表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予知夢から始まる英雄譚  作者: 鴉山 九郎
【2章 悶える悪魔は色欲に沈んだ】
8/44

3.落花狼藉

 仲間が見つけてきた人間の村は、とても小さなものだった。

 街道から外れ、民家は主張しないように建てられている。いかにも、獣人様の土地を借りさせてもらっています、という遠慮を感じる。敵対する気はありません、と意思表示するには、十を超えない家族が一緒に暮らすのがせいぜいなのかもしれない。

 今にも森に埋もれてしまいそうな村を、オレ達は低木の茂みからうかがっていた。

 昼食時が終わり、各々がつかの間の休息時間を和やかに過ごしている。場に残るスープの香りに、隣の仲間が唾を飲み込んだ。

 このところ、携帯食料ばかりでまともな食事をした覚えがない。獣人の食べ物を拝借しようにも、彼らが口にする物は、なんというか大雑把で、サテュロスの口に合わなかった。肉が生焼けのまま皿に載るのは珍しいことではなく。料理に失敗したわけでもないという。

 腹を下してから、獣人の料理には懲りた。

 残飯があるようなら、ぜひ恵んでもらいたい。人間が食べる物なら、サテュロスの腹にも優しいだろう。たぶん。きっと。


「そろそろか。準備しとけよ」


 すでに山羊の頭蓋骨を被って準備万端な『バフォメット』達が、武器を持つ手に力を込める。

 今、村には若い男手が少ない。数日前から、男らは街に買い出しに行っていた。狩りで獲った少ない獲物を売って、日用品に変えてくるらしい。

 彼らが戻ってくる前に、村を制圧するのが狙いだった。いくら小さな村と言っても、こちらとて少人数の徒党であることに変わりはない。元気の良い連中とやり合うのは、できるだけ避けたかった。

 午後の仕事が始まろうとしていた。女達はそれぞれ、家事に手をつけ始める。陽に当たりながら針仕事をしようというのか、裁縫道具一式を外に持ち出してきた中年の女がいた。


「いくぞ」


 短く声をかける。慣れたもので、仲間はそれだけで何をすべきか、分かってくれる。

 『バフォメット』は音もなく、茂みから滑りだした。自身も仮面を引き下げて、後を追う。

 走る間に、錆びた大鎌を振り上げる。この前、獣人の少年に指摘された通り、この刃はまともに相手を切ることができない。尖った先端を相手に突き立てるのが、正しい使い方だ。

 井戸の近くで、老人が船をこいでいた。揺れ動く肌色の頭は、防御が手薄だ。そこに狙いをつけ、大鎌を振り下ろす。

 薪を割るより簡単に、頭が割れる。トマトを潰したみたいに、脳みそが垂れ出てくる。

 よろめく背を蹴り倒して、その体を飛び越える。見事、井戸のふちに両足をかけた時には、人間らの注目が、オレに集まっている。即席のお立ち台の前には、驚いて転んだ少女がいた。

 ちょうどいい。

 大鎌で少女を引き寄せるように、喉元に刃を当てる。武器としては使い勝手が悪すぎる形状の大鎌も、こういう時は便利だった。高い場所から下りずに、人質を取ることができる。


「どうか、悲鳴をお上げくださらないよう。うっかり手が滑らないとも限りませんので」


 この子の母親だろうか。大きく開いた口から、今まさに悲鳴が飛び出ようとしていた女は、両手で口元を押さえ込んだ。

 他の者も似たようなものだ。物理的に、悲鳴を抑えている。

 ここには、錆びた鎌で何ができる、と叫ぶ者はいなかった。できの悪い処刑人が担当した断頭台みたいに、むごい切り口を見るだけだと、よく分かっていた。

 子供のやわい肉など、爪を立てるだけで簡単に傷付く。ましてや、皮の薄い喉なんて。

 少女が暴れださないことに、内心で安堵した。手元が滑るのを人一倍恐れているのは、何を隠そう、オレ自身だ。

 震えそうになる手首を、もう一方の手で、強く掴む。


「お、お前ら、盗賊か」


 これぐらいなら大丈夫だろう。と、吟味に吟味を重ねた顔で、初老の男が口を開く。声は小刻みに震えていた。


「こんな貧しい村、襲ったところで何も出てこんぞ」

「こちらとて、金品を巻き上げる気はないですとも。ないところから奪うことはできない。自明の理だ。あー、でも、食事の残り物でもいただけたら、大助かりだね」

「の、残り物と言わず、お腹が減っているのなら食事を振るまいます。だから、その子を放してやってください」


 少女の母親らしき女が、恐る恐る申し出る。お腹が減っているからこんな凶行に走るのだろう、とでも言いたげだ。

 初老の男は、名案だとばかりに大げさに頷いた。


「そうだ。それがいい。今すぐに、食事の準備をさせよう。ですから、ほら、そんな物騒なもの下ろしてくだされ」


 足を引きずりながら、男は前に出てこようとした。懇願の口調に、近くで男に刃を向けていた仲間が舌打ちする。これ見よがしに剣を振って、斬り殺していいか、と目線で問うてくる。オレは同じく目線で、彼を押しとどめた。


「食事か。なかなか魅力的な申し出じゃないの。ねえ?」


 またまた盛大に舌打ちされる。今度はオレに向けられたものだ。

 あの黒毛の幼馴染が、短気を爆発させる前に、さっさと要件に進んだ方が良さそうだった。


「せっかくだが、そいつはついでの用事なんだ。本命は、女。この村の、子供を産める女を全員、差し出してくれるってんなら、この子を含めて誰も傷付けないと約束しよう」


 女達の怯えた目が、嫌悪のこもった目へと変わる。

 初老の男も、はっきりと顔を歪めた。子供の命と、女達の貞操。天秤にかけること自体、間違っている。男は答えを窮した。


「……こいつら、『バフォメット』だわ」

「バフォメット?」

「行く先々で、女を犯す最低な野郎共よ! 盗賊なんてものじゃない。こいつら——」

「おっと、そこまでだ。それ以上言ったら、分かるよな。どうなるか」


 大鎌に囚われたままの少女に目を向け、女にそれを意識させる。女は蒼白な顔で、唇を噛んだ。


「しかし、オレ達も有名になったもんだねえ? こんな辺鄙な村でも、名が知られてるなんてさ」

「行商人の獣人が言っていたのよ。そういう連中がいるから気をつけなさいって」


 どうやら、この村は獣人との交流を一切断っていたわけではないらしい。

 獣人の皇国は広大で、政治的にはともかく、文化が統一されているとは言い難い。地方を回るとよく分かる。その地を治める領主の方針によって空気は変わり、一歩境界をまたげば、違いを肌身で感じる。

 他の人種の流入を歓迎し、それなりに友好的にやっている地域。他の人種の侵入を許さず、見つけるなり追い返す地域。とはいっても、追い返されるだけ温情があるというもの。

 都市部で他人種を見かけるとしたら、例外なく、奴隷に落ちた身であるというから。やはり、交流がある方が少数派ということらしい。

 たしか、この地を治めるのはピューマ公といったか。獣人の領民からも慕われている様子だったし、いわゆる人格者ってやつなのだろう。領地を荒らす悪党の知らせを聞いたら、自ら退治に乗り出しそうな。正義漢な感じ。

 彼は、被害にあったのが人間でも、親身になってくれるのだろうか。きっと、なるんだろうな。だって、皆が口をそろえて言う、良いお殿様なんだし。オレ達の行為にも憤慨してくれることだろう。


「さて、もう頃合いか。女を差し出して自分は助かろう、なんてクズがいなくて安心したよ。じゃ、遠慮なく。男には用がないから消えてもらおうじゃないの」

「まっ——」


 開いた口から続く言葉はなんだったのか。興味もない。知ったら幻滅しそうだから。

 黒毛の『バフォメット』が、初老の男の首を切り裂いたのが合図だった。他の者も、一斉に村の男達に襲いかかる。若い男は不在で。村に残っているのは、子供と老人、それから体が悪い男ばかり。

 獣人と違って、すぐに武器へと変わるような爪も持っていない。警戒はさほど必要なかった。

 さすがに目の前で人が殺されて、悲鳴を抑え続けることはできなかったようだ。女が甲高い叫び声を上げた。


「おい、女を逃がすな!」

「分かってるっつーの! 指図すんな」

「男も一人たりとも逃すなよ。下手に救援なんぞ呼ばれたら面倒だ」


 逃げ出そうとした女達の前に回り込んで、『バフォメット』が舌なめずりをする。仮面をしていても、口元だけは隠せない。下劣な品性も。

 丸腰の女相手に武器を向ける図は、あまり気分のいいものではなかった。

 そういう自分は、戦闘に参加することなく、いまだ少女に大鎌を当てているのだが。少女は最初に転んだ時の姿勢のまま、体を震わせていた。

 男の死体が増える傍らで、女が拘束されていく。抵抗しようともがく者を『バフォメット』は力ずくで押さえ込む。

 血の匂いが濃くなっていく。

 ふらりとめまいがして、井戸から足を踏み外しそうになった。仮面の上から額に手を当て、強く押さえる。この山羊の頭蓋骨がいっそ、素顔になってくれたならば。充満する狂気に体が拒否反応を示すこともなくなるだろうに。

 すでに内側から侵食されているというのに、オレはまだ正気のふりをしている。


「おい、フィランダー、なにぼさっとしてんだ。俺らが必死こいて働いてるってぇのに、余裕そうだなあ?」

「ん……ああ、悪い。終わったのか?」

「おいおい、大丈夫かあ? ったく、何を見てたんだか。この通りだ、ほら」


 呆れて声をかけてきた仲間が、大げさに腕を広げる。

 出来上がった死体は男ばかり。女達は縛り上げられ、一か所にまとめられていた。口にはさるぐつわが噛ませてある。

 この前の教訓が、さっそく生かされたようで何より。

 気の早い者が数人、すでに女の上に乗っていた。野獣のような男共に、服を丁寧に脱がすという選択肢があるわけもなく、女達の着ていた服は下着も含めて乱暴に破り捨てられる。

 数分前までの騒ぎは、湿った静けさに変わりつつある。聞こえてくるのは荒い息遣いと、くぐもった悲鳴のみ。意味のある言葉を交わすのは、輪から離れたオレ達だけだった。


「さてと、俺もあっちに加わらせてもらいますかねえ」


 そう言って女達のもとへ向かおうとした仲間は、ふと足を止めた。

 仮面の奥から覗く目が、倒れたままの少女を捉える。横長の瞳孔が怪しげにきらめく。

 仲間は蹄の向きを変えて、少女の前にしゃがみ込んだ。少女は地面に尻をつけたまま、後ずさりしようとする。錆びた刃に皮膚がこすれた。


「ふぅん。結構いい顔してんじゃん。俺、この子と遊ぼうかなあ?」


 汚い手が、少女へと伸びる。

 頭の中で、なにかがはじけた。

 気付いたら、大鎌を振るっていた。少女めがけてではない。仲間に向けてだ。喉元へ、大鎌の先端を突き上げていた。なまくらの刃が喉を突き破って、口から覗く。当たった衝撃で折れたのか、血にまみれた歯がぽろぽろ落ちてくる。

 そのまま柄を引き寄せ、外道の仲間と顔を突き合わせる。大鎌に引きずられた体は、だらりと力をなくし、頭だけが刃によって無理に上げられていた。


「こんな幼い子に手を出すやつがあるかよ。下衆が」


 怒りにまかせてすごむが、反応はない。すでに絶命していた。

 白目をむいた顔に唾を吐きかけ、大鎌を引き抜く。支えを失った途端、どさりと体は倒れた。


「この子が子供を産めない体になったらどうする。どう責任を取るつもりだったんだ?」

「あ、兄貴……」


 一部始終を見ていたジャイルズが絶句する。

 結果的に体を穢されなかった少女も、目を見開いて硬直していた。

 こちらのやり取りが聞こえたのだろう。お楽しみ中だった『バフォメット』達も動きを止めて、オレを見ていた。


「オレ達の目的を、忘れたわけじゃないだろうな。なんのためにこんなことをしているのか、忘れたとは言わせないぞ」


 『バフォメット』達が気まずそうに顔をそらす。まるで、オレと目を合わせたら殺されるとでも言いたげではないか。

 女達も、妙な空気感に戸惑っていた。じっとりと肌に浮いた汗は、冷や汗の類に見えた。これさいわいと逃亡を試みようにも、状況は先ほどよりも悪い。『バフォメット』と同じく、彼女達も一寸だって体を動かさなかった。

 井戸のふちに立ったまま、仲間に言葉を投げかける。


「女性を陵辱する行為こそが目的じゃない。成果はその先にある。我々の子を孕ませる、そのことに意味があるんだ」


 こそり、と『バフォメット』達が女の体を確認する。自分が今抱いている女が、成人していることを確かめるように。

 彼らにかける言葉は当然、人間の女性らの耳にも入っているわけで。彼女達の顔から色が消えた。

 井戸から飛び降りて近付いていけば、女達は身近のサテュロスに体を寄せた。何かに寄りかからなければ、気を確かに持つこともできないのだろう。そこにいる男も、オレと同じ『バフォメット』だというのに。


「未熟な体を傷付けて、子供を産めない体にしてしまったら、本末転倒だろう? 少女はいずれ大人になる。抱きたいなら、その時まで待てばいい。ほんの十年も待てないケダモノは、仲間にいらない」


 相手のいなかった一人の女の肩に、手をかける。その肩が、びくりと必要以上に跳ねた。大鎌を置き、縮こまった女の体を優しく押し倒す。もともと緩かったのか、口にくわえさせられていた布がぱさりと落ちた。


「さあ、我々と未来の平和について考えようじゃないか」


 どんなことを言おうと、興奮している自身を隠すことなどできやしない。衣服の前をくつろげる間、自分の呼吸が荒くなっていくのを、嫌でも意識した。眼前いっぱいに広がる扇情的な光景が、判断力をにぶらせる。

 艶やかな白い肢体に男の欲望を注げ、と。悪魔の導きが聞こえる。


「い、いや……。お……お兄ちゃん、たすけて……」


 まだ年若い女の口からもれた言葉は、聞こえないふりをした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ