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35 狐、試してみる

「さて、さっさと入るとするかよ」


 一般人なら避けて通ってしまうギルドをまるで自分の部屋でも開けるように中に入るココと、渋々ついていくエクシブ。


「おや、お嬢に旦那じゃないですかい。今日はどうしたんです?」


 声をかけたのは強面な髭の似合う鍛えられた豪腕を持つ中年男性。受付カウンターの後ろ中央に座る、この場で一番偉い傭兵、ギルド長のダグラスだ。夕方ともなれば他の傭兵は酒場へと出払っている。


「ふむ、この者がウチの護衛になりたいらしくての、ちょいと試験をしようと思ってよ」

「へえー、ってジャンク! まさかお前か?」


 ココの後ろにいる赤髪の少年に気が付いて声をかける。


「なんだよギルド長。文句あんのか?」

「このくそ餓鬼」


 ダグラスは毒づいた後聞く。


「で、どんな試験をするんです?」

「ふむ、リンと手合わせさせてみたくての」

「えっ……、旦那とですかい?」


 ジャンクはエクシブを見て聞く。


「……リン? あんた、リンていうのか」

「えっ、ああ。女みたいだろ?」


 すると、ジャンクは気にするなよ、と言って続けた。


「あんた、俺が尊敬する傭兵と同じ名前だぜ? あれ見ろよ」


 ダグラスの後ろに立て掛けられた大剣を指差す。


「あれは暗黒剣って言うんだが、その持ち主こそ狂神とまで呼ばれた傭兵だ。今は違反処分を受けてるらしくこの街にいるらしいんだ。あれだけ有名な傭兵だからな、きっとかなりでかいことしちまったんだろう」


 瞳をきらきらさせて言うジャンクに、エクシブは思わず苦笑いする。


「まあ、同じ名前だからって手加減はしないけどな」

「それは手厳しい」


 エクシブはそう言うと、その場にある一本の剣を片手にとり、ジャンクに伝える。


「外で待ってるから、いつでも来てくれ」


 エクシブは言い終わるとゆっくりと出ていった。


「なあ、あんたの従者そこそこに腕はたちそうだけど、俺は本当に手加減出来ないぜ?」


 ジャンクの言葉にココはクフフと、笑って答える。


「雇うからにはそれくらいでなくては困るの」


 その言葉にあきれた顔をして返す。


「あんた酷い性格してるな。いや、あいつを信じてるのか。まあ、俺は雇ってもらえればどっちでもいいけどね」


 そう言って扉を開けようとしたが、声をかけられ振り向くとダグラスが。


「ジャンク、悪いことは言わない、全力でいけ。そして──」


 ジャンクに向かってにやりと笑い続けた。


「身の程を知れ」

「なっ!?」


 思わず言葉を失うが、自分に対し

言う。するとココはにやついた顔で言う。


「あやつから進言してきたことだからの。まあリンも無茶はしまいよ」


 楽しそうにこたえ笑顔で外へと出ていくココを見て、ダグラスはジャンクの不運に同情した。

 ココが外に出ると、にこにこと微笑みながら立っているエクシブと武器を構えて立つジャンクがいた。

「なあ、さっさと来いよ。待つのは嫌いなんだ」


 先程ダグラスが言った言葉のせいか、それともエクシブの態度が気に入らない為か、やたらと苛立っているジャンク。

 だが、エクシブはやはり動かない。


「素人のあんたが、俺に負けるのは恥じゃないんだぜ? 怖がらずに来いよ。ちょっとは手加減もしてやれるかもしれないぜ?」


 ジャンクの挑発に、エクシブは肩を竦めてこたえた。


「まあ、こっちも暇ではないからな。そこまで言うのなら、ありがたく行かせてもらうよ」


 エクシブは言葉の終わりと同時に剣を構えると、ジャンクは余裕の笑みを浮かべて答えた。


「おう、胸を貸してや──」


 しかし、言葉は最後まで続かない。

 一瞬でエクシブはジャンクの間合いを越え、一気に自分の領域にしてしまった。

 振られた剣先は間一髪で鎖で止められているが、明らかに振り抜く程の力が入っていない。

 もしここが戦場で、止められなければ今頃胴体と頭はさよならしていただろう。

 手を抜かれてる? 舌打ちをしつつも、ジャンクは額に嫌な汗をかいていることを自覚する。


「相手が素人でも油断しちゃだめだ」


笑顔でエクシブは告げる。


「く、くそっ!」


 ジャンクは鎖の先に付いた剣先を振りながら間合いを広げ、エクシブの届かない範囲から攻めていく戦法に出る。

 縦横無尽に動き回り不規則に斬りかかって来る剣先での攻撃だが、まったくもってかすりもせず、いなされるか避けられる。しかもある程度近づいたところで攻撃までしてくる。

 何とかエクシブの剣を受け止め冷や汗混じりに苦笑いで告げる。


「な、なかなかやるじゃないか」

「そりゃどうも」


 偉そうにかかってこい、なんて言ってしまった手前、どうにか虚勢を張り言葉だけでも強気に吐くが、エクシブは依然息すら切らさず、汗すらかいてなさげな表情は、背筋に悪寒すらおぼえる。


「なぁ、あんた何者だよ」


 流石におかしい。一緒にいた娘の只の連れではなく、明らかに力のある護衛。余裕面で試験の相手として出すのだからその時点で気付ければ良かったのだが、仕事が見付からず焦り、尚且つギルド長に煽られたせいで頭が熱くなっていた。

 元騎士? いや、名のある傭兵か?

 ジャンクは間合いを空けつつ聞くと、にやりと笑いこたえた。


「自己紹介がまだだったな、オレの名はリン=グラン=エクシブ。十兵団所属の者だ」

「えっ!?」


 ジャンクに隙ができた瞬間、エクシブはすかさず間合いを詰め剣先を顔の目の前に突き刺した。間一髪鎖に絡ませ難を凌ぐ。


「手合わせだからって、気を抜いては駄目だろ?」


 そう呟き、後ろへと飛ぶエクシブにジャンクは自分が息切れをしていることに気付いた。

 洒落にならない!

 ジャンクはそんなことを思いながらエクシブを睨む。

 それから何度も攻めてみるが、効果は期待薄どころの話ではない。最近では蒼き狼の中でも実力は五本指に入る強者だと自負していたジャンク。

 しかし、まるで赤子の相手でもされているかのように、全ての戦法が全くもって通じない。

 隙だらけに見せて、まったく隙がない。

 エクシブは何度か、ジャンクが仕掛けてきやすいように、わざと剣をかまえなおす。

 それがわかってはいても、ジャンクは鎖の先の剣を舞わせ速攻をかけざるをえず──、しかし、結果はそれらはすべて受け流がされ、エクシブは余裕の笑みを浮かべている。

 縦横無尽に動く獲物ですら通じない。


「くそっ!」


 思わず悪態をつく。

 この手合わせは誰が見ても結果が解るものだろう。ジャンク自身もわかっていた。本気で攻められたら一瞬で決められてしまう、だが、相手を見極められず、了承したのは自分だ、相手が誰であろうと、無様に手を止める訳にはいかない。

 まさか、自分が素人と罵った者が憧れの狂神グラン=エクシブだとは思わなかったと言うのは、只の言い訳にしかならないのである。


「さて、そろそろこっちからも行くぞ?」


 にやりと笑い動き出した。

 刃同士がぶつかり合い甲高い金属音が鳴り響くと同時に、エクシブは体を捻り、あっという間にジャンクの間合いにまで入っていく。

 あまりにも一瞬で懐に入られ、思わず後ろに飛ぶジャンクだが、最早後の祭り。

 引き寄せた鎖の先の剣を持つ左手は腕ごと掴まれ、ジャンクの首筋にはエクシブの剣があてられていた。


「まだ、やるか?」


 盗賊時代の身のこなしも、この男には一切通用しない。

 目線の先に見える鷲の翼を象ったレリーフが妙に美しく見える。

 抵抗は無駄。


「……参った」


 ジャンクの言葉にエクシブは剣を外して「お疲れさん」と、一言。

 後ろではすべてを予測していたのか、彼の連れである娘がクフフと笑いながらこちらを眺めていた。


「ココ、待たせたな」


 ココは座っていた樽からふわりと飛んで降り、ゆっくりとエクシブに近付いていった。


「気にしなくて良いよ。少しばかり遅れても怒られはしないからよ。それに、なかなか面白いものが見れたからの」

「そうか、とは言えあまり遅いのも良くはないだろ?」


 その場を去ろうとするエクシブに、ジャンクは声をかける。


「なあ、うちの親方とやったことは?」


 ジャンクの言葉にふと、ジャンクの青い腕章に目が行く。砂漠の港町を拠点とする蒼き狼の構成員であるとアタリをつけ、考えこたえる。


「バンガードの双子とは──、たしか相討ちだったな」


 振り返りエクシブはこたえると、すかさずジャンクは更に聞く。


「どっちの!」

「双子と、相討ちだ」


 ジャンクはその言葉を聞き、倒れるように寝転がる。

 一人にすらあしらわれてしまう双子の親方を、いっぺんに相手する男に勝てるわけがない。

 ギルド長の一言、身の程を知れ、という言葉が今になって理解できたのだから世話ない。

 だが、ジャンクは悔しさよりも喜びの方が勝っていた。


「グラン=エクシブは本物だ」


 憧れの男は噂通りの強者だった。それだけでジャンクは嬉しかった。


「ジャンクだったの」


 ココの声に視線だけ向ける。

 すると、ふっと笑い続けた。


「名は覚えたからよ。リン一人では辛いとき、ぬしを呼ぶことにするかよ」


 ココは言い終わるとくるりと後ろを向いてエクシブと共に港の方へと行ってしまった。


「グラン=エクシブが辛いとき?」


 寝転がったまま腕を組み、うーんと、唸ってから呟いた。


「どんなときだよ?」


 エクシブが手におえない仕事なんて出来るわけがない。

 それがジャンクのこたえだった。

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