5.Untraceable-只今絶賛音信不通-
ヨーロッパの片隅に、誰も知らないような小国があった。
世界地図を広げても、国とすら認識されていない、誰も見向きもしないような小国である。
隣国の国民でさえ、その国を国と認識せず隣町と勘違いするぐらいの知名度の低さである。
かといって、各国首脳にとっては全く無視もできない国なのではあるのだが、それはまた別の話である。
とにかく、その一般人にやたらと知名度の低い国、アーデナウア王国は、今ちょっとしたトラブルが起きていた。
その国の皇太子が、旅という名の家出をしてしまったのだ。
皇太子自身この国が嫌だと思っているわけではなく、単に行きたくなったから旅に出た、本人にとってはその程度の事であろう。
何と言うか、地に足が付いていない所のある皇子だったので、いきなり旅に出る事は珍しくない。
ただ、行き先がいつも不規則で、護衛もまかれ、やがて足取りが辿れなくなったりするから、性質が悪いのであって、決してこの国の護衛の腕が悪いわけではない。
むしろ優秀な部類に入るぐらいだ。
その、護衛を振り切れてしまう皇太子のほうが、どこかおかしいのである。
そうして、捜索網を振り切った件の皇太子は、只今絶賛行方不明中だったりする。
そこで国王が立てた対策は、彼の身代わりに影武者を立てるという様な、捨て鉢なものだった。
対外的な記念式典が近々行われる為、どうしても皇太子が必要だった。
こういう切羽詰まった理由があるにはあるのだが、どうも国王本人が楽しみたいからという噂の方が信憑背が高いのが悲しい。
どこにいるのか判らない本人より、ぱっと見のそっくりさんで何とか凌ごうという事なのであるが、成功率は極めて低いだろう。
重鎮たちの慌てる様が、目に浮かぶようである。
その重鎮の最たる者が国王側近、イグナーツ=フォン=バウムガルトである。
彼は、アーデナウア国王が発した、要約すると"影武者立てるから、DE&Bの会長に会ってきてね"の一言により、アメリカくんだりまで出張するはめになった。
イグナーツにはまだまだやる事が沢山あったはずなのだが、国王の命令の為行かざるを得なくなった。
その時彼は、『え?俺ですか?』と思わず失言をしてしまったのだが、またまた国王が『え、なに?それじゃあ俺が行ってもかまわないの?ラッキー』とか訳の解らない事をのたまうので、結局自ら行くはめになってしまったのだ。
何がラッキーだ、と思わず毒づきたくもなるのだが、表情に出さなかったのは経験の賜物だろう。
そうして、彼は一路アメリカに向けて出発することになった。