7 狐、鳥と金を所望する
「リン、あれは裏があるようだがよ?」
不敵な笑顔でエクシブを見るココ。
あれとは先程の船長の頼みについてだ。内容は最近サボリの多い部下を、剣の稽古で懲らしめてほしいと言うことだ。これは表向きの話で実際のところ裏がある。
ココの顔を見てにやりと返す。
「気付いたか?」
「当たり前よ。ウチはぬしの数十倍も生きている九尾の白狐。人ごときの浅知恵がわからぬとでも?」
「ほお? ならば教えてくれ」
「ほお? ウチを試すかよ」
口調を似せて返すココ。
その様子にエクシブは、ふっ、と笑い視線で返答を求める。
ココはふんっと鼻を鳴らすと偉そうに話始めた。
「この船はウチが感嘆の声を上げるほどの立派な船よ。しかし、いかんせん娯楽が無い。如何に立派な船に乗れても、見える景色が海しかないの」
「ふむ」
顎に手をやり視線で促すと、お見通しと言わんばかりの顔で腕を組みふんぞり返っている。
「先程の稽古の話、あれは良く言えば稽古だが、実際はぬし対船員たちの大立ち回り……つまりは見せ物よ」
考えるまでもないと呟くココに、流石だと言おうとしたエクシブだが、いきなり別の話題に変わる。
「確か、この船には食事用の広間があったの?」
「えっ? ああ、この船は貿易船だからな」
この巨大な船には名のある商人や貴族、そしてその護衛など荷物や船員以外にも様々な者たちが乗っている。
その為豪華料理の並ぶ客用の食堂がこの船には配備されているのだ。
「ウチは晩飯に鳥を所望よ」
「は?」
「なんよ?」
ココは知らないようだが船上の鳥料理は高級料理の部類に入る。
金額は魚介類の比ではない。
「そんな無茶を言う──」
言い終わる前にココは更に別の話をする。
「リン、ぬしの金を少し貸してくれんかよ?」
高級料理の次は金?
金は各国の通貨としても使われており、銅、銀、金の順に価値が上がる。因みにエクシブが持っているのは五大国共通硬貨で種類は金貨のみ。そして金貨一枚の価値は重い。
リハンでは、三枚あれば酒場を貸し切り大勢で飲み続けられたほどだ。
旅の稼ぎ手はエクシブであり、これからは二人分稼がなくてはならない。
だが、傭兵には簡単で短時間に稼げるような仕事は少ない。
いきなり言われたら躊躇してもおかしくないものだが、瞳を潤ませ上目遣いに問いかける。
「ダメ?」
「何に使うつもりだ?」
エクシブはなるたけ眼を反らし問う。
理由が無ければ出すつもりは無い。
「ふむ、ウチは昔、人と旅をしたり、時には暮らしたりもしたから、金が旅のなかで大事であることはわかってるんよ」
不機嫌な顔になりエクシブが更に問う。
「オレが財布番じゃ不安か?」
ココは困った顔で苦笑し、続けた。
「誤解があってはいかんから言うがよ。ウチは誇り高き九尾の白狐よ。これから先ぬしと旅するにあたって、何もせず安穏と旅をするほど恥知らずではない。出来ることなら、ぬしの旅の負担を少しは無くしてやりたい」
負担とは恐らく旅費のことだろう、目線で続きを促す。
「しかし、ウチは無一文よ。それじゃ話にならんがよ?」
「元手がいるのか?」
「うん、出来ればぬしの邪魔をせず旅をしながらできる稼ぎをと、思っとるんだがよ」
旅をしながら稼ぐという言葉に、エクシブは一つだけ思いついた。
「行商か」
「ふむ、それもよいの」
土地土地で手に入れられる物の中には価値が違うものが多い。
それらの購入販売による差異が儲けとなる稼ぎ方。
とは言え、なまじ簡単に稼ぐことが出来る仕事でもないのだが……。
エクシブは金貨を一枚取り出して問う。
「……これの価値を、本当に理解しているのだろうな?」
ココは満足げに頷くとエクシブに対し急に表情を変え、妖艶な視線で聞いてくる。
「ウチが恥を捨て、身体を張って元手を稼ぐ方法もあるがよ。優しいぬしはきっとそんなことさせまい?」
狡い──。
エクシブの頭にそんな言葉が浮かんできても仕方がない。
少女の容姿とはいえ、こんな顔も似合うのだから女は怖いものだ。
だが、ここまで言わせて動かないようでは男ではない。
なにせ、出す金が無いわけではない。
「貸し、だからな」
貸し、という言葉を強めに言ったのはささやかな反撃だ。
「うん、それで良いよ」
満面の笑みを浮かべて了承する。
さっきとは違う見た目相応の無邪気な笑顔だ。
狐が化かすと言うのは嘘ではないようで、この分ではエクシブは当分騙され続けそうだ。
金の話が終わり、エクシブはふと気付く。たしか船長との約束は正午だ。余裕で居られる程には時間はない。
エクシブはココを連れて一度自分達の客室に戻ることにした。
「今のうちにやっておくかの」
部屋に戻るとココはそう呟き尻尾の毛繕いを始めた。
その様子にエクシブは宿屋でも寝る前、丹念に毛繕いをしていたのを思い出す。
甲板ではしゃいでいたこの娘の正体が大狐だということを忘れていたエクシブだったが、人前でやるわけではないので気にもとめず、三姉妹の手入れを始めた。
「ココ、金は今欲しいのか?」
手入れも終わり一休みした後、三姉妹を装備しながらいまだにベッドで丹念に尻尾の毛繕いをしている連れに聞く。
「うん、今欲しい」
と、絡んだ毛と格闘しながらこたえる。
「落としたら拾得者の物になるからな」
目も合わさずに言うココに少し強めに言うエクシブ。金貨は一枚であっても価値が高い。落とせば帰ることはないのだ。
「ウチがそんな間抜けに見えるかよ?」
不満そうな顔を上げて睨む。
「自惚れは損をする。金貨一枚でお前の好きなお神酒が1日皮袋一つ分なら、二カ月は飲める価値だ」
「ほう、そんなにかよ。ならば用心せねばよ」
金貨を受け取りながらエクシブを見た後、ココが言う。
「リン、ぬしは少し自惚れたほうが良いようだがよ?」
「んっ?」
自分のことを言われ首を傾げる。
「相対したウチならぬしの実力がわかる。ぬしならその短刀一つで、あれらの相手くらい朝飯前ではないかの?」
恐らく装備の重々しさからだろう。
戦闘に関してエクシブはかなり高い評価をココから戴いているようだ。
評価を素直に受けとり光栄だと呟くエクシブだが、その言葉に甘えるつもりはない。
傭兵の世界はそんなに甘くはないのだ。
「不注意に関しての自惚れは損に繋がるが、剣の自惚れは死に繋がる。例えそれが稽古だとしてもだ」
「そういうものかよ」
そう言うとココは毛繕いをやめ立ち上がる。
「行くか?」
「ふむ、ウチは寄るところがあるゆえ先に出るがよ。ぬしはこの後一仕事あるがよ、ゆっくり来るがよいよ」
その言葉に甘えようかと思ったが、不安な要素が頭を過った。
咄嗟に理解したらしく不機嫌にわざとらしくローブを深く被るココ。
「外でも言ったがよ? ウチは人と暮らしたこともあるんよ。ウチが異形の者であることは重々承知の上よ」
文句あるか? という顔をするココ。
今はただの狐娘だが、不本意とはいえ一時は自ら神と名乗っていた誇り高き九尾の白狐。知恵や知識ではエクシブはココの足元にも及ばないだろう。
「わかった、ただ十分に気を付けろよ」
「わかっとるよ。ぬしは過保護よの」
傭兵は契約者を守る者。過保護くらいがちょうど良い。あえて言葉には出さずに軽く笑う。
ドアを開け外に出ようとしたココは顔だけこちらに向けて聞く。
「もし、このままウチが消えたならどうするよ?」
「えっ?」
一瞬意味がわからず立ち尽くすエクシブだったが、ココの悪戯っぽく笑う顔と何かを期待するかのような尻尾の動きを見て気が付いた。
もし自分が拐われたらどうするか? と、聞いていたのだ。
元の姿に戻れば良いとは言えない。相手は自分を守る傭兵に聞いているのだから。
なのでエクシブは少し大袈裟に返す。
「もし、消えたのが自らの意思ではないのなら」
目に力を入れて言う。
「必ず助けに行こう」
「クフフ、後での」
満足そうに微笑みながら、ココは外に向かって行った。




