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夕立に導かれ  作者: 荒地野菊
4/6

山登り

『ピピピピピピ』


 アラームの音が部屋中に響き渡る。寝ぼけ眼で目覚ましを止め、土曜日だと言うのに何故アラームが鳴ったのかを考える。


(・・・あぁ、そうか。今日は渚と山に登るんだった。)


 軽く伸びをして、ベットを降りて部屋を出る。土曜日だから家族は誰も起きていない。大きな物音を立てないように静かに行動する。


 冷蔵庫を調べると、冷飯があった。確か戸棚にお茶漬けの素があったはずだ。朝食はお茶漬けにしよう、そう考えヤカンに水を入れてお湯を沸かす。お湯が沸くまでの間に着替えを済ませ、ヤカンが鳴き出す前に火を止めてお湯をかける。これくらいの温度が丁度良い。


 朝食を済ませたら荷物をまとめ、再度道程を確認してから家を出る。軽く準備運動をして、自転車に乗って走り出す。まだ八時過ぎだと言うのに、もう既に暑い。今日は一日、雲一つ無い快晴だ。これから昼にかけてどんどん暑くなるのを考えると気が重い。ただでさえ暑いのに、そこに蝉が加わると、一層暑く感じてしまうから不思議だ。早くいつもの廃墟に向かおう。


 廃墟に着くと急いで中に逃げ込む。日差しが避けられるだけで幾らか涼しい。


「おはよう。早かったわね。時間ギリギリに来ると思ってた。」


 案の定、既に渚は来ていた。廃墟の奥で、何時ものように微笑みかける。


「お前、俺を何だと思ってるんだ?」


「んー?てっきり、時間にはルーズな方だと思ってたわ。案外、五分前行動とかするタイプ?」


「いや・・・まあ、間違ってはいないかな・・・。友達との約束には遅れることが多いし・・・。」


 それを聞いた渚は、何かを察したのかニヤニヤしてくる。


「そうなんだ。じゃあ、私の為にね・・・。フフ、ありがと。」


「そ、それより、もう行こう!こっちの準備は出来てるぞ!」


 渚はどうも、こういう所で勘が良い。恐らく、一を聞いて十を知るタイプの人間だ。渚も準備は出来ているようで、大きめの荷物を持って外に出る。


「じゃあ、行きましょう。暑いんだから、適度にお水飲んでね。」


 一昨日のように、大きめの麦わら帽子を被って自転車の後ろに座る。今日は躊躇わずに勢い良く自転車を漕ぎ始める。荷物が増えた分、一昨日よりも重くなっているが、特に問題は無さそうだ。


「昨日は大丈夫だった?筋肉痛。」


「いや・・・昨日は一日中録に動けなくて、ずっと机に突っ伏していた。登下校が精一杯だったな。」


「フフ・・・大変ね。」


「他人事みたいに言うなよ・・・。」


 お喋りをしながら愛宕山に向けて走る。山に向かうには途中駅前の市街地を抜ける必要があるが、二人乗りをしている所を警察に見られたら怒られそうだから、細い裏道を通って抜ける。それに、大通りを走ると同級生に見つかってしまう可能性がある。それを後で茶化されるのは面倒だ。


「へー、こんな道があるんだ。」


「この道は人通りも少ないし、いろんなモノがあるから面白い。よく学校帰りにこういう道を走ったりするんだ。」


 裏道を抜けて川を渡れば、愛宕神社が見えてくる。山の入り口は、愛宕神社の裏手にある。


 神社に着くと一旦自転車を停める。


「山に登る前に、参拝していこうか。」


 渚が意外そうな目で此方を見てくる。


「啓佑、そういうの大事にする方なんだ。」


 渚には俺がどういう風に見えているのだろうか。


「俺は神とか幽霊とかは信じてないけど、そういう礼節は重んじるタイプなんだ。」


「神は信じないのに参拝するんだ。それって、参拝の意味あるの?」


「うーん・・・雰囲気、かな?何となく、参拝しとけば良い感じになりそう。」


 特に理由があった訳ではないが、言葉に表すとだいぶいい加減な回答になってしまった。渚はそれを聞いてクスクス笑っている。


 神社で参拝をした後、もう一度自転車に乗り込み山を目指す。神社の裏手に回ると、山の上まで続く道がある。傾斜は緩やかだが何度も折り返して山を登るため距離が長い。道を見ただけで気が滅入る。道のほぼ全体が木陰になっているので暑さは控えめだが、それでも夏だ。空気自体が暑く、そこに蝉の元気な鳴き声が山中から響いてくる。後ろにいる渚の声でさえ聞き取りづらい程の鳴き声だ。


「さて、登りましょう?」


 渚が呑気に微笑みかける。


「・・・行くかぁ。」


 一昨日の熊野神社ほどの傾斜ではないが、距離が三倍近くはある。それに、気温も一昨日より高い。もう既にシャツは汗でべたついている。だが、此処まで来てしまってはどうしようもない。諦めてペダルを漕ぎ始める。


・・・


 どれくらい登っただろうか。木々の隙間から町を見下ろすと、ほぼ全体が見える。大凡(おおよそ)、三分の二程度は登ってきたところだろう。なんだか少しフラフラする気がする。


「少し休憩したら。お水、飲もう?」


「いや、もうちょっと、だし、このまま・・・。」


「駄目。休みましょう。私、お尻痛くなってきちゃったな。」


 渚に押され休むことになった。丁度良い平場が無いため、比較的傾斜が緩い場所に自転車を停めて休憩する。


「はい、麦茶よ。変に頑張り過ぎないで。」


 麦茶の入った水筒を手渡される。自分が持ってきたペットボトルの水は既に無くなっており、それに気付いたのだろう。本当に用意周到だ。


 麦茶を飲んだら落ち着いてきた。暑さと疲労が重なると正常な判断が出来なくなる。今後、気を付けなければ。


 落ち着いたら気付いた。この水筒、渚が飲んでいた水筒じゃないか?まさかと思い振り替えると、渚がニヤニヤしている。


「フフ・・・気付いちゃった?」


 確信犯だった。時々、渚はこうゆうことを唐突にしてくる。意図はわからないが、その時は本当に良い笑顔をする。


「下らないことしてないで、そろそろ行くぞ。」


 水筒を返して出発の準備をする。少しドキドキしたが、俺はこの程度では動じない。渚は反応が薄くて残念そうにしている。


「さて、行くか。」


 少し休憩して体が軽くなったような気がする。あともう少しで山頂だ。


・・・


 暑さに耐え少しふらつきながら、漸く山頂付近の駐車場に到達した。此処まで来ればもう、登りきったも同然だ。


「此処から先は遊歩道だから、自転車じゃ行けないな。これくらいなら歩けるか?」


 駐車場にある地図を見ながら確認を取る。


「うん、大丈夫かな。これくらい。」


 駐車場の隅に自転車を停めて山頂まで歩く。遊歩道はしっかり整備されているので歩きやすいが、早く日陰のベンチにでも座って休みたい。


「はい、到着。お疲れ様。」


 山頂であることを示す看板の前に渚が立つ。看板の足元には大きな石が置いてあり、おそらくそこが山頂なのだろう。


「お疲れ様・・・。」


 俺はそこには立たず近くのベンチに倒れ込む。暑さと疲労で頭が痛い。これはしばらく筋肉痛で家から出られないな。


「フフ・・・。あっちの展望台でお昼にしましょう?」


 渚が持ってきた荷物を掲げる。あの中に弁当を入れてきたようだ。


「おぅ、そうだな・・・。」


 ベンチに座って落ち着いたら腹が減る。時計を見ればもうすぐ十二時だ。


 渚に手を引かれ展望台まで進む。そこからは町中が一望でき、俺の家も、学校も、いつもの廃墟も良く見える。屋根付きの休憩スペースがあったので、そこに荷物を置いた。


「良い眺めね。海の向こうの島まで見えるわ。」


 渚が弁当を広げながら呟く。確かに眺めは良いが、それより弁当の方に目がいく。明らかにそれは重箱だ。結構な量がある。それに、かなり豪華だ。


「・・・すごい弁当持ってきたな。」


「頑張って作ったんだから、ちゃんと全部食べてよね。」


「・・・これ全部、一人でつくったのか?」


「ええ、もちろん。」


 まるでおせちのようだ。お店で買ってきた、といっても不思議ではないほどの出来栄えだ。もしかしたら、渚は良いところのお嬢様なのかもしれない。そう思わせる程に豪華だ。


「ほら、食べて。お腹空いちゃった。」


 渚に急かされ食べ始める。・・・うん、おいしい。母親の料理より断然美味い。何だこれは、まるで料亭の料理を食べているみたいだ。いや、料亭には行ったことないが。本当にこれを一人で作ったのか?想像以上に美味し過ぎて反応が難しい。


「どう、おいしい?」


「・・・ああ、美味しい。想像以上に・・・。」


「良かった。頑張った甲斐があったわ。」


 これは食べきるまで時間がかかりそうだ。


・・・


 お昼を何とか食べきる。渚はやはり小食だったためほとんど一人で食べた。


「苦しい・・・。」


 こんなに食べたのは久々だ。帰りが大変そうだ。


「ねぇ、さっきの地図に灯台があったけど、行ってみていいかな?」


「あー・・・灯台は止めといたいいぞ。あれ、割と遠いし結構山を下るから帰りが大変だぞ?」


 それを聞いて渚は少し不服そうにするが、しょうがない、と諦めた。そんなに体力が無いのか。


「よし、じゃあそろそろ帰るか。」


 山頂にはこの展望台くらいしか無い。帰ろうと立ち上がる。


「ねえ、もう少しだけ、この景色を見させて。」


 そう言うと、食い入るように町を眺める。やはり、渚はこの山を登った事がないようだ。この町の人なら、誰しも一度は登る山だ。もしかしたら最近引っ越してきたのかもしれない。渚には謎が多い。


 十分(じゅっぷん)程目に焼き付けるように眺めたあと、満足したように戻ってくる。


「お待たせ。それじゃあ、帰ろっか。」


「もう大丈夫か?」


「うん、大丈夫。」


 荷物を持って駐車場に向かう。自転車に乗り込み、後ろに渚を乗せて山を下る。スピードを出し過ぎないように注意しながら、来た道を戻る。


・・・


 帰り道はあっという間だった。下り坂は楽で良い。それでも暑さは変わらず、シャツは汗でべたついている。


「お疲れ様。今日はありがとね。」


「おう、お疲れ様。」


 蓄積された疲労のせいで、足の筋肉が痛い。暫くは安静にしよう。


「たぶん、暫く筋肉痛で動けないでしょ?治まったら、またおいで。待ってるから。」


 また、いつものように微笑む。俺の体のことまで見透かされている。本当に勘が良い。


「たぶん二、三日は動けない。水曜日には行くよ。」


「分かった。じゃあ、待ってるね。」


「おう、じゃあな。」


 そう言って廃墟を後にする。今から明日が怖い。少しフラつきながら、最後の力を振り絞り家に帰る。

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