都に向かう鉄路
雨の勢いは治まらず、これは夜まで降り続きそうだ。一先ず、家に帰ってルートを調べよう。そう思い立ち上がった時、ふと思い出した。
「渚、携帯は持ってるのか?」
「ええ、勿論持ってるわ。」
「じゃあ、電話番号教えてよ。連絡取り合うのに不便だ。」
俺は渚の家さえ知らないため、連絡を取るにはこの廃墟まで赴かなくてはならない。もし、石山まで行ってはぐれでもしたら、もう会えなくなってしまう可能性すらある。
「はい、これ。私の電話番号とメールアドレス。特に急ぎの用でもなければ、メールで頂戴。」
渡された紙には電話番号とメールアドレスが書かれていた。これで連絡の問題は解決だ。
「それじゃ、明日も来るから。あ、この地図帳借りてくぞ。」
「ええ、分かったわ。じゃあね。」
渚の地図帳を借りて家に帰る。夏休みの間に行ける所を調べておきたい。
・・・
家で時刻表を調べた所、此処から石山まで片道約四時間だった。これなら、日帰りでもある程度観光する時間が取れる。渚にメールをして行きたい場所を聞いておこう。
メールの返信はすぐに返ってきた。内容は至って簡潔で、行きたい場所が幾つか羅列されている。地図を見ながら確認すると、そのどれもが近い場所にあり、移動にはあまり時間がかからないかもしれない。
(これなら、十七時頃には帰れるな。)
大凡の計画を立て終わって一息つく。石山を観光するにはやや物足りないが、日帰りで行く分には十分だろう。
改めて渚の地図帳を見る。全国に貼り付けられた付箋は所々折り曲がり、少し黒ずんでいる。普通の人生を歩んだら、この付箋の貼られた場所全てに行くことは無いだろう。例え行くとなっても、一生かけて行くような数だ。
渚はどうも生き急いでいる気がする。石山だって、いずれ学校の行事で行くことになるだろうし、大人になれば住むことだってあるかもしれない。そこまで急いで行く必要のあるような場所ではない。俺には、渚の考えていることがどうにも分からない。
・・・分からないことを考えてもしょうがない。もうそろそろ寝よう。
・・・
一週間はあっという間だった。渚と綿密に打ち合わせ、計画に不測は無いはずだ。その間にも、渚に求められ近所の駄菓子屋や海辺の砂浜まで連れて行ったりもした。勿論、自転車の後ろに乗せてだ。そのおかげか、最近は少し体力がついてきた気がする。
早朝、始発列車のが到着する前に駅に到着する。朝日は昇っているが、まだほのかに暗い。
「おはよう。ちゃんと起きれたね。」
当たり前の様に渚は先に着いて駅舎のベンチに座っていた。
「おはよう・・・。随分と速く来てたんだな。」
「ええ、楽しみにしてたもの。これ、切符ね。」
渚が微笑みながら切符を手渡す。此処から一時間半列車に揺られ、終点で乗り換えて今度は二時間半。合わせて約四時間の長旅になる。鉄道に乗ってこんな長旅をするのは初めてだ。それも、女子と二人きりで。
『間もなく、三番線に、香山行きの列車が参ります。』
「来たみたいね。早く行きましょう?」
渚に引かれホームに出る。跨線橋を渡り奥のホームに降りると同時に、二両編成の気動車が低いエンジン音を唸らせながら入線する。車内には数人の乗客はいるが空席が目立ち、エンジン音だけが車内に響いている。
「此処に座りましょう?」
渚が海側の席に座る。ならばと自分はその向かいの席に座ることにした。列車は座るとほぼ同時に動き出す。見慣れたはずの景色も、車窓を通すだけでまるで違う町のようにも見える。
列車は橋を渡って愛宕山を貫く隧道に吸い込まれ、車内に響くエンジン音が一層大きくなる。
「楽しみね。列車に乗るなんて久しぶり。」
エンジン音に負けてしまいそうな声で呟く。自分も列車に乗って町を出るのは久しぶりだ。何処かに行く時も、大抵は車で移動するため鉄道を利用することなんて滅多に無い。
隧道を抜けると、大きくカーブした後、窓の外に海が広がる。このまま海岸線沿いに北上し、終点の香山で乗り換えだ。
「まだ時間もあるし、寝ててもいいぞ?」
「ありがとう。でも、大丈夫。この景色を眺めていたいの。」
いつものように微笑む。恐らく、渚は俺より早く起きているのだろうが、その笑顔からはまるで眠気を感じさせない。
列車に揺られながら車窓を眺めていたら、段々と眠くなってきた。
「眠いなら寝ていいよ?終点着いたら起こしてあげるから。」
さっきと立場が逆転してしまったが、俺も車窓を眺めていたい。何とか眠気に抗い車窓を眺めていた。
・・・
「ほら、啓佑、起きて。着いたよ。」
渚に起こされ外を見れば香山だった。何時頃眠ってしまったかは覚えていないが、おそらく一時間は眠っていただろう。なんだか少し勿体ない気持ちになった。
「あぁ、すまん。取り敢えず、列車を降りよう。」
香山は、石山ほどではないが大きな街だ。ここでも十分おおきな街で人通りも多いが、石山はこの比ではない。
向かいのホームに停まっている次の列車に乗り継ぎ、長い一列の席の、一番ドアに近い場所に渚が座る。自分はその隣に座り一息ついた時、発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。
「この席だと、外が見づらいわね。」
やや不満げに渚が呟く。確かに見づらい。ドアの横に立てば外が見やすいが、二時間半も立ち続けるのは流石に辛い。さっき寝てしまったせいで目が冴えているため寝ようにも眠れない。それに、こんな席じゃ寝れない。しょうがないから、少し遠い反対側の車窓を眺めながら終点まで我慢しよう。
・・・
長い二時間半を耐え、漸く石山に着いた。正確には石山駅ではないが、この駅も大都市を形成するターミナルの一つだ。
「取り敢えず、環状線を一周するんだっけ?」
「ええ。案内して?」
渚がエスコートを求めて手を差し伸べるが、自分もここに来るのは初めてだ。事前に地図を調べて道筋は覚えてきたが、自信は無い。
「・・・出来る限り、頑張るよ。」
ここまで来てしまった以上、そうするしかない。渚の手を握り、石山観光がスタートする。