44 狐と傭兵、酒場に行く
酒場に着いた二人はゆっくりと呑み始めた。
目的は情報収集。
客の姿格好でエクシブがどのあたりの地域の者か、言葉が通じる者かを判断しココに教える。
あらかた見当をつけると、行動を始めた。
時にココがテーブルを離れ、時に二人で離れ。
情報を得るために相手を選ぶのだが、酒を持っていけば例え小娘であっても上機嫌で話す者や、金でどうにかなる者も居る。
中には余計なことをしようとする馬鹿者もいる。
そのような相手にはエクシブが後ろに立つわけだ。 そんなことを繰り返しているうちに、気付けば客は疎らとなるほど夜が更けていた。
いや、朝が近付いたと言える。
「殆んど潰れているな」
動きながらで少量しか呑んでいないエクシブは、器に入る最後の一口を流し込みココに言う。
「ふむ、しかしなかなかの収穫はあったからの。カウンターのあの者を最後にするかよ。リン、良いかの?」
エクシブは静かに頷きココと共に男に近付いた。
「この時間に潰れぬとは、なかなかのうわばみのようだの」
その声に振り向く男。
旅を重ねてきた経歴がありありとわかる分厚くもボロボロのローブにくるまれている髭を蓄えた初老の男。
男はまたカウンターへと向き直ると、ぽつりと問う。
「何が聞きたい?」
今までの光景を見ていたのだろう。
ココは動じることなく返す。
「イグナス、カトレア間の経験はよ」
その言葉に男は二人を交互に睨んでから酒をあおると、やはりぽつりと問う。
「お前、このわしを誰だかわかって聞いているのか?」
明らかに怒気を交えた言葉にエクシブはココを下げようとしたが、当の本人はにやにやしながらこたえる。
「さあての。そんなお偉い方なら警護を雇う金額くらいケチったりはしないと思うがよ?」
その台詞に驚いたのは相手ではなくエクシブだ。
何せ相手は今回の件の雇い主ベルレット一族の長。
「ふん、そうか。お前がラフェスト商会の秘蔵っ娘か……そして」
エクシブをじろりと睨み付けて続ける。
「お前が傭兵リン=グラン=エクシブか。仲間を持たない一匹狼とは聞いていたが、女好きとは初耳だ」
明らかな挑発行為。
どんな化物であろうと、傭兵を名乗る者は反撃出来ないと知っているからこその言葉だろう。
だが、エクシブは慣れたもので、にやりと余裕の笑みを浮かべると男に返す。
「ただの女ならオレとは歩けない」
のらない相手にいらついてか鋭い威圧をエクシブにかける。
辺りに緊張感が広がり、店員や、まわりで酔い潰れていた者たちが何事かと意識を戻して様子をうかがう。
呼吸の音ですら響いてしまいそうな沈黙。
だが──。
「くく、くっくっく、かはっ、あははははっ!」
突然笑いだしたベルレット。
何がなんだかわからずキョトンとした二人と、まわりの者たちを横目に息を整える。
「くく、ふぅー。いやぁ、すまんすまん。テランから面白い奴らだとは聞いていたが、まさか頭から喧嘩を売られるとは思わなかったからな」
そう言うとエクシブに手を伸ばし続ける。
「グラン=エクシブ、先程は失礼した。申し遅れたがわしはベルレットキャラバンを率いる、グローデン=スカーライ=ベルレット、人はグルー隊長と呼ぶ。荒い口調は許せ、生憎帝国の皇帝にすら敬語は使わぬのでな」
「──ス、スカーライ?」
変わった態度よりも、名前に反応するエクシブにグルーは驚いた顔をして聞く。
「ほお、知っているのかグラン=エクシブ。流石は名のある傭兵と言ったところか」
「スカーライ家の名を聞いたら、オレどころかうちのシュトルム将軍すら霞みますよ」
喧嘩を売った相手が相棒と仲良く話していると言う微妙な空気に得体の知れないものでも見るかのように顔を歪ませているココ。
それに気付いたエクシブは「すまん」と苦笑いで呟き説明を始めた。
「スカーライ家というのは大陸の西で有名な伝説の騎士と称される一族で、童話や英雄伝では欠かせない名だ。店の本棚にも何冊か本があるぞ」
「ああ、ぬしが暇潰しに読んでいたあれかよ」
二人の会話にグルーは言う。
「それらはご先祖のはなしだからな。尾ひれが付いてどこまで本当だかわかりゃしないさ。……さて、そろそろ本題に入ろうか」
本題、それはキャラバンに対しての護衛の報酬。
グルーはにやりと笑い告げる。
「そっちのお嬢さんにはわからぬだろうが、わしの名を知るグラン=エクシブならば大体予測はできるだろう?」
こくりと小さく頷くエクシブに満足気に笑い続ける。
「わしとしては寧ろ奮発したつもりだ。前回までの依頼を受けていたギルド長とは変わっていたから、多少首を捻ることになっただろうがな」
エクシブは苦笑いで頷き、申し訳なさそうな顔でグルーに伝える。
「実はかなり難解な問題と勘違いしまして、ちょっとした対策をたててしまったんですよ」
「ほお、確かに真正面から受ければ難解かもしれんな。それで? その対策とやらは聞かせてもらえるのだろう?」
獲物を見付けた猛禽より鋭い瞳で笑うグルーに最早たじたじのエクシブは、ひきつった笑顔でギルドでの話をした。
「──っ、と言うわけで、これが人数不足の警護を補う対策の全容です」
「ぬしはたまにとんでもないことを思い付くの」
静かに聞いていたココはぽつりとこぼす。
グルーと言えば、視線を空に泳がせて内容を反芻しているのか唸り声をあげてからエクシブに問う。
「はぁ、しかし……、わしも傭兵の法にはあまり詳しくないので偉そうなことを言えた義理ではないが、それは違反にはならないのか?」
「水面下ぎりぎりってとこですかね。それに違反になるならギルド長の許可はおりない」
驚くのを通り過ぎ、最早呆れたような顔をするココ。
「ただの旅にはならんとは思っていたがよ」
「くっくっく、テランの頼みを聞いて良かった。今回は退屈せずに済みそうだ。飲め、嬢ちゃんにグラン=エクシブ! 今宵の酒は全てわしの奢りだ」
「ウチは嬢ちゃんではなく、ココと言うんよ!」
「おお、すまんすまん。よろしくなココ! はっはっは」
グルーはばんばんとココの背中を叩いて豪快に笑う。
「けほっけほっ、ウチはこのおやじは好かんよ」
叩かれたせいか、軽く咳き込みながら眉を八の字にし本当に嫌そうにエクシブの腕にしがみつくココ。
テランの紹介でなければどうにも出来ようものだが、流石のココもやりようがない。
そんな様子を見ながらいつものため息を吐きつつ、エクシブはグルーにココと酒を酌み交わしながら旅の安全を祈るのだった。




