20 狐、狩りを語る
ココとラフェスト親子は縁類であると言う噂の信憑性を挙げるため、カレナと同じ様な少し高めの服を着せてもらった。
頭の耳を隠すために、長い髪を二つにまとめ、髪飾りで隠している。服もドレスの様なフリルが多く付いた長いスカート。足元はスカートに合わない皮のブーツを履いている。船のなかはまだしも、甲板は滑りやすいので仕方がない。
カレナより少し背の高いココであるが、カレナ用の予備で足りたのが幸いした。何せココの服と言えば、ボロキレのシャツとズボンにローブだけなのだから。
テランはまるで仲の良い姉妹のように並んで歩くココとカレナを見つめつつ言う。
「いや、今回のエクシブさんの話、ココの獣のような身体能力に頼るのです。計画成功への投資だと思えばこのくらいの支払いは──」
耳や尻尾は既に見せていた。互いに裏を見せねば信用は得られない、とココが言い出したことだ。驚く親子であったが、更にテランの前でココの聴覚の鋭さと、嗅覚の広さに関しても実演して見せている。そのおかげで作戦には簡単にのってくれた。
ただの小娘ではないと知ってから、満腹というココの言葉に対して問題ないと答えるテラン。
──なのだが、数日の食事で見てしまった皿の量に、気付けは顔は苦笑いだ。
エクシブは顔から目線を離し、またぽつりと呟く。
「申し訳ない……」
そんなやり取りなど関係ないと言わんばかりに、ココとカレナは楽しそうに専用通路を歩きながらで笑っていた。その光景を見たエクシブとテランは同時にため息を吐く。
「行きますか」
「そうですね。悩んでも仕方ありませんし」
気を取り直し、笑ってる娘たちを引き連れ四人は食事へと向かうのだった。
「そういえば、お前は狐の狩りに似てるって言ってたよな? 今回の件、一体何処が狐と似ているのかを聞きたいのだが」
既に例の鳥料理を四皿食べ尽くし、更に二皿追加注文をしたココに、エクシブは質問した。
食べた量に関して突っ込みしない。いや、出来ない。
ココは口の回りを舌なめずりしながら満足げに腹を撫でると、満面の笑顔を浮かべてエクシブに答えた。
「狐が兎を狩るときに困るのは、巣穴に潜られたときなんよ」
「ふむ」
エクシブは適当な相槌をうって、視線で続きを促す。
「人なら巣穴に手を突っ込めば届くかもしれんがよ、狐はあの小さな穴には入れんからの」
気付けばテランやカレナも食事の手を止め聞き入っている。
ココはクフフ、と笑い葡萄酒の入ったコップを口にあてながらそんな三人に質問する。
「さて、ぬしらが狐ならどうするよ?」
食い付いて聞き入る位だ、三人とも知るわけがない。
ココはそれがわかっているからこそ質問したのだ。だが、全く情報が無いわけではない。何せ、ヒントは出ている。
ココは楽しそうにクフフ、と笑いながら葡萄酒をちびちび飲んでいる。
カレナは今回の作戦を知らないので一番頭を抱えてしまっている。少し可哀想な位に。
とは言え、作戦を知っているエクシブとテランでさえ、頭を抱えるのだから仕方がないことだ。
唸り声をあげながら考える三人を、楽しげに見ながら酒を飲む娘のいる一角は、回りから不思議なものでも見るような視線を集めている。
ある程度時間がたち、ココは三杯目を注ぎながらゆっくりと話始めた。
「巣穴に潜った兎はなかなか警戒心が強くての、いくら待ち続けても一向に出てこないんよ。何せ奴らにはこれがあるからよ」
と、ココは自分の頭に両手を添えて、ひょこひょこと動かす。どうやら兎の長い耳を表現しているようだ。その動きは実に可愛らしく、エクシブはつい見惚れてしまった。
「なんよ、ぬしはこういうのが好みかの?」
にやーっと、口を広げいやらしい笑いをするココに、エクシブは無理やり咳払いして苦々しく顔を歪めながら呟く。
「いいから、先を話せ」
ココはエクシブの言動に満足したのか、いつもの含み笑いをして話しを戻した。
「すまんの、つい面白くてよ。まあ、奴らには潜んでもバレる聴覚があるからよ、そして一番厄介なのは自分が精魂尽きるまで外に出ないという意思の強さ、かの」
再び話始めたココに聞き入る二人、エクシブは先程からかわれたせいか深くは入らない。
ココと同じく葡萄酒をあおりながら、話を聞く。
そんなエクシブの様子を敢えて知らん振りをして話続けるココ。
「獣は親が子を守る以上に種を守ろうとするんだがよ。自分が狙われた時は敵を引き付け、仲間への危機を少しでも減らすんよ」
「……ココ姉様、その兎さんは、お腹が空いたり喉が乾いたりしたらどうするの?」
カレナは心配そうな顔で聞く。
予想通りの質問だったのか、ココはカレナに優しく微笑んだ。
「カレナは優しいの」
カレナの頭を優しく撫で話を続ける。
「兎はそれでも出ないんよ。意志の強さと言うより覚悟のほうが近いかもの。なにせ生半可ではないからよ。では、そんな兎を狐はどうやって捕えるのかの?」
一口葡萄酒を飲み、ココは皆に問う。わかるわけは無い。
だが、ココは敢えて問う。自分の話を相手に考えさせながら話すことにより相手を飽きさせず、尚且つ話しに深入りさせる。
エクシブはそんな話し方の技法を先日の講義で、テランがココたちに教えていたことを思い出した。
ココは実践して話術を確認しているのだ。たかだか説明で終わらせないあたりが抜け目ない。
そんなことを思っていると、じろりとエクシブを睨むココ。
「リン、ぬしはわかったのかよ」
「わかれば苦労しない。だから葡萄酒をあおってる」
「ぬしならわかると思ったんだがよ」
と、少し寂しげに視線を落とすココにエクシブは弁解しようとしたが、見えてしまった。
口元は笑っている。
明らかな罠。
文句を言おうとエクシブは口を開きかけたが、何かを思い付いた。
「んっ? ……罠。いや、囮か?」
確信はない。
だが、今のやり取りはあまりに不自然だった。
カレナとテランは、またココがエクシブをからかっていると思っているのだろうが、エクシブは違った。
ココはからかいはすれど、真意は別だ。無駄なやり取りなどしない。
恐らくはヒントを出したのだ。そしてそのことに薄々だがエクシブは気付きだしていた。間違った答えを言ったところで、恥になるわけではない。頭ではわかっていながらも、恐る恐るエクシブは答えた。
「兎に罠、というか、囮をつかう……みたいな感じか?」
「遠からず、近からずって感じかの」
ふんっ、と鼻を鳴らして笑いエクシブに呟き解答を話始めた。
「正確には、囮ではなく、狐が興味をずらすんよ」
「興味を……、ずらす?」
ココの言っていることがわからず、三人は呆然としてしまう。
いちいち反応する三人が面白いのか、今日だけで何度目かわからない例の含み笑いをしながら説明し始めた。
「クフフ、狐はなかなか賢くてよ、兎を誘き寄せる手段を知ってるんよ。それが──」
「囮か」
ふむ、と笑顔で頷きココは更に続ける。
「ちと違うの。狐は敢えてまったくの無関心になり、その場で遊ぶんよ」
「遊ぶ?」
「それこそ兎が不思議に思って外に出てきてしまうくらい全力での」
ココは自分の狩りを思い出したのか、クスクス笑っている。
テランやカレナはそんなココの様子に不思議そうな顔をしているが、エクシブはココの正体を知っているので一人納得しながら話を聞いていた。
「とはいえ、狐は単独行動する獣だからよ、囮より釣り……の方がしっくりくるかの」
「釣りか……表現としては確かに似てるな」
テランは一人腕を組み頷いて納得し、エクシブは理解したことに満足して葡萄酒をあおっている。
一人取り残されたカレナは泣きそうな顔でココにすがるのでココは頭を撫でながら言った。
「後で教えてやるからよ」
食事を終えた四人は二組に別れて部屋に戻る。
船長に会うためにテランとココは通常通路から船長室に、カレナとエクシブの二人はそのまま部屋へ。
「リン、手を出したらいかんよ?」
「……お前こそヘマするなよ?」
互いににやりと笑う。
「じゃあ、後でな」
「ふむ、後での」
カレナは二人の様子を見ながらくすくすと笑いエクシブを先導するように部屋に向かって行った。
ココはそんな二人を見送ると、テランと共に通常通路側の扉に向かって行く。
「大丈夫だろうか──」
不安な顔をするテランにココはくすりと笑う。
「師匠も人の親、心配なのもわかるがよ、少しはリンを信じてやっても良いと思うがよ?」
すると、テランは苦笑いを浮かべながら答える。
「エクシブさんのことは信じている。いや、それ以上の期待をしていると言っても過言ではない。……ただ」
「ただ?」
怪訝な表情でテランを見るココにぽつりと呟く。
「あの二人、部屋にたどり着けるだろうか」
「…………まあ、大丈夫……だと、良いんだがよ」
方向音痴の二人を想像しやたらと不安になる二人であったが、今さら心配したところで仕方がない。
「まあ、たどり着けなくても同じ船の上、心配するだけ無駄よ。それより──」
「うむ、わかっている。私たちは私たちのやることをせねばな」
ココは笑顔で頷き、二人は改めて船長室に向かって行った。




