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5 傭兵、契約をする

 避けようと思えば幾らでも避けられる筈なのに、まるでその一太刀を待っていたかのように眼を閉じたのだ。

 狐はゆっくりと眼を開け、「何故止めた?」と、言わんばかりにエクシブを見詰める。

 死を望んでいた為か、その瞳は物悲しくゆれる。

 振り切った剣を片手に、立ち尽くしていたエクシブは、ふつふつと苛立ちが胸の中に膨らむのを感じていた。


 今までのやり取りは、ただの値踏み。

 どうやら、狐はエクシブの力を認めて、自らの介錯人へと選んだのである。

 しかし、戦いと処刑は違う。


 エクシブは狐の前に降ろした大剣を静かに地面から引き抜くと、ずるずると先端を引き摺りながら狐に正面にまわる。


「うおおぉぉっーー!!」


 大きな声をあげ叫び、大剣を力の限り地面に突き立てる。

 ずぶりと半身を隠す大剣からエクシブはゆっくりと手を離した。

 あまりのことに狐は全身の毛という毛を逆立て眼を見開き威嚇するが、エクシブはそんな狐を無視するかのように先程置いた荷物を拾い、突き立てた剣の横にあぐらを掻いた。

 荷物から器を取り出し、皮袋の酒を注ぐと、頭の中にある不平不満と共に一気に飲み干して狐に言う。


「そんな眼をした奴、オレには斬れないよ」

『なにを……』


 反論しようとした狐だが、エクシブを見て言葉に詰まる。口元は笑っているがその目は真剣だ。言葉通り斬れないものは斬れないのだろう。

 徐々に逆立った毛が戻る狐の様子を見て、もう一つの器を前に置き酒を注ぐ。


「怒れる神には酒が良いんだろ?」


 狐はため息をつくと、のそりと立ち上がり、


『この体躯にそれじゃ小さすぎんよ』


 と、おもむろに御神木へとゆっくりと進んでいった。

 真意が読めずエクシブは一体何をするのかと不思議な顔で見ていると、いきなり御神木の葉を食べ始めた。

 一瞬全ての葉が無くなってしまうのではないかと思うほどの食いっぷりだったが、無用の心配だったようで食べ終えたあとも大量の葉が生い茂っていた。


『ふー』


 狐はのそりとこちらを向くと、身をよじるように震えながら縮んでいく。


「なっ!?」


 動くこともできずその様子を呆然と見続ける。

 木の傍に佇む月明かりの下に、白く光る少女がいた。


 腰まである長い白銀の髪と頭にはぴんと立つ獣の耳、後ろにはふさふさとした尾を揺らし夜なのにはっきりとわかる赤い瞳。


「待たせたの。食欲を埋めねば理性が保てんでよ」


 一瞬だけ見た赤い瞳の白い娘。


「お前……酒場の…………」

「ほう、鈍そうなぬしでも覚えとったかよ」


 不敵に笑いエクシブの前に座ると用意されていた器を持ち一気に飲み干した。


「くはーっ、相変わらずこの酒は旨いの」


 娘はエクシブに器を突きだし無邪気な笑顔で言ってくる。


「おかわりよ」


 人とも獣とも言えない少女は美しく、エクシブはその笑顔に見とれぼーっとしていた。

 返事が返らず小首を傾げる。


「だめかの?」

「あ? ああ……悪い」


 我に還りエクシブは慌てて注いだ。

 ふと、あることに気付きあたふたと眼を泳がせ、赤面しながら顔を背ける。



「んっ? なんよ?」


 急に態度を変えたエクシブに疑問を持つが、一糸纏わぬ自分の姿に反応してることに気付きにやりと牙を見せエクシブに詰め寄る。


「獣のウチには喜んで剣を向けとったがよ? 小娘に化けたとたん……」

「うっ」


 図星を指されうめく。

 先程相対した獣と、この少女が同一の者とは思えない。


「クフフ、うぶよの」


 弱みを握られ更に縮こまるエクシブに大笑いしご満悦だったが、いつまでたっても態度が変わらないので「程があるの」と溜め息をつく。


「ふう、仕方ないの。一寸待っとれよ」


 すくっと立ち上がり娘は何処かへと消えた。

 急に静かになった森。待ちながらも酒をちびちび飲み、もしや幻覚だったのか? と思っていた頃。


「えらいの。ちゃんと待ってたかよ」


 突然後ろから声をかけられて振り向く。

 そこに居たのは酒場で会った赤茶色の髪の娘。

 嬉しそうにエクシブの背中に飛び付くと、頬擦りしながらとびきりの笑顔を見せた。

 急に体を密着され、真っ赤な顔してたじろくエクシブ。

 そんな様子をくすくす笑いながら体を離しさっき座っていたところに戻る。


「さて、これなら話しもできるかよ?」


 少し落ち着き言葉を返す。


「悪い、手間をとらせた」


 相変わらず頭は血が上りきったかのような熱さだが、なんとか眼を見て話す。


「こんなもの着けねば話せぬとは、人とは面倒くさいの」


 と、ローブを指で摘まみながらぶつぶつ言ってる。


「人、全部かはわからんが、少なくともオレの目には毒だ」

「何もしてないのに、沸騰して死なれたら困るからの」


 にやりと笑い、皮肉たっぷりに言われるが、いまだに血の気が引かず返しようがないエクシブは、強引に話を変えることにした。


「その方言からすると、このあたりの出身ではないのか?」


 その問いに首を傾げて問う。


「方言てなんよ?」

「このあたりの発音ではないだろう? 酒場のときや、さっきの獣の姿のときと話し方が違うから気になった」


 納得したようで娘は頷きこたえた。


「こっちがウチの素よ。出身は確かにこことは違うの。何か問題でもあるのかよ?」

「そうか。いや、少し気になっただけだ」


 少し落ち着きを取り戻したエクシブは今一番聞きたいことを娘に問う。


「いきなりで悪いが一つ聞きたい。何故、死のうとした?」


 どうしても聞きたかった。何故あの時、動きを止めたのかを──。

 エクシブの問いに娘は遠い目をして空を見上げる。


「孤独は死と同じなんよ。疲れてしまったんよ。生きることに」


 静かに聞いているエクシブを見て、娘は溜め息を一つ吐くと続けた。


「まだこの島が無人島だったころに、この地に封印されてしもうたんよ。ウチの力が欲しかったらしくての」

「力?」


 聞き返すと、苦笑いしながら答える。


「ウチは木を依り代にする狐なんよ。ウチが居れば十年かかる林が二年でできる。五十年かかる森は十年でできる。だがよ」

「だが?」

「その間に切られれば時間がかかるんよ。二年かかる林を、一年で切られればまたさらにかかる……人間どもはウチを相手にいたちごっこよ」


 悲しいともさみしいともとれぬ目で遠くを見る。


「……辞めようとは思わなかったのか?」


 その言葉に苦笑しつつ酒を飲むと器を差し出した。エクシブが注ぐと笑顔で返し答えた。


「放棄しようとは何度も思いよ。されど、皆ウチを慕うんよ……満月の度に酒と馳走が振る舞われ、昔は誰もがウチを必要としてくれてたんよ」


 気付くと酒を持つ手が震え、その瞳からは雫が流れていく。


「お前……」


 声をかけようとしたが、涙を浮かべながら笑顔を見せる娘に言葉が詰まる。


「気付けば、ウチは用済み。誰からも忘れられ、封印すら解かれず、独りになっとったよ。そして満月の酒もお預けよ」


 軽い感じに話を終わらせたが、人であるエクシブには計り知れないほどの永い年月、たった独りでいた娘。

 それこそ死にたくなるほどに──。

 酒場のナターシャも狐の例えを知っていても、九尾のことは知らなかった。

 誰も知らない忘れられた存在。


「すまんの。主なら滅っしてくれると思い誘いだしたんがよ。まさか共に酒を飲むことになるとは思わなかったがよ。どうも愚痴ばかりでいかんの」


 すまなそうに苦笑いする娘。

 ふと、エクシブは愚問だとわかっていても聞きたくなったことができた。


「外に……出たいと思わないのか?」


 すると、きょとんとした顔でエクシブを見た後、一頻り大笑いし、落ち着いたのか答える。


「クフフ、ぬしも話をきかんな。ウチは封印されとるんよ? この島からは出られんよ」

「なら、封印とやらが無くなればいいんだろ?」


 不敵に笑い答えると、耐えられないと更に大笑いする。

 怪訝な顔で聞くエクシブ。


「何か可笑しなこと言ったか?」


 冗談ではなく本気であるエクシブは馬鹿にされた気分になり、苛ついた表情になる。


「クフっ、クフフ……。い、いやすまんよ。ウチの獣の姿に、逃げるか命乞いをする者は居れど……、フフ、共に酒を飲んだ挙げ句、自由にしようとした変わり者は初めてだからの」

「どうすれば良い?」


 間髪入れずに方法を聞く。

 最初はただただ笑い続けていたが、真剣な目で見るエクシブに気付き、やれやれといった感じで御神木を指差す。


「あれはウチの分身、根が深いゆえに動けんのよ。切り倒してもらえればウチは自由になる」

「そうか……」


 短く返事をして立ち上がり、地面に突き刺さる大剣をゆっくりと引き抜く。


「確認だが、切ってもお前には問題無いんだな?」

「燃やされたりしなければ大丈夫だがよ……、しかし」


さっきまで笑っていたが、怪訝な表情を浮かべてエクシブを見る。


「本気かよ?」

「さあてね」


 立ち上がり、肩や首を回しながら大剣を掴むエクシブに問う。


「ぬしもこの国の木の頑丈さは知っとるがよ? あれはその大元締め。その辺の鋼では傷どころか、跡すらつけられんよ?」

「そうか」


 だが、そんな言葉も聞き流す様にエクシブは一言返すと、おもむろに持ち上げた大剣の束を分解する。すると、刃の部分だった鏡面の様なやいばが、まるで脱皮でもしたかのようにするりと抜け落ち、そこには黒い刀身が姿を表した。


「こいつの名は暗黒剣。まるで闇夜に拐われたかの様に斬った先が見えなくなる様が由来らしい。しかしどうにも斬れ味が良すぎてな。使い勝手が悪いんで、いつもは刃の鞘に封印してるんだ」


 両手で構え目を閉じ集中する。

 少しの間のあと、かっと目を見開き、何も無い空間に全力で一閃する。

 直後、空気を切り裂くような、素振りとも違う音が耳鳴りのように短く響く。


「うん、良い感じだ」


 満足げに暗黒剣を眺めるていると、頭頂部の獣の耳がぴんと立ち上がり尻尾ははち切れんばかりに膨らんでいる娘。


「ぬしは、何者よ?」


 今さら警戒されるとは思わなかったエクシブはその様子を見て苦笑し、御神木に向かう。


「一太刀……、は流石に無理かな」


 呼吸を整え気合いを入れる。

 両手で柄を持ち、御神木へと力の限り振り抜く。

 まるで柔らかい物でも斬るかのように容易に振り抜かれた剣の道筋には、乱れの無い真一文字の切り口が出来た。それを見てにやりと笑い、くるりと身を回しながら遠心力をつけ斬り口の別角度から更にもう一振り。

 黒く鈍く光る剣はその斬り口に吸い込まれるかのように入り込むと、やはり引っ掛かることなく、先程と同じように振り抜かれた。


「後、一回り育ってたら厳しかったな」


 ふぅ、と溜め息をつき、御神木を一蹴りした後、暗黒剣の埃を落とすように振る。

 するとまるでそれが合図であったかのように、巨大な御神木はそれと合わせるように倒れていった。

 エクシブは呆然と立ち尽くす娘に振り向き手を伸ばす。


「オレの名は、リン=グラン=エクシブ。世界を旅する傭兵だ」


 信じられないと言った目で轟音をあげながら倒れゆく木を見つめている娘に問う。


「さあ、何を望む?」


 封印を解かれ、自由を実感したのか、娘の頬に一筋の涙が流れる。

そして、涙をそのままに笑顔でエクシブの手をとり答えた。


「ウチは……共に笑って暮らせる仲間のいる安息の地に行きたい」


 皮手袋越しに伝わる暖かい体温と、九尾の姿を想像することの出来ない華奢な娘。

 妙に照れてしまい目が見れないエクシブは、照れ隠しするかのように聞く。


「では、依頼主のお名前をお聞きしよう」


 エクシブに問われ一瞬固まる。


「ウチの、名前?」


 娘の言葉に頷き待つエクシブ。

 それに対して、少し困った表情で呟く。


「こ…………、こ……」

「……ココ?」


 口からこぼれた言葉をそのまま聞き返すエクシブに、娘はぱあっと表情を明るくしてこたえた。


「ここ? ……っ! うん! ウチの名はココ。九尾の白狐ココ」

「ココか。よろしくな。さて行き先は安息の地、かぁ。漠然としたものを目指すからなぁ、契約期間は無制限でも良いか?」


 するとココは皮肉っぽく笑いこたえる。


「ウチの寿命はぬしの永遠に近いが耐えられるかよ?」


 それは辛いと肩をすくめる。


「まぁ、善処しよう」


 今日この日、過去に類を見ない、災いの神と傭兵の契約が結ばれたのだった。

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