

 突然背後から声をかけられ、林原さんは小さな悲鳴をあげてしまった。

「その参考書、教えて貰えます!?」

 名前はまだ覚えていないが、クラスの生徒だ。

「あ、うん。いいよ」

 その生徒はノートと筆記用具を取りに自分の机に戻っていった。

「あの~…」

 別の生徒が話しかけてきた。

「私のも読んで欲しいんですが。これ」

 彼女が指を置いたところには小さく「流れ星に願い事をしたいのですが、いい方法を教えてください」とある。

「流れ星かー」

 陽向が言った。

「いい方法になるかどうかは分からないけど、流星群を待てばどうかな」

「流星群って、いつ流れるか決まっているんです?」

「これからなら、こと座流星群、みずがめ座η(エータ)流星群……」

「ああ、でも」

 と、ノートに数学の参考書のタイトルを書いていた林原さんが話題に参加してきた。

「その両方、流れ星を見るのは難しいと思う。夏のペルセウス座流星群を待った方がいいんじゃないかな」

「うん。そうだよね」

 理系が好きとは聞いていたけれど、天文にまで詳しいらしい。陽向は仲間を見つけたようでちょっと嬉しい。質問してきた生徒は「夏のペルセウス座流星群!」と、スマホで検索している。

「ねえ、海岸でひすいが拾えるってホント!?」

 別の生徒が手を上げた。

「机に書きなよ」

「そうだよ」

 他の生徒に注意されている。

「いや、いいよ。そんな決まりがあるわけじゃないし」

 陽向が苦笑して、

「新潟の海岸でひすいが拾えるってのは、糸魚川(いといがわ)のあたり。姫川(ひめかわ)青海川(おうみがわ)にひすいの産地があるので、そのまわりの海岸だね」

「こっちじゃだめ?」

「だめだろうなあ。むしろ富山のほうにひすい海岸が伸びてるらしいね」

「拾ってパワーストーンにしようと思ったのになあ」

「ああ。そっちのほうはよく知らないけど、川とかで結構いろいろな石が拾えるらしいよ。そういう本も幾つかあるから紹介しようか」

 盛り上がっている。

 しかし、無口になっている少女が一人いる。

 マシンガントークは鳴りをひそめたが、それでも四人の中でいちばんのおしゃべりが先ほどから顔を伏せて沈黙している。

「……無理ですっ!」

 オカメインコ高橋さんが涙声で言った。

「私、こんな注目の中にいるの、まだ無理ですっ!」

 お弁当を手に高橋さんはダッシュで自分の机に戻っていった。

 林原さんはぽかんとその様子を見ていたが、苦笑して「ごめん。私も」と席を立ち、高橋さんの机へと向かった。まあ、林原さんにとっては高橋さんが大切な存在なので、そうなっちゃうだろう。

「……」

 陽向も考えた。

 海苔がなかったこと以外には不満がなかったらしく、裕美は黙々とお弁当を食べている。オカメインコさんどころか裕美のほうが注目されるのはいやだろう。どうしようか、おれたちもオカメインコさんのところに移動しようか。それとも前のように裕美の席で。あれ、そういえばいつの間にここで食べるようになったんだろう。陽向はストローをくわえた。見ると裕美は、お弁当を食べるのをひとやすみして両手を空き机に入れている。

 また書き込んでいる。

 なにかを書き込んでいる。

 ああ、そうだった。裕美の方から押しかけてきたんだ。この席が「しょうこさんの机」だから。

 ならそれでいいじゃないか。

 裕美がこの席でごはんを食べたいのなら。

 どうせ、この席の本当の持ち主の生徒がやってくるまでの短い間だ。それまで、騎士のおれが守れなくてどうする。

 裕美は両手を机から出し、またお弁当をつつきはじめた。

 今度は楽しそうだ。



 朝、教室に入ると裕美は自分の机より先に空き机に向かった。でも空き机の椅子に座ってもなにもしない。陽向がどかっと自分の席の椅子に座るをの見ている。ああ、と陽向は気づき、「ねえ、また書き込みが増えたみたいだね」と声をかけながら裕美に背を向けてバッグの中を確かめる振りをした。

「そうみたいですね」

 その間に裕美がしたのは空き机にスマホを差し入れること。

 そして天板の裏を撮影すること。

「ねえ、陽向ちゃん」

「なに」

環天頂(かんてんちょう)アークって知っていますか」

 だめだ。嬉しい。

 むっちゃ嬉しい。

 昨日、裕美が昼休みに空き机に書き込んだのは「空にさかさまの虹を見たんだけど あれはなにかな いいことがあるのかな」だった。放課後、忘れ物だとひとりで教室に引き返し、答を書き込んだのはもちろん陽向だ。

 陽向は裕美へと顔を向けた。

「知らない。教えて、裕美」

「しょうがないですね。いいですか、環天頂アークというのは――ちょっと待ってください」

 裕美がちらちらと見ているのはスマホの検索画面だ。

 陽向は頬杖をついてニコニコと裕美の話を聞いている。

 裕美は気にならないのかな。天板の裏の書き込みなんかに返事してきたのは誰なのかって。妖精さんとでも思っているのかな。それならそれでいいや。


 それは環天頂アーク

 読み方は かんてんちょう

 あとは自分で調べるんだ 裕美


 陽向は知らない。

 ひらがなを漢字に直し、きれいに清書までしてくれた妖精さんまでいることに。

 オカメインコ高橋さんと委員長林原さんもバッグを自分の机に置いて空き机に寄ってきた。オカメインコさんは電車の中でも興奮気味に話していた読み終えたばかりのミステリの話を続けたいようだ。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。


美芳千春先生 (みよし ちはる)

保健室の先生。藤森先生の友達。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


知久多佳子 (ちく たかこ)

クラスの最後列、裕美の隣の席の子。


広瀬川まゆみ (ひろせがわ まゆみ)

納豆少女。


広瀬川ひとみ (ひろせがわ ひとみ)

納豆少女の姉。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 気になって生ピーマンやってみました。明日が楽しみです。
[一言] 日向には騎士であって欲しいけど、やっぱり『妖精さん』の方が一枚上手なんだな〜(●´ω`●)
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