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37 狐と傭兵、酌み交わす

「何か気になることでもあったのか?」


 部屋を出て言うエクシブにココは苦笑いして答える。


「突然の話で少し戸惑っただけよ。まあ、気にすることはないからよ」

「そうか」


 そっけない一言で終わらせ深くは聞かないことに少し不満げな表情を見せるココだが、エクシブの言葉には続きがある。


「今日は早く帰れることだし、たまには呑まないか?」


 どうやらココが言いにくいことに気付いていたらしく、エクシブなりに気をつかっていたようだ。

 それに気付いたココは、「ま、まぁ。ぬしの誘いなら呑まぬわけにはいかんからの」と、照れ隠しをしつつ、軽く返す。


「よし、なら残りの用事をさっさと終わらせるか」


 エクシブの言葉にココは頷き二人は先程頼んだ荷物を取りにいく。

 荷物を受け取り帰る二人は、途中の酒場で酒を買うと、自分達の部屋へと戻っていた。

 酒に少々のつまみを揃え飲み始める。


「リハンのお神酒も美味いがよ、ここの果物酒も……ふむ、なかなかだの」


 酒好きなココは一杯目を口に含むと、上機嫌となる。

 エクシブはそんな様子を見てくすりと笑い、グラスを傾けた。

 この二人は酒場で呑むことはあまりない。

 共に酒豪ではあるものの、つぶれるまで呑んでしまうため、帰りにどんな醜態を晒すかわかったものではない。

 互いにそれがわかっているからこそ、下宿している部屋で呑んでいるのだ。

 入り口から左右の壁にベッドがあり真ん中にテーブル。

つぶれてもすぐに自分の寝床へと潜りこめるこの環境は、二人の酒を呑む間隔を更に早めるものとなる。

 酒が入り、二人がほろ酔いとなったころ、それまでたわいもない話で呑んでいたココが急に表情を変えた。


「どうした?」


 その様子に問いかけるエクシブだが、理由はわかっていた。恐らく本題に入るつもりなのだろう。

 ココはゆっくりと視線を上げて口を開く。


「ぬしは知りたいんがよ? ウチが何故、師匠への返答を先延ばしにしたのかをよ」


 エクシブは自分の持つ酒を飲み干し空にするとココにこたえた。


「今日はいつもより多く酒が入っている。互いに何を言うかわかりはしないが、おぼえていられるかも怪しいところだ」


 自分は酔っ払いだと、おどけてみせるエクシブに、ココはクフフと笑い返す。


「ぬしはいつも変なところで気をつかうの」


 エクシブは肩をすくめてフッと笑い、視線で先を促すとココは話始めた。


「ウチは、ぬしが来るまで、長い年月独りで森にいたのは知っとるの。しかしたまに度胸試しに来るものはおったがよ、ウチを解放出来そうな者はいなかったの」


 解放──。

 封印を解くという意味だけではないだろう。しかし、エクシブは敢えて触れない。それがわかっているのか、ココも深くは話さない。


「時も忘れるほど森にいたんで、何もかもが驚きだったの。でかい船に上手い料理。ぬしの闘技もなかなかだったの」


 懐かしがるココにエクシブは苦笑する。


「ちょっと前の話じゃないか。長く生きたお前が懐かしく思うほど昔の話じゃないだろう?」

「生きた時間で過ごすのはまるで違うんよ。どんな楽しいことも、あるいは悲しいことも一瞬でウチをおいていくんよ。ウチからすれば昨日のことすら最早昔のことに思えてしまうんよ。まあ、それほどにウチの時の感覚がずれてしまっているのかもしれないの」


 空いた器に酒を注ぎつつ悲しげに言う。


「ウチにとって、今の生活は長年夢に見たもの。仲間と笑い、時に辛いこともありながら楽しく暮らすと言うのがよ。だからこそ今日の話を聞いてウチは怖くなったんよ」


 エクシブは言葉を失う。

 長く囚われていたココにとって、今は誰よりも感動があり、そして誰よりもそれが過ぎ去るのが辛いのだろう。

 ココの恐怖は一つ。


「また必要とされない存在になってしまったのか、との」


 永遠にも感じる孤独。


「そんなことは!」


 思わず声を荒げて言うエクシブの言葉を遮り、ココは「わかっとるよ」と頷き呟く。


「師匠も、カレナも、店の女将に本店の皆……ウチの正体を知りながらも普通に接してくれとるんよ。ぬしが言わなくても重々に承知しとるよ」


 エクシブはゆっくりと酒を煽り呟くように言う。


「断ってもいいんだぞ?」


 その言葉にびくりと反応するが言葉は返さない。

 エクシブはそのまま続ける。


「ココ、お前との契約は共に笑いあえる仲間のいる安息の地に連れていくことだ。もし、この場所がそうならば、無理に出ていく必要はない。それに──」

「すまんの」


 言葉を遮りココは謝罪しながら返す。


「ウチは自分の寿命も老いる速度もわからぬからよ。まわりが年をとるのにウチが変わらぬでは多くの客をもつラフェスト商会に迷惑がかかってしまうんよ」

「あっ」


 エクシブはココの正体を改めて思い出す。

数百年、姿を変えずに生きてきた九尾の白狐。


「残念だがよ、ここはウチの求める地ではないんよ。……だからよ」


 ココはこれ以上ない位に微笑みエクシブに告げる。


「もう少し、ウチに付き合ってはくれぬかの?」

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