4.月夜には慎重であれ
与えられた任務に一区切りつけ、私は天想軍の拠点となっているカーチェフ城に帰還していた。
もとは獣人領主が居城としていた、辺境の地の小さな城である。さすがに、この間まで滞在していた村の空き家ほど狭くはないが、私にはまだ窮屈さを感じられる居住空間だ。
そうだ、これは広さの問題ではない。密閉された空気に、息が詰まりそうなのである。
「どうしてこう、狭っ苦しい居城にするのかね。見ろ、この窓! 格子なんかついて、まるで鳥籠ではないか!」
ガヴァンと廊下を歩きながら、手を振ってそばの窓を指し示す。
「それは窓の装飾でしょう。格子とは言いませんよ」
「ただの飾りなら、なおさら無用だな。窓とは、もっと開放的であるべきだ。これでは外の景色が見辛い」
「この間まで、くそ狭い犬小屋みたいな所で寝泊まりしていた僕からすると、廊下が広いだけでもありがたいです」
まるで私が、その記憶を早くも忘れてしまったから、そんな我が儘を口にできるのだ、とでも言いたげである。失敬な奴だ。私は鳥頭ではない。
「ここもある意味、犬小屋ではないか」
「ここの前の城主は、犬じゃなくて狼の獣人ですよ」
改築案だけでも出してみるべきだろうか。南の壁をぶち破って、吹き通しの大きな窓を作ってほしいです、という感じで。私の要望はその一点のみであるから、実現しようと思えば簡単に出来る。それこそ、今すぐにでも。気分は爽快になるかもしれないが、防衛力は著しく落ちそうなのが難点である。
つまり、言ったところで、アラベラに一笑に付されて終わる。
まして、勝手に実行したら、大目玉を食らうどころでは終わらない。
この城は、私が各地の人間を口説いて回っている間に、美しく強い我が妻アラベラが、自ら兵を率いて制圧したものだった。礼儀に則って城主には降伏を促したが、狼獣人の彼はそれを跳ね除けて、名誉の戦死を遂げたらしい。立派な最期だった、とアラベラが褒めていた。
我らの華々しい勝利を、『大王』と呼ばれるベスティニア皇国の国主は、有翼人の宣戦布告と受け止めたようだ。この最西端の地にわざわざ皇都から兵を差し向けるのは、ひとえに力の誇示をしたいためである。かつての帝国人を打倒すれば、箔がつくと思っているのだ。
有翼人というのは、他の人種からすると、なかなかにミステリアスな人種らしい。崇められるにせよ、畏れられるにせよ、反応は両極端であることが多い。何よりも、翼があるというだけで羨望の目で見られる。持たざる者にとって、空を飛ぶという行為は、一生かけても成し得ない夢なのだ。
もっとも、獣人の中には例外的に、グリフォン騎兵とかいう厄介な連中もいたのだが。どういうわけか、五年ほど前に、すっかり軍部から姿を消した。犬属の元帥の討ち死にが影響しているという話だが、詳しくは知らない。
ともかく、その一件が我々にとって追い風だったのは違いない。
あの馬鹿でかい獣と空中戦を行うことだけは避けたかったのだ。おかげで、堂々とベスティニア皇国を敵に回すことができた。
「その狼獣人の城主ですがね、皇都から左遷させられて来たという話ですよ。父である元帥が死亡した直後に、その息子がこんな僻地に追いやられているんです」
「後ろ盾を失くすと大変だな」
獣人城主の話が続くと思っていなかったので、鈍い反応しかできなかった。
「淫魔が暗躍している気がするんです。この国で」
「大陸の一大勢力である獣人に、淫魔が目を付けぬはずがない。……ふむ。思えば、戦乱の火種が燃え広がったのも、この国からか」
「他人種への弾圧を強めたことで内乱が勃発し、それが飛び火して、大陸各地で同胞を救うためという大義名分のもと、多くの人種が決起した。荒れた戦況に乗じて、大陸に覇を唱えようとする者達まで参戦する始末。結果、今のごった煮の戦乱の出来上がりというわけです」
「御前はこの戦乱が、淫魔が狙って起こしたものだと言いたいのか?」
「ベスティニア皇国は、もともと他人種に寛容な方ではありませんでした。それでも、ここまで排斥的ではなかった。何がきっかけでそうなったのか、不思議でならないのです」
「排斥的かね? むしろ、積極的に“仕入れ”ているように思えるが」
言うと、ガヴァンは顔をしかめた。
「奴らは道具が欲しかったのですか?」
「半分正解だ。弾圧といっても、ベスティニア皇国が突然、他人種の虐殺を始めたわけではない。ある日から、人として扱わなくなり、道具に貶めただけだ。もちろん、酷い仕打ちであることは間違いないとも」
「では、もう半分は?」
「都合の良い労働力は副産物に過ぎない。真の狙いは、平民より下の階級を作ることにあったのだ。平民の不満を和らげるためにな」
凝ったレリーフが廊下の壁を飾っていた。
大きく目立つよう彫られているのは、毛をなびかせ佇む精悍な狼だ。堂々たる主役として描かれるのは、いつだって、他者を食い物にして生きる獣である。
周りの小さな獣達は、低い位置から狼を見上げるしかない。レリーフの浮き出た目は、朝日が当たれば焦がれているように見え、夕日が当たれば恨めしそうに見える。あるいは、見る者によって映す感情を変えるのかもしれない。
どちらにせよ、これを彫った技術者は相当の技量を持っていたようだ。貴族主義の象徴のような芸術に、人知れず、批判を埋め込むことができたのだから。
「獣人の社会は実に複雑だ。一口に獣人といっても、彼らの姿形が様々なのは見ての通り。知らぬ間に、その生まれ持った姿によって格差が生じていても不思議ではない。ばらばらになりそうだったベスティニア皇国は、団結を強めるため、『獣人』であるという一点のみで選民となれるような仕組みを必要としたのだ。それが、奴隷階級を作ることだった。皇国は『獣人以外』をすべてそこに押し込めた」
「国内のことしか見ていなかったから、結果が裏目に出てしまったと?」
「その通り。しかも結局、内部の分裂は防げず仕舞いだ。穏健派の領主は、中央のやり口に反発し、独立志向がさらに増してしまった。今でも奴隷制度を認めていない土地があるのは、そのせいだな。……もっとも、使い潰しても構わない労働力のおかげで、得をした領主の方が多いのだろうがね」
有翼人の歴史だけでなく、他国の歴史にも詳しいのだ、私は。アラベラの教育の一環である。残念ながら、教師役は彼女本人ではなく長老の一人だったが。
「肝心の中央でも、今になって派閥争いが激化しています。……これは、淫魔がそう仕向けているのではないでしょうか」
私腹を肥やす官僚。足を引っ張り合う将軍。すべてが自分の利のためにしか動かなくなる。長く続いた国には必ずと言っていいほど表れる、馴染みの光景である。
こういったことは大体が淫魔のせいだ。飽きた玩具を放るように、奴らは国を喰い捨てようとしている。人の劣情を煽ることに長けた害虫共は、普段秘めている思いを表面化させ、国を内側から腐らせていく。
「そうだとしても——というか、十中八九そうだろうが、我々はどうすることもできない。御前は居場所が分かっているのなら、と淫魔を絞めに行きたいのだろうがな。それも無理だ」
「なぜなら、真正面から向かっても逃げられるのがオチだから」
理屈は分かっていても納得できない顔で、ガヴァンは呟く。気持ちは分かる、と私は頷いた。
「罠に嵌めなければ、奴らは殺せない」
ベスティニア皇国に淫魔という疫病神が憑いているならば、滅亡するのも時間の問題だ。
憐れむ気持ちはある。だが、だからといって助けてやる義理はない。いらぬ親切心を発揮したせいで、有翼人の計画が崩されるのは御免である。
これまでの報告と、今後の方針の確認。予測から大きく外れるような事態がなければ、軍議は荒れもせずにとんとん拍子で終わる。
他の者が退室していく中、私は進行役として上座にいたアラベラを見つめていた。アラベラの厳しい顔つきが和らぐ瞬間を、ひたすら待つ。それが、私達が上下関係なく夫婦になれる合図だった。
私とアラベラの副官を残して、最後の一人が部屋の外に出る。扉が完全に閉まると、ようやくアラベラは息を吐き出して、肩の力を抜いた。
「元気にしていたか、アーノルド」
「アラベラの顔を見たら、元気が出たよ」
「変わりはないか」
「お陰様で口が達者になってしまって、今なら、君のことを口説き直せる気がする」
「ふむ、変わりはないようだな」
二ヶ月ぶりに会う夫婦の会話としては、アラベラの対応は素っ気なく感じられるかもしれない。だが、話している彼女が可笑しそうに笑っているだけで、私は満足なのだ。こんな表情、私でなければ見られない。
「話さなければならないことがある」
アラベラの言い方は、先ほどまでの会議の空気と似ていた。報告すべきことがあります、と挙手をするかのような。
彼女の目元が和らいでいなければ、私は最悪の事態を想定して狼狽していたところだ。離縁でも切り出されるのかと思った。
「子が出来た」
「本当か!?」
半ば羽ばたくようにして立ち上がると、その拍子に椅子が転がった。それを直す手間すら煩わしく、私は倒れた椅子をそのままに、アラベラに近寄る。
私の反応を大仰に感じたのか、彼女は座ったまま、目を丸めて私を見上げた。
「そんなこと、嘘を言ってどうする」
「どうして誰も教えてくれなかったんだ! 私はアラベラの夫だぞ。生まれてくる子の父親だぞ。……父親。父親になるのか、私は!」
自分で自分が口にした言葉に驚愕する。衝撃の事実の発見である。この私が、父親になるのだ。己の出した声が耳を経由し、再び自分の内に入ると、じわじわと実感が脳に染み渡っていく。
今ここで舞い上がってしまいたい気持ちを抑えるのが、大変だった。
アラベラは腹に手を添えて、驚きと嬉しさで混乱する私を、愛おしそうに見つめた。
「すまなかったな。私が口止めしたのだ。どうしても、自分の口から言いたくてな」
「そ、それは、その気持ちは嬉しいけど……っ、他の者はすでに知っているということか!」
妻が身籠もったことを最後に知る夫とはいかがなものか。もしかして、ガヴァンまでもが私を欺いていたのか。まさか部下の分際で、私よりも先に、私達が子を授かったことを知っていたとは言うまい。
そんな思いを込めて、首を動かしてガヴァンを見やる。
私の倒した椅子を立て直していた彼は、視線に気付くとぶんぶんと首を振った。
「僕は初耳ですよ! アーノルド様とずっと一緒にいたのですから、知る機会なんてありませんって! ……あ、お二人とも、おめでとうございます」
よほど恐ろしい顔をしていたらしい。ガヴァンは私に向かって必死の弁明をした後、思い出したように祝辞を付け加えた。
やり取りを見ていたアラベラの副官ステーファが、ちっと舌打ちする。
「まったく、この糞忙しい時に何をやってくれてんですか。貴方は」
「……! おい、そんな失礼な言い方があるか」
「本当のことでしょう」
ステーファは生真面目すぎるきらいがある。私はどうも、この女副官に好かれていないようなのだ。たまに気付くと、睨まれている。刺すような視線は生来のものだ、と彼女自身は言い張るのだが。
食ってかかったガヴァンは、蝿でも払うように振られた手に押しのけられている。
ステーファは眼鏡越しに、いつものキツい目つきを向けてくる。
「アラベラ様は貴方の責任で身重になったのですから、その分の仕事は、当然、貴方がこなしてくださるのよね?」
「そんな物言いをするな。夫婦の合意の上での結果だ。私も、体が動くうちは今まで通り……」
「いいえ! いけません、アラベラ様は安静にしていただかないとお腹の子に障ります!」
アラベラが自身の副官をたしなめると、ステーファは血相を変えて叫んだ。
そういうつもりで言ったのではありません、と弁解していたはずが、もっと自分の体を労わるべきだ、という内容に変じ、途中で説教染みてくるのは、もはや彼女の癖だろう。
彼女とて、祝福していないはずがないのだ。これは、アラベラの後継者が生まれることを意味するのだから。
「私としては、自分の身にアラベラの子を宿したかったのだが」
ステーファへのちょっとした反論のつもりで、ぼやいてみる。すると、ステーファが目を剥いた。アラベラはほんの少し微笑んだ。
「アーノルド、すまないな。以前にも言ったと思うが、こればかりは譲れない。私が女性体でいる理由だからな」
「うん、よく理解しているよ」
有翼人は両性具有である。女性体、男性体という区別は存在するものの、それすら己の任意で変更が可能だ。
もっとも、性の反転にはひどく体力を使う。一月は自室から出られないことを覚悟すべきだろう。よほど必要に迫られている状況でもない限り、やる奴はほとんどいない。アラベラのためなら、私としてはやぶさかではなかったのだが。……まあ、現実的には厳しい面がある。
夫婦の区分にしても、どちらが腹の中で子を育てるか、の違いでしかない。アラベラはそこにこだわった。
前に、指導者という立場にいながら女性体でいるのはなぜか、と尋ねたことがある。他の人種のように身体能力面での性差はなくとも、子を宿している期間はどうしても身動きが取り辛くなる。指導者という立場からみると、私にはそれがマイナスに思えたのだ。
差し出がましくも、私の方が妻になる用意もある、と伝えた。
アラベラは私とは真逆の考えを持っていた。立場があるからこそ女性体でいるのだ、と答えた。自分の体で育てた子であれば、周囲からあらぬ疑いをかけられることはないから、と。
男性体でいると厄介事を持ち込まれることがあるというのだ。つまり、あれである。赤子を抱えた女が、これは貴方の子です、と押し掛けてくるのだ。事実がどうであれ、昔、指導者がそれで混乱を招いたらしい。
我が子に自信を持つために、己の身から離れた範囲で子を作りたくないのだ、アラベラは。
「ステーファ。もちろん、アラベラの分の仕事は私が負担する。夫として、将軍として、彼女を支えるのは当然の務めだろう」
「ふん、分かっているのならいいのです。余計な口出しでしたね」
ステーファは敵を作る名人である。私などは苦笑いで済ませてしまうが、ガヴァンはあからさまに眉をひそめていた。
彼はこちらを窺うと、ステーファの肩に手を置いた。
「さ、宣誓も聞いたし満足だろう。お邪魔虫はさっさと退出するに限りますよ」
「気安く触れないでくれます?」
「はいはい。喧嘩は扉の向こうでなら買ってあげよう」
肩をぐいっと押され、ステーファは嫌そうな顔で扉へ向かう。そのすぐ後を、ガヴァンがぴったりと張り付いていく。
意外にも彼は堪え性がないのだ。数分後には、爆発した彼の声が聞こえてくることだろう。どうか、それまでに廊下の端にまで行っておいてほしいものだ。
ガヴァンが出て行く前に、声をかける。
「すまないな」
ガヴァンは目を丸めた。
「謝る必要なんてありませんよ。誰になんと言われようと、気がすむまで、たっぷりと一緒に過ごしてください。お二人は夫婦なのですから」
ようやく二人になると、私はアラベラの前に膝をついた。
目前には新しい命が宿っているというお腹がある。端から見る分には、まだ腹が膨らんでいるわけでもなく、そこに子供がいるのだと言われなければ分からない。
腹に添えられたアラベラの手に、自分の手を重ねる。彼女の体を通して伝わる熱が、少しでも我が子に届けばいいと思った。気付けば、我が子に向けて囁いていた。
「私は、御前にこの世のすべてを与えてやろう。邪魔立てする者は誰もいない、何不自由なく暮らすことのできる世界を」
「アーノルド……あまり、無茶はするなよ」
アラベラは当然同意するものだと思っていたので、驚いて、彼女の顔を仰ぎ見た。
いつも気丈なアラベラの瞳に、私を心配するような揺れがあった。新婚という時期は過ぎ、私も若者から大人の男になった。それでも、彼女にとってはいつまで経っても年下の夫だ。頼りないと思われるのは、私の頑張りが足りないせいである。
父親になるのだ。いや、すでになっているのだ。ならば、彼女の不安を安心に変えることができるぐらい、しっかりするしかあるまい。
子を身に宿した母はナーバスになりやすいと聞く。彼女は今、そういう時期なのだ。
「我が子のためなら無茶だってするさ。あれが欲しいと指差されたなら、私は星だって取ってきてやる」
「どんなに物が溢れたところで、本当に願うものがそばになければ意味はない。アーノルド、いくら望んでも手に入らないような存在にだけは、なるなよ」
「…………」
「子にとっての父親は、替えのきかないものだからな」
遠回しに、死ぬな、と言っていた。率直に、そばにいてほしい、と頼んでほしかったが、彼女の立場的にそれは難しい。軍議で取り決めた内容を覆す命令になりかねないからだ。
「分かっているよ。子供の顔も見ないうちに死ぬ気はないさ」
私達は一般庶民の夫婦とは違う。そして、生まれてくる子もまた、特別である。
「御前を生まれながらの王とするために、パパは頑張るよ」
アラベラのお腹にキスをした後、立ち上がる。アラベラの硬い表情が変わらないのを見て、私は自分の翼に手を伸ばした。最初に触れた羽根を一枚、引き抜く。
黒褐色の形の整った羽根を確かめてから、それをアラベラの手に握らせた。羽根ペンにするには少々見栄えが劣る大きさだったが、今回は筆記具ではなくお守りとして渡すのだから問題ない。
「古くからある習わしだな。こんなものでも、気休めになるのだから不思議だ」
コメントは辛口だったが、アラベラも自分の翼から一枚、羽根を引き抜いて私に渡してくれた。緩やかに上がった口角は、彼女の気分が少し晴れたことを物語っていた。
こうして互いの羽根を交換する行為は、長い期間、夫婦や恋人が会えなくなる時にするものだった。相手の体の一部をお守りとして身につけ、安心を得るのだ。最初は単純に、安全を祈願するためのものだった。今では、いかなる時でも伴侶を忘れないという意思表示のためにも行われる。
そういった意味合いを持つようになったのは、有翼人が淫魔に愚弄された後のことである。
アラベラの羽根の色は、私とよく似ている。その辺に置いておくと、私の抜け羽根と勘違いして片付ける間抜けな輩がいるかもしれないので、後で紐に結んで首からかけることにした。
「今度は長くなる」
「分かっている。しっかり働いてこいよ、アーノルド。有翼人の希望が、その翼にかかっている」
アラベラは天想軍の総統としての顔を取り戻した。だが、それで彼女の不安が消えたわけではない。上手に、奥に隠したに過ぎない。
私とて、別れは名残惜しかった。拠点に帰っても留まるのは数日だけで、前線にとんぼ返りするのが常である。アラベラと満足に過ごす時間もない。伴侶としての彼女ならば、なおさらだ。
二人分の体を包み込むよう、翼を前に広げる。趣旨に気付いたアラベラが、同じようにする。互いの翼が触れ、重なり合った。
「この子が生まれてくるまでには戻ってくるよ。勝利を誕生祝いに届けよう」
「ああ、楽しみにしている」
自分達の体を隠すように広げられた翼が、他者の視線を遮蔽する幕となる。羽毛に囲まれた薄暗い空間で、私達は互いを確かめ合うような口付けをした。
部屋には私達以外に誰もいない。分かっていてなお、隠れるような振る舞いをする。有翼人の奥ゆかしさの表れだ、と言いたい。だがこれも、地上に落ち、淫魔を意識するあまりに変わっていったものの一つであった。




