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8 狐、猫を被る

 ココが部屋を出てから結構な時間がたつ。

 エクシブも約束の時間が近くなったので、第二甲板へ行く為に外へ出た。


「静か……だな」


 客室から第二甲板までの道のりは意外とあるのだが、見習いや船員の気配以外は見当たらない。

 しかし、なるほど、甲板に着いてエクシブは納得した。

 二階の展望船室や一段高くなった船尾などに船が傾くのではないかと思うほどの沢山の見物客がいた。

 回りを見てココを探すと、騎士風の男や、かなり豪華な服を着た商人などに挟まれコロコロと笑っている。

 狐のくせにかなり猫被っているようで、回りの男たちはデレデレになっていた。

 そんな様子を見て面白くないエクシブは少し苛つきだすが、すぐに理由に気付き苦笑いした。

 エクシブに気付いたココが微笑みながらも少し恥ずかしげに極めて控えめに手を振る。


「リン、頑張りよ」


 そんなココを見てエクシブは刺されそうなほど鋭い嫉妬の視線を浴びながら、あんな芸当もできるのか、と記憶に残しつつ船長のいる中央へと向かった。


「お待たせしました」

「いや、少し待たせたほうが盛り上がって逆に都合が良い。グラン=エクシブ、後は頼んだぞ」


 エクシブは静かに頷くと、満足げに微笑む船長は高らかに声をあげた。


「さあ皆さん! 主役が揃いました!!」


 回りにいる見物者たちは待ってましたと、歓声をあげた。


「今日、皆さんにご覧入れますは、一人の傭兵と我らが誇る船員たちの剣闘技にございます」


 船長の後ろには屈強そうな船員たちが並んでいる。

 数にして十五人。

 船員たちは、自分の強さを印象付けようと様々なポーズを決めると、まわりの観客たちは更に大きな歓声をあげ、盛り上がる。皆長い船生活のせいか刺激に餓えた目で船員やエクシブを見ては、まだかまだかと待ちきれない様子だ。

 早くやれ、との野次すら飛んでいるが、船長は気にもせず展望船室を指差す。


「皆様、あちらをご覧下さい!」

『傭兵・1 船員・1』


 一斉に振り向いた観客たち。視線の先にある木の板が掲げられている数字に静かになると、船長はゆっくりと説明をはじめた。


「一人の剣士に対し、十五人の船員が相手となる闘技となりますが、現在の倍率は一対一となっております」


 回りがざわつく。

 エクシブの相手が十五人の屈強な船員だというのに、その力は互角とされているのだから。


「信じられないと言うのも無理はありませんが、皆様に一つお教えせねばならないことがあります」


 ざわついていた回りが静まり返ると、船長はにやりと笑いエクシブを指差し伝える。


「彼の傭兵は七年前パイクガルドの丘にて参戦したシュトルム将軍率いる、十兵団の一人なのです」


 新たなざわつきが生まれた。

 皆エクシブを様々な眼で見る。今の話で納得したのだろう。寧ろエクシブを有利と思う者が多いはずだ。

 パイクガルドの丘とはそれほどの戦であり、十兵団もその強さで名の通った傭兵団である。

 ふと、エクシブは船長の目線がちらりとココへと向いたことに気付いた。


「なんだ?」


 気になり独り呟くが、解答は誰も返してはくれない。

 そんなエクシブを無視するかのように船長は説明を続ける。


「この話を聞いたなら、皆様、この者の勝利を想像したでしょう。情けない話ながら私の部下たちだけでは彼に勝てる見込みがありません」


 船長の言葉に合わせがっくりとうなだれる船員たちの演技にささやかな笑いが拡がると、船長は更に大袈裟な動きを見せて祈るように手を組んで嘆くように言う。


「我こそはという方々は船員を助けてほしい」


 エクシブの顔がひきつる。

 回りには貴族につく近衛兵や、同盟国の戦場を回る派遣騎士などもいる。

 肩書きだけでどよめきを起こすエクシブだが、そんな者たちまで出てこられては多勢に無勢。

 戦場でならまだしも、互いに加減を考えねばならないこの場では正直かなり辛い。

 手を抜きすぎれば場は白けてしまうだろうし、かと言ってやり過ぎれば船に乗っているだけのエクシブと違い彼らには仕事があるのだ。

 だからと、ちょうど良い加減なんぞ無い。なんせ元から多対一なのだから。


「そんな無茶な……」


 勿論エクシブの声は誰にも聞こえてはいない。

 更に盛り上がる歓声でかき消されてしまっている。

 しかし十兵団、パイクガルドなど相対してはならない者の代表単語がぼろぼろと出てくれたおかげで、名乗る者はなかなか現れない。

 ほっと安堵するエクシブだったが、それは早計だった。

 船長はさらに推す。


「尚、彼を倒すことが出来た者には、特別戦賞として金貨五十枚を付けましょう!」

「なっ!」


 思わず声を出し驚くエクシブ。

 金貨五十枚と言えば、一年間漕ぎ手をした自分の報酬より明らかに高い。

 その報酬に見習いくらいの兵士たちや、貴族に付く近衛兵たちが前に出てくる。

 しかし、騎士は流石に動かない。


「来るなよお」


 そう呟きながら待っていたが、次の言葉にエクシブは固まる。


「更に、今日活躍した戦士には、見眼麗しい方々が晩餐の相手をしてくれるそうです」


 その言葉に合わせるように美しい娘達がそれぞれ顔を赤らめたり、上目遣いに騎士達を見つめたりと、また違う盛り上がりをみせる。その中には例の狐娘も居たりする。

 自分の回りにいる騎士達に、恥ずかしそうにローブを深く被って言う。


「ウチは……強い方が好き」


 半眼になってそれを見ているとエクシブに、ココはにやりと牙をちらつかせる。急に金をしがったココ。聞いた当初は何を言ってるのかと思っていたエクシブだが、恐らく全てはこの為だったのだろう。


「やられた……」


 船長の回りにはエクシブを敵対視する者が集まり、その数なんと最初の二倍近く。

 勿論、配当も変わる。


『傭兵・25 船員・3』


 さっきまで互角だった数字が作為的な何かを感じさせるほどの圧倒的不利に変わる。たった一人を相手に数十人と考えれば当然の結果だ。

 ココがエクシブと部屋で話していた際「少しは自惚れても良いのでは?」と言っていたが、配当の倍率を上げる為だったのだろう。

 半ば呆れてはいたが、エクシブに怒りの感情は無い。


『もし、このままウチが消えたならどうするよ?』


 あの言葉から予想するに、恐らくココはエクシブに賭けている。あれは遠回しに負けるなよ? と言ったのだ。


「ふう、仕方ないか」


 ここまで期待されているのだから、答えねばなるまい。

 エクシブは冷静になり、盛り上げついでに戦士たちに一言告げる。


「勇気とは死を恐れないことではない。オレの前に出たこと後悔するなよ?」


 ゆっくりと威圧をかけて放つ。

 回りの盛り上がりが頂点に達したと同時に船長の声が響く。


「はじめっ!!」

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