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68 狐、頼まれる

 まばらに倒れた傭兵には敵も味方も入り乱れていたが、既に戦場としては終わりを見せていた。馬車を固めたバリケードの前に座るウォルターはへらへらと笑いながらぷらぷらと手を振る。


「グラン=エクシブ! お待ちしてました!」


 駆け寄るキックスに馬車を降りたエクシブは手で制止しつつ問う。


「グルー隊長は?」

「はい、それならーー」

「ここにいる、最後尾の割に早かったな、状況はわかってるか?」


 振り返り案内しようとしたキックスだったが、本人が自ら近付き話しかけてきた。一回り見渡しため息と共にこたえる。


「やはりあの音はあれでしたか」

「ああ忌々しいことにな」


 二人の視線の先には崩れ去った橋。こうなると戻ることも進むことも出来ない。

「クソ行進が終わるまでの食料も水も足りねえ、馬車だって何台使い物になら無くなったかわからねえ。それにーー」


 瞬間森の木陰から小さな悲鳴が上がったかと思うと、見知らぬ物が地面に崩れた。木の上に控えた梟のガライアの一撃。グルーは気にせず言う。


「まだここも安全じゃねえ」


 そう言いながら中央で立ち尽くしているクエストを睨み付ける。

 エクシブはため息をつきココを呼ぶと、馬車から縛られた男が落ちてきたかと思うと、音も立てずに飛び降りた。


「クエスト」

「……すまぬ、グラン=エクシブ。儂にも何がどうなっているのか」


エクシブは縛られた男の襟首を掴んで引き釣りクエストの前に投げると、

クエストは目を見開き驚き問う。


エクシブは振り返りグルーに問う。


「今後の策、一応確認ですが……ありますか?」


グルーは肩を竦めて答える。


「残念ながら何もない」

「そう、ですか」


 腕を組み空を青いで目をつぶる。

 少しの時間悩み考え、何かを覚悟し目を開けたエクシブは、グルーに目線を会わせて口を開いた。


「一つだけ、そう、一つだけあります」


 グルーに近付きエクシブはそっと策を伝える。

 すべてを聞き終え、怪訝な顔でグルーは問う。


「そんなこと、本当に通じるのか? 意味がわからん」

「ええ、言ってるオレでも無茶苦茶なのはわかっています。ですが」


 しっかりと見据え、はっきりとこたえた。


「多少条件は付けられるでしょうが、必ずのってくるでしょう」


 目頭を抑えグルーは一考すると、苦々しげにこたえる。


「それしか無い、それは納得した……、理解は出来んがな。悪いがお前さんはここで契約完了だ。降りてもらう。破棄じゃないだけマシだと思ってくれ」


 苦笑いを浮かべエクシブはわかりました、と小さく頷く。


「うちは、そんな軽々しく全賭けできる立場じゃない。引き継ぎは? まさかクエストではあるまい?」

「今の彼では荷が重いですね。ワイアットに任せます。説明は?」


 グルーは首を振りこたえる。


「そのぐらいはやるさ。荷物扱いの傭兵も最後まで載せてやる。彼らがいたから今回の襲撃を耐えられた。ここで捨てればろくなことにならん」

「気がかりはそこでした。ですが、もう一つ……」


 ふぅ、とわかりやすく息を吐いたグルーは続ける。


「お嬢ならそもそもこちらの領分だ。適当なとこで合流すればいい」

「ありがとうございます。ではーー」


 気掛かりが晴れ、エクシブは踵返すとココの元に近付き話す。


「ココ、オレは行く。遅れると思うが次の町で待機していてくれ。ジャンクとキックスを共に連れてけば町で不自由することもないだろう」


 エクシブの言葉にココは腕を組み、ほぉと呟き続ける。


「ぬしはうちを置いていくと?」


 重い空気がエクシブの身体にのし掛かる。だが、


「いや、頼むだけだ。オレがうまく回避出来たとして、その後の憂いを任せられるのはココ、お前だけだからな」


 ココのスカートが風もなく揺れ、眼光は鋭く犬歯がちらつく。ここまでの道中、ココは自分が我慢強い方であると改めて思うほどに我慢した。


 エクシブは常に護衛者としての優先を貫いてきた。

 そして、ココ自身の立ち位置をも守り続けてきた。

 彼は知っている。ココが本来の力を出せば山奥に逃げたとて、たかだか人間の邪魔者くらい蹴散らせることを。

 彼はわかっている。ココがその巨大な体躯にものを言わせ橋がなくとも崖を越えられることを。

 彼は気付いている。ココが人間の軍隊ごとき敵にもならないことを。

 だが、彼は、エクシブは一切望まない。

 何故か……、今の立ち位置がココの求める安息であるかもしれないからだ。

 故に独りで行く。


「あいつらを頼むな? 相棒」


 ココの肩をポンと叩き、振り返らず片手だけ振って馬に向かって歩いていく。


「……リン、ぬしはずるいの」


 その姿に、下を向いたまま拳を握りしめて呟く。

 そんなココに近寄るウォルターがふと漏らす。


「あんのグラン=エクシブがずいぶんとぉ丸ぅくなったじゃねぇのぉ」

「昔のリン?」


 反応の早いココにウォルターはにやりと続ける。


「おっ、お嬢も興味津々ってかぁ?」

「ふむ、リンはなかなか自分語りを好まんからよ。まあーー、いない奴が悪いの」


 馬に乗り駆け出すエクシブの背を見て互いに笑う。

 腰に手を当て、相棒の傭兵によく似た苦笑いを浮かべココはため息を吐いて呟いた。


「頼まれたことくらいは済ませといてやるかの」


 置いていかれたのではない。別れでもない。ただ頼まれたのだ、相棒として。

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