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ちゃんとした大人になるということ

作者: 野花 朝

学生の頃に、僕は毎日缶コーヒーを飲んでいた。1年で500本は飲んだんじゃないかと思う。

缶コーヒーはコーヒーとは別のものだ。ひとつきに1回だけ通う、喫茶店でコーヒーをすする度にそう感じた。

学校にも禄に行かず読書に没頭し、友人と麻雀を打ち、バイト代を趣味のバイクに費やして過ごす日々。

思い返せば朦朧とした意識で、怠惰で不毛な学生生活という舞台に溺れてみただけなのだ。60年代のように。

そうして僕は、無為に缶コーヒーを消費して、無自覚にプライドだけは高く虚飾に満ちて、皮肉屋な人格を形成し、6年めに大学を辞めて社会に出た。


「将来のこと、考えてるの?」

いつもの喫茶店で、彼女が唐突にそう言った。

彼女の言う「将来」はつまり、「私とのことをどう考えているのか」という意味だと瞬時に理解する。

「考えてはいるよ、もちろん。今の仕事は続けたいし」

信頼し合え、尊敬し合えることはわかっている。

彼女の仕草や表情に異性を感じることも少なくはない。にも関わらず、僕は一歩を踏み出せない。

「不安なのね」と彼女がストレートに言う。

「君はこんなカフェで毎週、ちゃんとしたコーヒーを飲んでいる僕しか知らない」僕は彼女のようにまっすぐに伝えることができない。

彼女は考える素振りをする。

「それはつまり、あなたには秘密があるってこと?正体は某国のスパイだとか――」

「そんなに格好いいものじゃないよ」と僕は苦笑する。彼女はまた考え込む。


「別に今いるのがあなたの散らかったアパートで、私たちが飲んでいるのが缶コーヒーでも、私は構わない」


僕と彼女は半年後に小さな結婚式を挙げた。

僕は過去の自分と離別したのだろうか。それとも過去を取り込んで、「ちゃんとした」コーヒーを飲むに値する人間になったのだろうか。

僕の胃に流し込まれた大量の缶コーヒーのことを、今でも考える。

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