31 傭兵、狐を宥める
ただの小娘だったものは、先程とは違う、地をも揺るがすような声で言う。
少しずつ変化するその姿は、誰もが見上げるような大きさ。
瞬くような微かに光る、神々しい白銀の毛並み。
一つ一つが意思があるかのように振られる九本の尾。
紅く禍々しくも、美しい輝きを放つ瞳。
その場にいる者たちを絶望に追い込むには十分の威圧感。
九尾の白狐──。
ココは本来の獣の姿を晒すほどに怒り狂っていた。
誰もが動けず悲鳴すらあげられない。
少しでも音をたてれば一番に狙われるのは自分だ、と皆、本能で気付いていた。
絶対的な力の差。
リハンで対峙したエクシブすら身体中に冷や汗をかく。この威圧に姿こそ、かつて、主とも神とも言われた、ココ本来の姿。
「な、何やってるんだ! こっちは人質がいるんだ。ただのでかい獣なんて──」
叫ぶダーインを霞め、何か大きなものが壁に当たる。
「ぐふっ、と、とうりょ……」
どさりとダーインの真横に崩れ落ちるのはならず者の一人。
白い尾を振りココは睨みを聞かせ声を響かせる。
『ダーインと言ったか。貴様から死んでみるかよ?』
「っ!?」
ココの狙いがダーインとわかった瞬間、そのまわりにいたならず者たちは一斉に逃げ出し始めた。
広間にひろがる阿鼻叫喚。誰に止めることができようか、睨まれているダーインは最早声すら出ない。
そして、残されたのはダーインただ一人。解き放たれたキックスは何度かダーインを狙うが、ココがそれを許さない。
そいつは自分の獲物。
言われなくてもわかる。手を出せば恐らく躊躇いなくキックスをも襲いかかるだろう。そんな中一人の男がゆっくりとココに近づき正面に立った。
「ココ、もういい。十分だ」
ココの相棒を名乗る者。エクシブは静かにゆっくりと告げる。突然のエクシブの言葉にココは視線だけを向けた。
自分を止めようとしていることが信じられないようで、牙を剥き出しにして唸り声をあげる。
死してあがなえ。
エクシブはダーインに向かいそう言った。その相棒が何故自分を止めるのか。
エクシブの言葉にダーインは薄くひきつらせながら笑い言う。
「は、ははは、流石、団長だな。こんなばけも──」
「黙っていろ」
ココに言ったように静かにゆっくりと制す。
大狐に負けじと劣らない眼光は沈黙以外を許さない。ココも恐ろしいが、狂神の本性を見せるエクシブも差はない。
二人に睨まれ血の気がひいていくダーイン。
最早、どちらに転ぼうとも結末は変わらない。しかし、ココは気にくわないようで、ダーインを睨み付け更に唸ると連動するように地面が揺れた。
威嚇するココの姿はエクシブに、どけと言っているも同義である。
空腹が近いので理性はあまり残っていないのかもしれない。
『ぬしの頼みだろうと、許せぬものは許せぬよ』
ココはそう言ってダーインに向かい更に威嚇すると飛びかかった……が。
大口を開けて抜けていこうとしたところをエクシブの腕がかかり、ココは驚き身体を止めようとするが、急に止められるわけもなく、エクシブの左腕をココの牙が深く刻む。
「くっ! コ、ココ。十分だ」
痛みをこらえ、顔をひきつらせながらも笑顔で言うエクシブに、何が起きたのかわからないといった表情をするココ。
口にひろがる血の味と匂い。
途端にココの狐の姿が萎んでいき、一瞬の内に娘の姿に戻ると、エクシブの腕にしがみつき大粒の涙を流しながら言う。
「ぬ、ぬしは何をやっとるんよ! ウチに喰われたいのかよ!?」
エクシブは苦笑いでこたえる。
「悪いが、喰うのは勘弁してもらいたい」
腕にしがみつき傷を見るココは先程の大狐とは思えないほどの狼狽えようだ。
深く刻まれた傷から流れる鮮血におろおろするばかり。そんなココの頭を軽く撫でながら大丈夫だ、と呟いてキックスを見る。
どさりと床に倒れるダーインを見下ろし、キックスは呟いた。
「やっと終わった」
エクシブは、ふぅ、と息を吐き鮮血が流れる左腕にしがみつくココを見た。
涙を浮かべたまま、必死に血を止めようと腕にしがみつくが止まらない。
「ど、どうしよう、止まらぬ、止まらぬよ」
エクシブは短刀を止めているベルトを外し、傷の近くできつく巻き直す。
「少ししたらこれで止まるはずだ。大丈夫だからもう泣くな」
エクシブにそう言われても、なかなか腕からは離れない。
すると、いつの間にやらキックスが近くにいた。
「殺したのか?」
エクシブの言葉に首を振りこたえる。
「いいえ、殺してしまいたかったけど、毒で気絶させただけ。誘拐してきたことや、裏の仕事なんか、これから奴には色々聞かないといけないし、あたしの濡れ衣も説明させないと……」
苦笑いで説明するキックスに、エクシブはそうか、と小さく呟いた。




