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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
お弁当はみんなで
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お弁当はみんなで 2

 裕美(ゆみ)が空き机の中に手を入れてなにかをしている。

 肩は動かない。二の腕も動かない。

 でも陽向(ひなた)には裕美がなにをしているのかわかる。陽向は口に含んでいた牛乳をごくりと飲み込んだ。


 午後は教室の移動がない。

 どうすればいい。

 確かめたい。誰にも知られないようにして確かめたい。裕美がなにを書き込んだのかを。


 5時限目の授業中に、裕美はあれっと思った。

 廊下側最後尾の裕美の机から見る窓側の前のほうの陽向の位置に違和感がある。まだ見慣れているわけじゃないけど、なんとなく。

「ああ」

 と、裕美は気付いた。

 陽向はどうやら空き机に座っている。

 陽向のすぐ後に誰かの背中が見えるし、陽向の前にはひとつ開いて誰かの背中が見える。

「……」

 気分転換?

 ただのいたずら?

「陽向ちゃん」

 休み時間に陽向のところに行ってみると、確かに陽向は空き机の方に座っている。そして手で顔を覆っている。

「どうしたの、陽向ちゃん」

「ん……。ごめん、ちょっと気分が悪い。保健室行ってくる」

「えっ、大丈夫ですか。裕美さんも一緒に行きます」

「大丈夫、大丈夫」

 陽向は笑った。目を隠したまま。ちらりと見えた陽向の目は赤く腫れていた。

 なんで空き机の方に座っていたの。

 そんなことを聞ける雰囲気じゃない。陽向は教室を出て行った。裕美は空き机の天板に書き込みが増えているのに気付いた。例の「彼氏が欲しい」の横に「まだまだ背が高くなりたい」。

 陽向が書いたのだろうか。

 もう充分に長身なのに、もっと背が高くなりたいと牛乳を飲むようになったのは知っている。誰にも気付かれないように授業中に願い事を書き込むために、陽向は空き机に座っていたのだろうか。

「……」

 なかなか無理のない設定ではあるようですが。

 裕美は考え込んだ。

 それはそれとして、問題は。

「おや、今日は休みが二人かね」

 6時限目の先生が言った。

 いつもの空き机がふたつに増えて並んでいる。

 裕美は手を挙げた。

南野(みなみの)さんは気分が悪くなったので保健室に行きました」

 じろり、と先生は裕美を見た。

 クラスメイトも何人か振り返って裕美を見ている。

 恨む。私はまだ注目を浴びるのが怖いんだよ、陽向ちゃん。

「そうかね」

 何事もなかったように言って裕美から視線を外し、先生は出席簿に書き込んだ。裕美はほうっと胸をなで下ろした。



 保健室のベッドの上から見える桜がきれいだ。

 咲き誇っている。

 保健室の先生は陽向の泣きはらした目を見てすぐに信用してくれたようだ。そういえば美芳(みよし)先生と言うんだっけ、陽向は思った。陽向はスマホを取り出して、授業中に撮影した空き机の天板の裏の画像をもう一度見た。


 しょうこさん 裕美だよ!

 ほら五十嵐浜に来ましたよ! もちろん陽向ちゃんもいますよ!

 3人とも同じクラスですよ!

 はやく会いたいな しょうこさん!


 天板の裏に書き込んだのに、鏡文字にならない。裕美にはそれができる。

 陽向の目から、また涙が落ちた。

 そりゃ、まだ学校が始まって一週間も経ってない。それに毎日おれが目を光らせてたんだ。だいたい、書き込んだ時の裕美の雰囲気からいってもSOSじゃないとは思っていた。でもそう思っているのはおれだけかもしれない。中学のときのおれのように間抜けにそう期待しているだけかもしれない。裕美はまたあの時のようなSOSを書き込んでいたのかもしれない。

 怖かった。

 本当に怖かったんだ。


 おれたちの中学には女王さまがいた。


 あいつとは小学校の頃から同じ学校だった。その頃はそんなに目立つ子じゃなかった。かわいいとはみんな思っていただろうけど、あいつはあまり喋らないし笑わないし、ひとりでいるのが好きだったみたいだし、どれだけ容姿が際立っていてもそういう子はあまり人気が出ないものなんだ。

 でも中学でなにもかもが変わった。

 かわいいから美しいに。

 それはたぶん、あいつが変わったんじゃない。おれたちの側の価値観が中学生になって変化して、それがあいつを輝かせたんだ。あいつの名前は他の中学でも知られていたそうだ。愛想の悪さまで、あいつの魅力を彩ることになった。

 女王さまとして。


 女王さまは、なぜそれを決めたのだろうか。

 女王さまは、どうそれを命じたのだろうか。


 笈川(おいかわ)真咲(まさき)は佐々木裕美を無視している。

 臣下たちは敏感だ。

 そして学校は残酷だ。

 裕美はあっという間にクラスから孤立するようになったらしい。そしておれは見たんだ。裕美の机の天板の裏に。裕美の叫びを。


 しにたい

 さみしい

 たすけて しょうこさん

 はやくたすけにきて しょうこさん


 クラスが違ったから気付かなかった。

 裕美がいつもと変わらなかったから気付かなかった。

 中学からはじめた剣道が面白くなってきていて、当然みんなから遅れたけど一級もとれて、剣道の強豪である五十嵐浜(いからしはま)に来いって先輩からも誘われて。浮かれてて。

 だけどあの日。

 あの書き込みを見たおれは吐いたんだ。

 そして泣いたんだ。

 友達なのに。生まれたときから一緒だったのに。気づいてあげられなかった。そして裕美もおれを頼らなかった。頼ってくれなかった。誰だかわからない「しょうこさん」ってのに助けを求めたんだ。

 おれじゃない。

「ああ、そうか」

 陽向はぼんやりと思った。

「しょうこ。そうじゃないか。そのしょうこだ」


「しょうこさんですよ、陽向ちゃん!」

「机にいっぱい願い事書くんです! そうすればしょうこさんがきっとかなえてくれるんです!」


 孤独の中で裕美が頼った空想の中の友達――しょうこ。

 でもどうするのだろう。たまたま空き机の子の名が「祥子」だったからって、その子が登校してきた時に裕美はどうするのだろう。「しょうこさん」なんていないって思い知らされたら。

「……」

 おれが守る。

 何度でも誓え、南野陽向。

 おまえは裕美を守る騎士になるんだ。中学で裕美を守れなかった罪をあがなうんだ。誓え。もう二度と裕美を孤独(ひとり)で泣かせるな。

 授業終了のベルが鳴った。

「南野くーん。眠れましたかー」

 カーテンを開け、美芳先生が入ってきた。

「はい、少し」

「気分は?」

「良くなったみたいです」

 陽向に体温計を渡し、脈や血圧を計り、体温も正常なのを確認してにこりと笑った。

「なにかあったら我慢しないのよー。かかりつけのお医者さんはいますかー?」

「はい、近所に」

 戸をノックする音が聞こえ、美芳先生は廊下側に身を乗り出すようにして幾つか言葉を交わし、そして陽向へと顔を向けた。

「南野くーん、かわいい彼女さんが心配して来てくれましたよ-」

 裕美だ。

 陽向のバッグも持ってきてくれたようだ。

「ありがとう、裕美」

 陽向はにっこりと笑った。

 裕美も微笑んだ。



 桜が舞う中を裕美が歩いて行く。

「あ、ごめん。裕美さん早すぎましたか」

「ちがう、ちがう。おれはもう大丈夫だよ。ただ、ちょっと桜を見てたんだ」

 陽向は眩しそうに笑った。

 五十嵐浜がこんなに桜がきれいな学校で良かった。中学に桜はなかった。住宅街の真ん中で、毛虫が多いとかで嫌われたのだとか聞いた。そういえば、入学式で桜の下でくるくる舞っている女の子がいたな。

 嬉しそうに。

 楽しそうに。

 印象深かったからまた会ってみたいなと思ったのだけど、みかけないな。上級生なのだろうか。

 くるくると。

 くるくると。まるで世界中の喜びを集めたみたいに。


 くるくる。

 くるくる。


 くるくると。

 夜の校舎で舞っている少女がいる。長い髪、長い手足。

「さあ、しょうこ」

 少女が言った。

「どうだい、五十嵐浜の制服だよ。五十嵐浜の千本桜だよ。感じてくれているかい?」


 くるくる。

 くるくる。



 今までは朝のホームルームまでは陽向が裕美の机まで行って雑談してたのだけど、どうやら今日からは陽向の机、というか空き机が雑談の場になったようだ。そしてオカメインコ高橋さんや林原(はやしばら)委員長も寄ってくる。

「あれっ、また書き込みが増えてます」

 オカメインコ高橋さんが言った。

 見つかった。昨日、裕美の書き込みをスマホで撮影するために空き机に座った。どうしてそんなことしてるのかと聞かれたときのために残しておいたカムフラージュだ。

「まだまだ背が高くなりたい」。

 他の人に書き込むところを見られたら恥ずかしいから、授業中に空き机に座って書いたんだよ――そう口にしようとして陽向はあれっとなった。


 彼氏が欲しい

 まだまだ背が高くなりたい

 体育の授業がなくなりますように

 お小遣いアップ希望!!!

 数学が得意になりたい


 陽向の書き込みどころじゃない。もっと増えている。

 一方、空き机に座ることで誰にも気付かれずに机の中にスマホを入れた裕美は、陽向たちが増えた書き込みに注目しているのを確認してからスマホの画像を見た。


 やあ、裕美 元気だったかい?


 裕美の顔に、ふわっと輝く笑顔が浮かんだ。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。


美芳千春先生 (みよし ちはる)

保健室の先生。藤森先生の友達。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


知久多佳子 (ちく たかこ)

クラスの最後列、裕美の隣の席の子。


広瀬川まゆみ (ひろせがわ まゆみ)

納豆少女。


広瀬川ひとみ (ひろせがわ ひとみ)

納豆少女の姉。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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