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54 狐と傭兵には、旅をさせろ

 出発の準備が整ったキャラバン。ココと合流したエクシブは最後の仕事をしにラフェスト商会の中庭に来ていた。


「まさか、あの枝がこんなになるとはな」


 エクシブの腰辺りまで伸びた若木。それはココが島から出る際に持ち出した御神木の枝である。


「だからまかせろと言ったがよ?」


 胸を張り自慢気に言うココに、頷くエクシブ。


「ああ、これなら十分だ。では、悪いがこれを例の場所に送っておいてくれ」


 まわりにいた、体格の良い男たちは頷いて準備を始めた。


「これなら教授も満足するだろう」

「教授?」


 ふと出た呼び名に首を傾げて問うココにエクシブはこたえる。


「学者、って言うのかな。何やら色々研究している人でな。暗黒剣の鞘を作ったのも教授なんだ」

「……ふむ」


 わかったのか、それともわかっていないのか、曖昧な返事をするココ。


「まあ、そのうち顔を出さないとだから、会うこともあるだろう」


 言い終えるとエクシブは自分たちの馬車がある方へと向き直る。


「さて、野暮用も済んだことだし、行くか!」


 二人が向いたのに気付いたのか。馬車では赤毛の傭兵ジャンクがこちらに手を振っていた。



 キャラバンの旅が始まり早一週間、何事もなく進みココに至っては殆どが睡眠の時間となっていた。

 街から出たばかりの頃は喜んで馬車の手綱を握っていたが、景色の変わらぬ平野ばかりが続くと知ると、途端に出不精となった。


「無駄に動いて腹が減っては迷惑をかけるからの」


 嘘ではないだけに文句の言いようもない。

 まあ、ごねられたり暇潰しにからかわれるよりかは手綱を持っていた方がずっとマシだ、とエクシブはため息混じりに思っている。

 ふと、自分の馬車に近付く馬が一頭いるのに気付いたエクシブ。


「どうしたんだ、ジャンク」


 近付いてきたのはジャンクだ。最後尾であるエクシブたちの馬車の横に付けると口を開いた。


「黒女より伝令。次の町で停泊、だってさ」


 黒女とはキックスのことである。

 手合わせで負けたことがそうとうくやしかったようで、未だに名前で呼ぶことはない。

 それがわかっているので苦笑いをしつつ返事をする。


「わかった。中継のキックスに、隊は到着と同時に集合と伝えてくれ」


 ジャンクはこくりと頷き馬を走らせた。


 ジャンクが去ったあと、荷車からにゅっと首が出る。


「起きたのか?」


 前を向いたまま問うエクシブ。


「確かに揺れは心地好かったがの、寝とらんよ」


 ココはそう言いながら隣へと座ると大きな欠伸をし、目を袖口で擦る。

 その姿にエクシブは苦笑いをしていると、ココが問う。


「やっと一つ目の町のようだの。リン、ぬしは行ったことはあるんかよ?」


 するとエクシブは少し考えてからこたえる。


「いや、近場を通ったことはあるが寄ったことはないな」


 それを聞くと、満足気に笑顔を浮かべ「そうかよ」と呟いた。


 キャラバン隊の辿り着いた一つ目の町『ランチア』。

 ここから先は山越えか海沿いの道へと変わっていくことから『平野の門』と呼ばれている町でもある。


 さて、大掛かりなキャラバン隊の到着は正に祭りだ。着いたからと言ってすぐに休める訳ではない。

 商人と傭兵は各自で集まり、それぞれの仕事を始める。

 忙しく動いていた為か、あっ、と言う間に夜がきてしまった。


「……つ、疲れた」


 一日の仕事を終え、酒場での打ち上げ中に呟いたジャンクの一言である。

 そんなジャンクの頭に大きく硬い手を乗せにやりと笑う男。


「お前さんは下っ端じゃからのぅ。雑用のこなしは要領よくやらんとなぁ」

「うるっさいなあ。岩おやじが一番動いてないじゃないか」


 岩おやじとは、岩窟王と呼ばれる傭兵の片腕、クエストのことだ。

 実力や戦歴の高さから、他の傭兵が『さん』や『殿』付けするなか、一番下っ端のジャンクは岩おやじ。

 どうやら二人は顔馴染みのようで、クエストも特に気にする様子はなく笑っている。


「やってないように見せるくらいで雑用はこなせなくてはな」

「やってないようにって、やってないじゃんか!」


 文句だけは一人前のジャンク。

 見かねたエクシブは問う。


「ジャンク、それならクエストの代わりが出来るのか?」

「代わ、り?」


 エクシブは頷き言う。


「基本雑用はもちろん、指示、確認。自分だけではなく、そのまわりのことまでな」


 エクシブの言葉に、少し考えジャンクはこたえた。


「そんなのやったことがないんだから、出来るわけがないよ」

「こいつ、ここで言い切るか……」


 流石に呆れたようでクエストはぽつりと呟いた。

 負けず嫌いの性格を知っていたからこそ無理にでも引き受けると期待していたようだ。

 しかし、ここ数日でやられっぱなしのジャンクは、何をするにも自信がもてなくなってしまったようで、エクシブが出会った頃の負けん気がだいぶ弱くなっていた。


 まあ、だからといってジャンクに代わりをさせるのは確かに無理な話。するとそんな傭兵たちに混ざって飲んでいたココがニヤニヤしながら言う。


「やったことが無いから出来ないんがよ? さればやれば出来る、ということかの?」

「えっ?」


 ぎくり、としたジャンクの顔を見てクフフと笑う狐。

 軽く目の据わった表情と、さっきまでいたはずの机の上に、山となる空の酒。

 間違いなく酔っている。

 エクシブは嫌な予感に身を振るわせる。

 だが、残念なことにその予想はしっかりと当たってしまう。


「この町には数日商いをするゆえ、明日一日リンの代わりをやるが良いよ」

「ええっー!?」


 また、とんでもないことを言いだした。もちろん本来ならありえない話なのだが。


「お嬢は面白いこと言うな!」

「やってみろよジャンク」


 大抵の者は既にココの軍門に降りている。

 残念ながら、ここで一番えらいのはココ、次がエクシブだ。

 「やーれ、やーれ」と煽る周りの声が酒場に響く。

 ぷつんと、何かが切れたような音が響く。と、同時にジャンクが叫んだ。


「やってやらあ! お前らあとでほえずらかくなよ!」


 その言葉に満足したのか、ふらふらっとエクシブの元に寄りかかって寝息を立て始めたココを受け止めると、狐の相方はこの旅始まって以来、盛大のため息をはいたのであった。


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