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2 傭兵、狐に化かされる

「いらっしゃいませ」


 営業用の笑顔で近づく器量良しの娘、おそらくここの看板娘だろう。


「人数が多くて悪いが、これで出せるだけ出してくれ」


 金貨を三枚手に渡すと、たちどころに満面の笑み見せてくれた。

貸しきるには十分の料金らしく、店員達はどんなに騒いでも嫌な顔一つしなかった。

 どんちゃん騒ぎで半分以上の船員がつぶれたころ、ふと、見知らぬ顔があることに気付いた。

 端のテーブルでローブを頭からすっぽりと被る者は、誰の目にも止まらず一人酒を飲む。コップを持つ手は白く細い……エクシブは直感で女だと気付いた。

 厳つい船員が貸しきる酒場で、誰の目にも留まらず飲んでいる女に興味をもち、テーブルへと向かう。

 正直エクシブは女性に免疫がない。

 なので自らそちらに向かうことに内心驚いたが、まぁ酒も入ってるからだろう、と女の横に立った。

 わざとらしく咳きをし、声をかける。


「隣……良いですか?」


 その声に顔を上げる女

 白銀の髪に透き通るほどの白い肌。

 そして──。


 赤い瞳。


 眉間に手を当て慌てて首を降る。


「……?」


 目の前には小首をかしげて不思議そうな顔をしている普通の娘。赤毛に近い茶色の髪に同じ色の瞳。


「どうかなさいました?」

「えっ! いや、少し酔いが回ってたようです」


 面目なさそうな顔で苦笑すると、クフフと笑う。


「どうぞ」


 そう言われて、エクシブはそそくさと席に座った。

 小柄で自分の身よりあきらかに大きいローブを被るが、少しながら見える顔は少し釣り上がりながらも、ころころとよく動く大きな瞳。それと可愛らしく覗く小さな八重歯の口元が特徴的な、なかなかの器量良し。年の頃は二十より下だろう。女性というより少女といった感じだ。


「この島には、どのようなご用件で?」

「例の木の採取を頼まれてましてね」


 すると、予想通りの答えだったらしく嬉しそうに笑う。


「クフフ、やっぱり」

「この地ならではですからね。なにか木の良し悪しの見分け方とかありますか?」


 どう見ても分からなそうな感じだが、木こりの娘という可能性もある。


「うーん」


 急に考え込んでしまった娘。

 顎に人差し指を当てて考える姿がなんとも可愛いらしい。

 その姿を肴にしながら酒を飲み待つ。

 すると何か思い付いたように声をあげた。


「あっ、そうだ!」

「何かありますか?」


 その言葉にエクシブはコップから口を離し問う。娘は笑顔で答えた。


「はい。残念ながら木の見分け方ではございませんが、伝承ならばあります」

「伝承?」

「はい」


 まゆをひそめて聞くエクシブに嬉しそうに話始めた。


「深淵の森、あっ、ここの裏に広がる森なのですが、満月の夜は木を切ってはならないのです」

「ほう……それは何故です?」


 エクシブが問うと娘は意味深に笑う。


「満月の夜に木を切ると、御神木に宿る災いの神、九尾の者が現れその仕返しをするそうです」


 九尾関係の言い伝えはエクシブも聞いたことがあった。大昔に大陸で暴れていたと言われる伝説の化け物にその一つがある。


「たしか明日は丁度満月の日。森に近づくなかれ……ですよ」

「ふむ」


 興味深い話を聞いた。

 エクシブはこれまでに様々な伝説を目の当たりにしたくて色んな場所を渡ったが、未だそれらに出会えてない。


「面白い話だな……」


 エクシブはにやりと笑い、酒を一気に飲み干しコップを置く。

 その姿に娘はくすくすと笑い、


「怒れる神にはお酒が良いそうですよ」


 不意に言われて気付く。

 どうやら明日行こうとしたのがバレたらしく、エクシブは妙に恥ずかしくなり娘の顔が見れない。

 照れ隠しに背中の方向にあるカウンターへと顔を向け、店員に注文する。


「悪いが、同じやつをもう一つ! そうだ、そち…ら……?」


 相手の注文を聞こうと振り返ると、そこには誰もいなかった。

 さっきまで娘が座っていた席を呆然としながら見ていると、看板娘が酒を運んできた。

 エクシブは慌てて娘に聞く。


「さっきまで、ここに女がいなかったか?」

「えっ? いや誰も…………あっ!」


 何かに気付いたようで、看板娘はにやりと顔を変えた。


「お客さん……狐に化かされましたねぇ」

「へっ?」


 エクシブが間抜けな返事をすると、テーブルに酒と水を置き、さっき娘が座ってたと思われる空いた席に座ると、嬉しそうに話始めた。


「この辺では酔って幻覚を見た人のことを、狐に化かされたって言うんです」


 幻覚を見るほど酔ったつもりは無いエクシブは、娘の言葉に気付いた。

 どうやらこの娘はからかうつもりのようだ。エクシブは身構えて待っていると、予想以上の言葉が放たれた。


「でも、わたし本当に狐に化かされた人、初めて見ました」


 と、目をきらきらさせながら言ってくる。

 少し所ではなく、どうやら完全にヤッツケルつもりのようだ。遠回しに酒に呑まれ過ぎだ、と言っているのだろう。

 エクシブは覚悟を決めた。幻覚に幻聴まで聴こえては最早なんの言い訳もできない。一年ぶりの酒はこんなにも強いものだったか……と、乾いた笑顔でうなだれるエクシブ。

 しかし、今度は予想外の言葉が返ってきた。


「これって、ウチのじゃないんですよ」


 と、白いコップを指差す。


「へっ?」


 またもやエクシブが間抜けな返事をすると、さらに言葉を付け足す。


「実はこれ、御神木に捧げるお神酒を入れる器なんです」


 そこまで言われて、エクシブは気付く。

 つまり見ていた娘は酒による幻覚ではなく──。


「だから、本物の狐の化かしなんですよ!」


 と、興奮し、キャーキャー言って喜んでいる。

 では、幻聴もだろうか?

 間違えば恥をかくことになるその言葉は、コップの酒とともに喉の奥へと飲み込み、代わりに別の言葉を吐き出す。


「例の幻覚に聞いたんだが、満月の日に木を切ってはならないってのは本当か?」


 その言葉に驚くと、「本物だ」と呟きこたえる。


「それ、昔からの言い伝えですよ。満月は森に近づくなかれ! ってね。だから満月は木こりの休日なんですよ」

「木を切ると、御神木に宿る九尾の者に仕返しされるからか?」


 これは初耳らしく、そんな話だったかなぁと、首を傾げた。

 これまでの話で頭は完全に酔いが覚めたエクシブだったが、如何せん体は保たないようで急に眠気が襲ってきた。

 気付くとエクシブが飲んでいるのは酒では無い。

 どうやら、注いでくれていたのは一緒に持ってきていた水らしい。


「すまないな……えっと」


 コップを持ち、気を使って水にしてくれた看板娘に感謝を告げようとしたが名前を知らない。

 言葉に詰まると察してくれたのか、自己紹介してくれた。


「わたし、ナターシャって言います。こっちこそすいません。勝手に水を注いで」

「いや助かったよ。これ以上はさらに醜態を晒しかねない」


 エクシブはそう言うとテーブルを立った。


「また、来てくださいね」


 との言葉に、勘定は足りていることを確認し出口に向かおうとしたとき、ある言葉を思い出す。


『怒れる神にはお酒が良いそうですよ』



 テーブルの上のコップを手に取りナターシャを呼ぶ。


「ちょっと聞きたいのだが……そのお神酒ってやつは、すぐに手に入るものなのか?」


 聞かれることを分かっていたのか、したり顔の笑みを浮かべる。


「後で準備しときますよ。皮袋一つ分でいいですよね?」


 ナターシャに先を読まれ、エクシブは苦笑いをしつつ質問する。


「満月の森は立ち入り禁止か?」

「いえ、大丈夫ですよ。たまに外から来る人たちが肝試しに使う位ですから」


 その言葉にひと安心するエクシブ。入れないのなら元も子もない。


「そうか、ありがとう。一眠りしたら、また寄る。支払いは後で良いか?」


 すると、最初に渡した金貨を一枚見せて胸元へと仕舞い「ありがとうございました」と、頭を下げた。

 どうやら、まだまだ飲めるくらいに予算は残っていたらしい。

 ナターシャに片手を振り店を出ると、空は夜を越え朝になりかけていた。

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