43 狐と傭兵、夕暮れを歩く
「やばいな。少し急がないと本当になにをされるか」
急ぎ足で服屋へと向かうエクシブ。
てっきり店の前で苛々とした表情をしたココが待っていると思い覚悟していたのだが──。
「これはどうですー?」
「おおっ! あ、でも、これも捨てがたいの」
「いいー! それいいー! ならこれと合わせてー」
入り口の近くでも聞こえる二人の声に安堵の溜め息がもれる。
どうやら、まだ服選びに熱中していたようだ。
店の入り口から声をかける。
「迎えにきたぞー!」
かなり大きめな声で呼ぶが、二人の話はいまだに続く。
どうやら聞こえていない、いや、獣の聴力をもつココが聞こえないというのもおかしい。
ともなれば、敢えての無視か。
だが、このまま入っていけば間違いなく罠にはまるだろう。着替え中にばったり、というベタな場面が想像できる。
まだ数ヵ月ではあるが、互いの行動が読める程の付き合いはしている。
「入り口で待っているからなー!」
わざわざ罠にはまりに行ってやる必要はない。
エクシブは店の前に置いてある椅子に座り、腕を組んで目を瞑る。
ココの気分によっては根比べとなるだろう。それをわかっていて付き合っているエクシブは、自嘲気味に笑うのだった。
紅く染まりだした空を覆うように黒と輝く点が現れ始めた頃、やっとココは店から出てきた。
「待たせたの」
すっと片手を顔の横にあげ悪びれた様子もなく言う。
エクシブも特に怒ることはなく頷くだけである。
「さて、次は酒場かの」
随分待たせた割に、ココが手ぶらなことに気付く。
「服は買わないのか?」
エクシブの問いに上げた手をぶらぶらさせながらココは言う。
「荷物を持つのも一度戻るのも面倒なんでよ、明日届けてもらうことにしたんよ」
愛嬌たっぷりな笑顔で続ける。
「明日見せてやるからよ、楽しみにしとくんよ」
「はいはい」
エクシブの適当な相槌が気に入らなかった様で、膨れっ面になって返す。
「男ならよ、新しい服を手に入れた女を少しはたてるものではないかよ?」
わざわざ問い返してくるあたり怒り半分からかい半分と言った割合なのか、エクシブはちらりと視線だけをココに向けて言う。
「剣に生き過ぎてそういうことには疎いんだ。知っているだろ?」
少し前のエクシブなら慌てていただろうが、三ヶ月の間、一日に数十回もからかわれていれば相手のあしらい方もわかるというもの。
面白味に欠けたエクシブに対して更に膨れた顔をするココ。
その様子にため息を吐きながら顔を向けると、腕を胸の前で組み、そっぽ向きながらもエクシブの横をまったくズレずに歩くご機嫌ななめの狐。
苦笑いしながら、ココの頭をゆっくり撫でる。
「楽しみにしてないわけではない。ただ、言い方がわからないだけだ」
その返しはココにとって予想外だったのか、何とも言えない表情で呟く。
「そんなことを言われてはよ──。どう返せば良いかわからなくなるがよ」
そんなことを言いながら頬を紅潮させ、すっと視線をずらす姿に、妙な可愛らしさがうつる。
「え、あっ、いや」
その姿にエクシブは慌ててしまうと、急にころりと表情を変えにやりと笑いながらココは言う。
「やはりぬしはそうではなくてはの」
「お前なぁ──」
顔に手をやりしてやられた、と言った顔で呟くエクシブに、ココは自慢気に言う。
「ぬしがウチをあしらうなんぞ、百年早い」
「百年も生きてられないオレは一生からかわれるってこと──」
言った後に気付くエクシブ。
ココは苦笑いしながらこたえた。
「ま、まあ、ぬしは一生ウチには勝てぬということよ」
普通に返すココだが、エクシブの言葉は違う捉え方をされたに違いない。
勿論そんなつもりはなくエクシブは、いつも通りに嫌みを返しただけだったのだが──。
「それは、そういう意味じゃ──」
狼狽えるエクシブだったが、ココは歩を早めて前に出ると、エクシブの腕をひっぱり口を開く。
「服屋で遅れてしまったからの。酒場ではウチが奢ってやんよ」
すっ、と話題を変えた。
狐は耐えた。これ以上この話は互いに良くないと判断したのだ。
だからエクシブは敢えて謝罪をすることもなく、歪めた顔を笑顔に変えて言う。
「オレの呑む量を知らぬわけじゃあるまい? 支払い時に後悔しても遅いからな」




