五十嵐浜高7不思議 5
五十嵐浜高校7不思議
夜になると13段に増える北階段
夜になると血が噴き出す一年棟水飲み場の蛇口
夜の体育館で聞こえる剣道部員の声
夜に校舎を歩く自殺した生徒
視線が動くベートーヴェンの肖像画
死ぬ間際の自分が映る鏡
深夜に始まる授業
「これさ」
空き机の書き込みを差し、陽向が言った。
「おれを驚かそうとしたふたりのイタズラじゃないよね?」
「違いますよおっ!」
高橋さんが頬をふくらませた。
「掃除当番に出るまでは、『学校7不思議を調べてみたらどうだい?』だったです」
裕美が言った。
そうだ。陽向も確認した。つい15分前まで、この机に書かれていたのは『ミステリ研の諸君 学校7不思議を調べてみたらどうだい?』だったのだ。もちろん15分もあれば、前の書き込みを消してこれを書くくらいできるだろう。だけど、みんなが掃除している中で?
陽向は掲示板の掃除の班分けを確認した。
そして、ああ、なるほどとは思った。だけど――。
「ねえ」
と、陽向は教室担当の掃除当番に名前があった生徒に声をかけた。
「委員長みないけど、掃除の時にはいた? 教室の掃除だよね?」
「いたよ。すっごい真面目な人」
「そう、ありがとう」
その子は南野さんに声かけられたーと喜んでいる。
掃除中に机に落書きしていれば、なんらかのコメントがあるだろう。それどころか「真面目な人」というのだから、書き替えたのは委員長――林原詩織さんではない。おれや裕美、オカメインコさんに反応してくるなんて彼女くらいしかいないと思うのだけど。
まずったな。
ストレートに、この机にイタズラ書きしてた人いた?と聞けば良かった。
「いないそうですよ」
裕美が言った。
「掃除の間に、この机にイタズラ書きしていた人はいないそうです。聞いてみました」
そうなのか。
さすが裕美だけど、おいおい、本当にミステリになっちゃうのか?
「どうしましょう、これ。ミステリ研のことでこの机の人を巻き込むわけにはいきませんし、消すしかないですよね」
「あ、待ってくださーい。写真撮っておきますから」
高橋さんがスマホで何枚か記録している。
陽向と裕美もいちおう記録しておいた。
「けっこうベタなのもありますし、五十嵐浜高ならではってものもありますねっ。私、わくわくしてきましたよっ!」
画像をチェックしていた高橋さんは「くうっ!」と声をあげた。
「冒険しましょうっ、佐々木氏! 南野氏!」
冒険……?
「あ、母さん。え、うん? ええっ!? いや、親父は親父だし、母さんは母さんだろ。なに、ちょっと、そんなことで怒らないでよ。わかったよ! お・ふ・く・ろ!」
陽向はスマホを耳から離した。
そしてゆっくりと戻すと言った。
「もうよろしいでしょうか。落ち着きましたでしょうか。近所迷惑だからあまり叫ばないでください。泣かないでください。はい、それはよかったです。それでね、裕美に付き合ってちょっと帰るの遅れる。だいじょうぶ、裕美はおれが家まで送り届けるから。え?」
しばらく話を聞いていた陽向は、
「もういい?」
と、ぶっきらぼうに通話を切った。
くそ。母さんにまで言われてしまった。「あらあら、昔はあんたが裕美ちゃんに手を引っぱられていたのにね」だって。
ふん。
裕美とオカメインコさんは7不思議を試すのだそうだ。あの空き机に書かれていた7不思議をだ。「冒険しましょう」と言われて、裕美がその気になるとは思わなかった。
裕美に手を引っぱられていた――か。
それでいいじゃないか。
あの頃のように裕美が元気になるのなら。
おれは、裕美が走るのに夢中になりすぎてライ麦畑からころげ落ちそうになったら、さっと飛び出して捕まえる人になるのさ。
7不思議だからしょうがないのだけれど、「夜」限定イベントばかりなので暗くなるまで待つしかない。
6時までは図書室で勉強。
五十嵐浜は宿題の多さで知られている。新学期が始まってまだ第一週なのにもう容赦ない量だ。鉄は熱いうちに打てで、覚悟しろと脅かされているのかもしれない。陽向は理数系ならそこそこ自信があるが文系は苦手なので、文系に強いというか満遍なく強い裕美がいてくれると正直助かる。高橋さんも文系が得意のようだ。
6時で3人は司書の先生に図書室を追い出された。
まだ窓の外は真っ暗じゃない。ずいぶん日が長くなった。それでもやっぱり校舎は薄暗く、雰囲気がある。運動部や吹奏楽部はまだ活動しているようだ。
「陽向ちゃん」
歩きながらスマホで7不思議の画像を確認していた裕美が言った。
「この7不思議を考えた人がどんな人がわかりますか」
「え、わかるの?」
「きっと、実験とか化学動画が好きな人――ほんとうは陽向ちゃんを少し疑いました」
「おれじゃないよ」
陽向も自分のスマホで画像を確認した。
「……」
そう言われて7不思議を見ると閃くものがある。そして同時に。
「ねえ、裕美。林原さんて」
その言葉に裕美がくるっと振り返った。
「どうして五十嵐浜に――」
「いけません、陽向ちゃん」
「でも、彼女なら県高いけただろう?」
裕美は陽向にすっと身を寄せて囁いた。
「陽向ちゃん、林原さんは高専の受験を失敗したのです」
「えっ」
そんな馬鹿な。
高専――工業高等専門学校はそりゃ難関だけど、県高ほどじゃない。せいぜいうちとどっこいだろう。彼女なら落ちるわけない。
「それでなんで県高じゃなく五十嵐浜なのかは私もわかりません。でも、その話題はもうやめましょう」
「うん……」
陽向の言葉に振り返った瞬間、裕美は薄暗い廊下の向こうでロッカーの影に隠れる人影を見た。陽向となにを話したのか、気付かれていなければいいと裕美は思った。
もちろんふたりの会話が聞こえているわけがない。
これだけ離れて、しかも裕美の声は囁き声だった。だけどロッカーの影でその生徒は、ギュッと制服の胸を掴んだ。
「北階段って、ここでいいわけですね」
高橋さんが言った。
実は「北階段」自体が謎なのだ。そんな名前の階段があるのかどうか。
またしてもこの学校に変に詳しい裕美から「そのような名称は聞いたことはないけれど、校舎でいちばん北にある階段は管理棟両端の階段である」という情報提供があった。いったいどこからそんな情報を得ているのだろう。裕美は「ナイショ」という。
管理棟には教務室があるわけで、まだ灯りが煌々とついているわけで、さすがにここで無邪気に騒ぐわけにはいかない。
「いち、にい……」
高橋さんは囁き声で階段を数えて昇った。
「佐々木氏、南野氏~…」
踊り場で手をメガホンにして下の裕美と陽向に声をかけてくるが、それも囁き声。
「14段~…」
増えて13段なら、それってつまり二段増えてないか。
裕美と陽向も踊り場まで数えながら昇ったが、確かに14段だ。
「踊り場からの階段の可能性もありますっ!」
諦めの悪い高橋さんがまた段を数えながら昇り、また声をかけてきた。
「10段~…」
減ってるじゃないか。
管理棟両端の階段を全部数えたが、「踊り場まで14段、踊り場からは10段」で統一されているのがわかっただけだ。
「ホームズの下宿の階段は17段でしたけどねえ……」
ミステリ研らしい台詞ではあるけれど、一般的には意味不明な悔しがり方をする高橋さんである。
そろそろ本格的に暗い。
七時の全校退校時間が近い。それ以後は校舎全体にセキュリティーがかかるらしい。
『あと15分で全校退校時間です。校舎に残っている生徒はただちに校舎を出てください。あと15分で――』
何度目かの録音された放送も聞こえてきた。
「今日はこれくらいにして帰ろうか」
陽向が言った。
「あとひとつっ! 血が出る蛇口をっ!」
確か、一年棟の蛇口だっけ。
「準備できているかなー」
「そのための、一番目の謎が階段、ですよ。むしろ見ておかないとがっかりさせちゃうことになるかもしれません」
陽向と裕美は顔を見合わせて笑った。
高橋さんはきょとんとしている。
「じゃあ、時間もないから体育館の剣道部員は明日にして、今日は蛇口――」
陽向が言った。そして固まった。
見えてきたのだ。薄暗い廊下の奥の方から誰か歩いてくるのが。うっすらと見えるのは竹刀を手にした剣道着――袴姿のシルエット。
「――」
「――」
「――」
そして夜の校舎に、別の誰かの悲鳴が鳴り響いた。
「きゃあーーーーーーーッ!」
暗い廊下を歩いていた生徒が悲鳴に足を止め、窓から下を見下ろした。背が高い。陽向ほどにはありそうだ。長い黒髪が背に流れている。
「騒がしい」
その生徒は鼻を鳴らし、闇の中へと歩いていった。
■登場人物
佐々木裕美 (ささき ゆみ)
県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。
南野陽向 (みなみの ひなた)
県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。
藤森真実先生 (ふじもり まさみ)
県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。
森岡祥子 (もりおか しょうこ)
裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。
林原詩織 (はやしばら しおり)
裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。
高橋菜々緖 (たかはし ななお)
裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。
笈川真咲 (おいかわ まさき)
裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。




