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38 狐、決意する

 翌朝、ココとエクシブはテランの前に来ていた。

前日の依頼にこたえるために。

 部屋に迎えたテランは驚く。


「何もこんな早くに来なくとも……」


 するとココは首を振り苦笑いする。


「時間をおくと決心が鈍ってしまいそうでよ」

「うむ、そうか」


 そして、互いに真剣な表情になりココは口を開いた。


「師匠、ウチは修行に出ることにするがよ」

「行ってくれるか、エクシブさんは……」


 テランに聞かれ、エクシブはこたえる。


「怪我は完治していますし、三ヶ月の謹慎も後数日で終わります。ギルドにて新たな依頼を届けていただければオレは出ることができますよ」


 エクシブの言葉に苦笑いするテラン。

 何せエクシブの謹慎にはテランも一枚噛んでいる。とは言え、エクシブも恨んでいる訳ではなく寧ろ感謝すべきこと。


「キャラバン隊ともなればエクシブさん一人では辛いと思われますが、どうします? こちらで勝手に依頼すればよろしいかな?」


 ふむ、と腕を組み考える。

 ひとつの領域にいるものならエクシブ一人でも何とかなるだろうが、馬車隊ともなると確かに辛い。か、といって見ず知らずの者たちと短時間で連携を組むのは難しい。

 エクシブはうーん、と一唸りしたあとテランに言う。


「傭兵に出せる依頼料の限界教えていただければこちらで数人見繕いますよ。ギルドに手の空いた知り合いぐらいいるでしょうから」


 テランは頷きこたえる。


「わかりました。セリアさんに聞いておきましょう。確認しだいそちらに遣いを送りますので。……それと、ココ」


 急に呼ばれ首を傾げるココにテランは姿勢をただして頭を下げた。


「な、なんよ。どうしたんよ師匠」


突然のことに驚くココに、テランはゆっくりと頭を上げて話始めた。


「ココ、いや、今は敢えてココ様と呼ばせていただきます。師として接しておりましたが、今まで御無礼を御許しください」

「な、許すも許さぬも、ウチは──」


 あまりの変わり方に慌てるココだが、次の言葉に納得した。


「貴女の本当の正体を私は聞いております」

「本当、の……?」


 エクシブが聞き返すとテランはゆっくりと頷く。

ココは悲しそうな笑みを浮かべ「そうかよ」と呟いた。


「私も五大国を相手にしている商人。過去の情報であればいくらでも調べがつくのです」


 最早口を開くこともしないココに続けるテラン。


「貴女の話し方で大概の見当はついておりましたが、本来であればこのような待遇は許されるものではありません」


 話についていけないせいか、はたまた何か考えがあるのか、エクシブは黙って聞いている。

 ココは苦笑いをしながら口を開いた。


「まさかウチのことを知っているとは思わんかったよ……。いや、師匠ほどの商人であれば逆に当然のことだったかの」


 ふっ、と笑うが頭はやや下がり暗い。

 そんなココにテランは淡々と続ける。


「いえ、大変失礼をいたいました。ですが、失礼ついでにもう一つ」


 もう一つとの言葉に顔を上げる。


「どんな過去に生きていようとも、弟子入りしたからには、私は貴女の師です。弟子である限りその上下関係は崩れるものではありません」


 損得勘定を忘れない。それは商人の掟のようなもの。


「師と弟子は親子のようなもの。子は親には恩を仇では返さないのが世の常にございます」


 弟子入りをしたのはココ、今更文句など言えるわけもなく小さく頷く。

 テランはその様子に満足げに頷く。

 神とまで言われたココを弟子にしたのだ、活かしようによっては更なる発展が見込める。

 大商人相手にここまでやってきたのだ、ただで済むわけがない。

 ココは意を決して次の言葉を待った。

 しかし、続く言葉は予想していたものとは違ったものだった。


「ココ、この場所はお前の家だ」

「えっ……?」


 先程までとは打って変わり、口調がいつもの調子に戻ったテランに、思わずココの口から驚きの声が漏れると、微笑みながら続ける。


「まだ数ヵ月の付き合いだが、私はお前をカレナと同じ大事な娘として扱ってきたつもりだ。……まあ私の方が大分年下ではあるがな」


苦笑いをして鼻の頭をかくテラン。


「ココ、お前にはたくさんの借りがある。船旅でのカレナのことや、ここにいる新しい働き手だって結論から言えばお前のおかげだ」


 テランは、はっと気付き慌てて追加した。


「ああ、勿論エクシブさんにもお世話になりました」


 エクシブは笑顔で首を振り、話の続きを無言のまま手で促すと、軽く咳払いをしてテランは口を開いた。


「とにかく、一商人として借りは返さねばならない。返しきるまでは、この場所はお前の家だ」


 呆然としてしまうココ。

 テランはココの前まで行くと、両肩に手を置き、ゆっくりと告げた。


「いつでも帰ってきなさい。家に遠慮なんぞ必要ないからな……。必要なのは」


 にやりと笑い言う。


「幾ら稼いだかの土産話だけだ」


 テランの言葉に顔を上げて、にこりと微笑んで言う。


「ありがとうの」


 言い終わると、ココは深く一礼する。そして踵返し、部屋を出ていった。

 遅れてエクシブはテランに言う。


「では、オレもこれで」


 ココに続いて部屋を出るため動いたエクシブにテランは言う。


「頼みますね、エクシブさん」


 ふっと笑い、扉のノブを握りつつ振り向いてエクシブはこたえた。


「ご心配なく。あいつはオレの大事な相棒ですから」


 部屋を出たエクシブを壁に寄りかかりながら待つココ。

 笑顔だが、全体的には暗く儚げなその姿は今にも消えてしまいそうな、そんな感じである。

 ココはぽつりと問う。


「ぬしは、ウチのことを聞かんのかよ?」


 ココの問いは、テランの言っていた過去のことだろう。

 エクシブはふぅ、とため息をついてこたえた。


「嫌じゃなければ、そのうち聞かせてくれるんだろ?」

「…………」


 エクシブは、無言のココの横に立つと頭の上に手を置き軽く撫でる。


「過去がどうであれ、今は今だ。オレの聞きたいことと言えば──」


 顔を上げて首を傾げるココに、にやりと笑い告げる。


「まだ食っていない朝飯を何にするかだ」


 一瞬呆気にとられたココ。

 しかし、クフフと笑い頭に置かれたエクシブの手を優しく持って離しながらこたえた。


「時は金なりよ。店に行く途中のパン屋に寄るとするかの」

「ああ、わかった」


 ココがいつもの調子をとりもどしたことを確認したエクシブは、まず腹ごしらえすることにした。

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