雨宿り
学校の鐘の音が鳴ると共に、先生の声が教室中に響く。
「はーい終了ー。解答用紙後ろから集めて来てー。」
その声を合図に静寂が破られる。緊張の糸が切れ、皆が一斉に喋り出した。テストの話、夏休みの予定、人それぞれだ。
「よう、椎名。テスト、どうだった?」
親友の高梨だ。今回はよほど自信があるのか、やけに上機嫌だ。
「まあ、それなりかな。赤点取るほどじゃないけど、高得点でもない感じかな。」
「ま、そんなもんだろ。俺は今回、自信があるぞ!百点も夢じゃない!」
大分自信があるようだ。だがこいつは、こう自信があるときはそんなに点数を取れていない。
「あと、そうだ。夏休み、どうする?俺は特に予定も無いし、何時でも遊べるぞ!」
「俺も特に予定はないな。暇になったら電話でもするわ。何時でも電話に出れるようにしとけよ。」
「おう!」
元気のいい返事を聞いて解散する。昼前に終わったため、途中飯屋に寄ってから帰ることにする。学校から家に帰るまでの道のりに飯屋はそう多くないため、必然的に絞られてくる。
「ラーメンか、牛丼か・・・悩むな・・・」
悩みながら自転車のペダルを漕ぐ。
結局、ラーメンを食べた。どうせ午後もやることなく暇だから、少し遠回りでもして帰ろう。気の赴くままに、適当に道を進んでいると、西の方から黒く厚い雲が流れてきた。冷たい風も吹き始め、雨の匂いに雷鳴もする。すぐに、夕立が来ることを察した。
急いでどこか、雨宿り出来る場所を探さなければ。田舎なので、雨宿りできるような場所はあまり無い。辺りを見渡していると、近くに廃屋を見つける。時間が無いので、仕方なく廃屋に逃げ込んだ。
逃げ込むと同時に、急激に雨が降る。幸い、雨漏りは無く、廃屋ではあるが建物はしっかりしているようで、倒壊の危険性は無さそうだ。
「ついてねぇなぁ。素直に真っすぐ帰ってりゃ良かった・・・。」
今更後悔しても遅い。だが、雨宿り出来てよかった。この雷雨の中、自転車を漕いで帰るのは嫌だ。
「珍しいわね。こんなところに、お客さんだなんて。」
廃屋の奥から声が聞こえる。振り返り奥を見ると、見た目、自分と同年代だと思われる女性が、此方を覗いていた。
「どうしたの?・・・あぁ、雨宿りね。ゆっくりしていくといいよ。お茶でも飲む?」
女性は、特に慌てた様子もなく、追い出そうともせずに、淡々と話を続ける。
「い、いえ、あの・・・すいません、廃屋だと思ってて・・・すぐ出ます!」
「別に良いのよ。ここは、私の家じゃないから。勝手に居るだけ。それに、外は大雨よ。」
そう言うと、お茶を手渡してくれる。
「私は、渚。あなたは?」
「・・・俺は、椎名。椎名、啓祐。」
「椎名啓祐、ね。覚えたわ。」
受け取ったお茶を飲み干す。その姿を眺めながら、彼女は微笑む。
「私ね、ずっと暇なの。だから、何時でもここにおいで。そして、私をどこかに連れてって。」
彼女はそう言うと、にんまりと笑う。
「えっと・・・渚、さん・・・?」
「さん、はいらないわ。呼び捨てで結構よ。私も、君のことは呼び捨てにするから。」
恥ずかしげもなく名前で呼ぶ事を強要してくる。
「・・・じゃあ、えっと、なぎ、さ。・・・。」
女性を呼び捨てにしたことなどないので、むず痒い。
「ふふ・・・。良いわね、こういうの。気の置けない友達って感じがして。私ね、こうやって、誰かと集まって、お喋りして、日が暮れるまで遊んで。時には、近所のお祭りに、浴衣なんて着て行っちゃって。浜辺の花火大会にも、一緒に行って、綺麗だねって笑い合う。そういうのに憧れてるんだ。」
「そんなの、やりゃいいじゃねぇか。」
「出来ないの。私には。でも、啓祐が来てくれた。言いたいことは分かるわ。別に、嫌なら断ればいいだけよ?」
渚がまた微笑みかける。その笑顔に、拒否する、という選択肢は得られなかった。
「あ、雨、上がっちゃったね。」
さっきまでの土砂降りの雨が嘘のように、空は青く、虹が架かっている。
「それじゃ、明日から楽しみにしてるね。」
渚が満面の笑みを浮かべ、手を振る。
自分は自転車に乗り、水溜まりを避けながら家に向かう。不思議と、胸の鼓動が高鳴り、明日が楽しみで仕方がなかった。