19 傭兵、提案する
どうにもこの狐はエクシブをからかうことを辞めない。油断も隙もあったものではない。
苦虫でも噛んだような顔をして、呟くエクシブ。
そんなやり取りを見ていたのか、ニヤニヤしながらカレナが近づいてきた。
「ふふ、楽しそうですね? ココお姉さま」
その声に反応し、ココはカレナへ振り向くと、にやりと笑う。
「ふむ、リンはからかいがいがあるからよ。楽しくてしょうがないんよ」
そう答え、カレナと二人でくすくす笑いだした。
エクシブは勘弁してくれ、と言いたげな顔をして頭を掻いていたが、ふと、椅子から立ち上がる。
「さて、オレはテランさんに用事があるから」
そう言うと、エクシブはテランのいる奥の部屋へと歩き出した。
急に動き出したエクシブを二人は不思議そうな顔をして見合わせた。
「どうしたんでしょう。エクシブさん」
「ふむ、何かの」
気になった二人はエクシブの後を追いかけ、奥の部屋へと向かうのだった。
二人が追いかけていることに気付いていたエクシブ。
何もこそこそする必要は無いのだが、机や長椅子に隠れながら近付いてきていた。
恐らくココは、エクシブが気付いていることはわかっているが、カレナとの追跡遊びが楽しいのだろう。ふさふさの尻尾がふわふわと動いている。
まあ、楽しんでやっているのだから見付けてしまうのは野暮というものだ。
エクシブは気付いていないふりをしつつ、テランが居る部屋の扉を叩いた。
「テランさん、話したいことがあるのですが、良いですか?」
「どうぞ、お入り下さい」
すぐに返事が返ってきたので、エクシブはすかさず部屋に入ると扉を閉める。
その瞬間ココとカレナは顔を合わせにやりと笑い、閉じられた扉に耳を付けて様子をうかがい始めた。
「さて、ご用件は何でしょう?」
「はい、この船は順調に行けば後六日程でカトレアに着くはずですよね?」
「ええ、確かにその予定と聞いてはいますが……?」
話の意図が見えないテランは小首を傾げている。
エクシブは話を続けた。
「今日まで何も動きはなく、船旅を続けてきましたが、恐らく──」
「動き出す、ということでしょうか?」
「ええ、近々。確実に……」
察したのか真剣な目でエクシブを見るテラン。
相手はただの剣士ではない。百戦錬磨と言われた、経験豊富な傭兵。だが、言い切る理由が見えない。
「しかし、何故そんな──」
すると、エクシブは別の質問をする。
「何か書くものはありますか?」
「あ、ではこれで……」
テランは後ろの机へ向き、紙と羽筆とインクを渡した。
渡された紙にエクシブは曲線を書き、丸を三つ書いて話し出した。
「私たちの乗る船はこの右端の丸。この線は大陸だと思って下さい。そして、左奥の丸は港町カトレア──」
エクシブの言わんとすることを理解したテラン。
「では、この真ん中の丸は位置的に見て、ラルバターレですかな?」
「そうです」
エクシブは微笑み肯定した。
「船に逃げ道はありません。それに、行動を起こした黒蜥蜴がカトレアに逃げるわけがない。それは何故か」
テランはゆっくりエクシブに答える。
「カトレアは、派遣騎士隊駐屯所、リザルト騎士団寮、傭兵のギルド、更に帝国の恩恵まで受けている。五大国のうち四ヵ国の中継地点ですからね。追われる身の黒蜥蜴が降りるわけがない、ということでしょうか?」
「その通りです。なので、行動するのならば──」
エクシブはラルバターレを示した丸を指で差し、
「眠らぬ無法者の町。ここに近付いた時を狙うでしょう」
船がラルバターレを通過するのに順調に行けば二日。潮の流れの関係上、通り過ぎる時に船から町が見える程接近する。
奴等の狙いはわかっている、故にここしかない。
「今日、明日にでも来る、ということですね?」
「はい、なので対策を取ろうと思うのです」
エクシブはにやりと笑い、テランに提案を出した。
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「ぬしもなかなか考えるの」
午後の講義を終えたココは、何やらニヤニヤしながらエクシブに近づき言ってきた。
予想はついているが、何もわからない、と言った感じに聞き返す。
「ん? なんのことだ?」
「ふん、惚けたって無駄よ。ウチの耳はぬしの聞こえぬ小さな物音まで聞き取れるのだからよ」
その言葉を聞き、にやりと笑いココに返す。
「ならば、是非とも意見を聞きたいね」
「ふむ、ウチに聞いてぬしはどうするよ。ウチが拒否したらやめるのかの?」
やはりただでは返さないココだったが、エクシブは裏を読んでいた。にやりと笑った顔を、あれ? と言った感じの疑問顔に変えて聞きかえす。
「なんだ、全容を聞いておきながら笑って拒否するつもりなのか?」
すると、ばつが悪そうな顔をするココ。
「ぬしも狡くなったの」
頬を膨らまし機嫌を損ねた狐娘。やりすぎたか、とエクシブは苦笑いして質問の意図を答えた。
「ようは、不備は無いか意見が聞きたいんだ。別にからかっているわけではない」
ココはクフフ、と含み笑いをしエクシブに返す。
「あまり細かく考えては失敗するからの。カレナを護るためならばいたしかたあるまいよ。それに、その役目──」
ココは牙を覗かせにやりと笑い、更に続ける。
「ウチ以外にはできんがよ?」
「すまないな。お前に頼りっぱなしになってしまう。しかし、今からは──」
ココはエクシブの言葉を遮り話を続ける。
「みなまで言うなよ。ウチだからこその作戦ではないのかよ?」
この狐はどうしても傭兵に言わせたい言葉があった。とはいえ、ここまで含ませられたら、如何に鈍感なエクシブでもそれに気付く。
エクシブは、フフッと笑い一呼吸すると、真剣な眼差しで伝える。
「オレはお前を信頼する。頼んだぞ相棒!」
ココはその言葉にくすぐったそうにし、満足いったのか満面の笑みで答えた。
「ウチには、ぬしに助けられた借りがある。今回のこの作戦、九尾の白狐にまかせときよ」
「ああ、まかせた」
ココは両手を腰に置き、胸を張る。
「ふむ、まかされたがよ」
頷くエクシブに更に続ける。
「ぬしの作戦は、恐らくウチのことも視野に考えてのことが嬉いんよ」
「うん?」
ココが言わんとしていることの意図がわからず、エクシブは語尾を上げて曖昧に返した。すると、ココはふさふさの耳をピンと立て、胸を張って答えた。
「箱入りはつまらん。まあ、多少の危険があるのは仕方あるまいの。それよりも……」
ココはにぃーっ、と笑い続けた。
「狩りは狐の本分。クフフ、久々に楽しませてもらうかの」
小娘の顔をした獣は、恍惚とした表情で見つめる。
知識と理性を兼ね備えた獣。改めて味方で良かったと思う。エクシブは笑いながらココに返した。
「正体見たり! ってやつだな。あんまり外でそんな顔をしてくれるなよ。牙が見えるたびに獣にしか見えない」
「ふむ、なら狐のウチに猫被れと言うのかよ?」
剣闘技で散々被っていたココを思いだす。
厄介だ──。
エクシブは頭をかき苦笑いしながら否定する。
「被りすぎも、問題あるな」
ココは頬を膨らませエクシブに文句を言い出した。
「ぬしはいちいち文句を垂れるがよ。ならウチはどうすればいいんよ?」
「ほどほどにやれ。やりすぎ注意だ」
「うぅっ」
即答されて、低く呻くココ。エクシブを睨みつつぼそりと呟く。
「ぬしもいい性格してるの」
「誰かさんに短期間で鍛えられたからな」
一瞬間が空いたが、この返しにココはクフフと含み笑いをしつつ、エクシブがやったように両手を上げて降参を示した。
「今回はウチの負けかの?」
「たまには勝たせてもらわなくてはオレの立場がないからな」
「たまには勝たさなければウチがからかいづらくなるからよ」
互いにニヤリと笑いあいココはエクシブに問う。
「それでよ、いつ動くんよ?」
「夕食を食べた後、戻り際に行ってもらおうと思うが……どうだ?」
ココは少し考え、答えが出たのか笑顔で答える。
「万が一、ということも考えて、ウチの腹はいっぱいにしといた方が良いの」
エクシブは頷く。
しかし、それは最悪の場合だ。
この船上で正体を晒すことになればココの居場所はなくなる。故に、その選択だけは避けねばならない。
ココもそのことに関しては理解している。だからこその万が一なのだ。
しかし、その最悪の状況になったとき恐らく彼女は躊躇いなく獣の姿を晒すだろう。
自分の回りの者の為に──。
エクシブは自分に気合いを入れ直し一呼吸おく。そして、笑顔で口を開いた。
「よし、先ずは腹ごしらえだ」
「うん、では師匠とカレナに声をかけてくるがよ」
ココもそれを察してか、わざわざ口に出すことはしない。それに今回の作戦は策士のお墨付きだ。
少々骨はおるだろうが、エクシブに失敗の心配なかった。
だが、そんな安堵の気持ちでいたエクシブにテランたちを引き連れ、ココは満面の笑みを浮かべながら恐ろしいことを口にした。
「今日こそは満腹まで食うからよ」
テランとエクシブの顔がひきつる。
何せ腹八分目ですら常人の倍以上の量なのだ。
満腹まで──。
考えるだけで恐ろしい。
「申し訳ない……」
エクシブの一言目がこんな言葉なのも仕方がない。なんせ支払いはテランなのだから。




