17 狐と傭兵、契約する
ばつの悪そうな顔で頭を掻く。
「悪い邪魔した。続けてくれ」
そう言ってエクシブは会話から離脱した。
半眼でエクシブを睨み付けた後、ココはテランに詳細を語った。
騎士を動かすために誘惑したこと、最初に出てきた者たちの半分が、ココのなけなしの金貨一枚で雇ったサクラであったこと、船長の掲げた五十枚の金貨は、今回の儲けを導いたココへの報酬だったりと、やっと裏方の全容が見えた。
ココは、これまでの仕掛けを短時間で、しかも一人でこなしたのだ。
テランは最後迄聞き入ったあと、何故自分の依頼をエクシブが受けないのか理解した。
「お二人のことをカレナから聞いておりました。お二人は相棒ということですが、なるほど」
何度も小さく頷き、相手に理解したことを見せる。
「お互いが利点を使い利益を手にする。組みあがったは鎖は確かに崩せない。強引な引き裂きは無理なようですな」
しかし言葉とは裏腹に、諦めた様子を微塵も感じさせなかった。更にテランは続ける。
「ココさんには涙を飲んでいただこうかと思っていましたが、それは無理だとわかりました。なので提案があります。用意していたココさんへの違約金……と言うべきでしょうか、それ以外に私から──」
しかし、テランは最後まで話すことは出来なかった。
「それは無理です」
相手の話を遮断し、エクシブが口を出したのだ。
これには流石のテランも顔を歪める。
「最初から断るつもりでこちらに来られた、ということでしょうか?」
少し口調が荒くなったが、エクシブは静かに答えた。
「いえ、それも違います」
腑に落ちない表情で二人を見るテランに、今度はココが口を出した。
「あなたが何故、ここまでしてリンと契約しようとしているかは知らんがよ、その欠片くらいなら、ウチらも気付いとるんよ?」
テランはココの言葉に視線をずらした。何かを隠している。
「ウチらにとっての偶然が、必然に変わるとは思わんかったがよ」
ココはそれを暴く為の手札を持ち合わせていた。にやりと笑って続ける。
「カレナ、に絡んだ者たちに心当たりがあるのではないかよ?」
「いや、それは」
言葉を濁すテランに、ココは意地悪な顔をして追い詰める。
「専用通路の見回りをしている船員の中にも混じってる……と、言えば少しは話やすいかの?」
「なっ!? やつら、そんなところまで!」
「ほほう、やつら……とはよ?」
そこまでいって自分の発言に気付いた。これでは知っていると言ったようなものだ。
勿論ココはそんなテランを逃がす筈もなく、してやったりといった顔でほくそ笑んでいる。腕を組み、偉そうにふんぞり返っているココのかわりにエクシブが口を開いた。
「契約の詳細……話していただけますね?」
敢えて詳細の部分を強調して聞くと、テランは苦い顔をした後、呟くように話始めた。
「じつは、この船に厄介な者が乗り込んでいるという情報を掴みまして……」
「厄介?」
テランは大きく頷きその名を告げた。
「……元暁部隊の黒蜥蜴をご存知でしょうか?」
リハンに数百年居たココは知るわけもなく、視線がエクシブに集まる。
「黒蜥蜴……知っていますよ」
一言返答した後エクシブは憎々しげに顔を歪めたが、すぐに表情を戻し続けた。
「暁はオレが所属する十兵団と同じ拠点ですから、頭領の朱蛇とは酒を酌み交わす仲です。しかし、まだ逃げていたのか」
「失礼ですが、まだ逃げている、とは?」
エクシブは、テランにかいつまんで話始めた。
「例の戦の時、奴はとんでもない過ちを犯しましてね。傭兵どころか、国を挙げての捜索を敢行しましたが、本来は通り名だけで頭領しか正体を知らないので捜査も難航、かなり厳しい状況だった。しかし、三年前捕まえる手立てが出来たので、とっくに処分されたものだと思っていたのですが」
傭兵共通の法律を踏まえた上で、更に団体ごとに決まり事があるのだが、数ある傭兵団の中でも暁部隊の規律はかなり厳しい。
受ける依頼内容の殆んどが暗殺や密偵など、裏の仕事と呼ばれるものが主軸となっている。
裏の内情を知る者に自由は無いのはどの世界も一緒。規律を破る者は死よりも恐ろしい処罰が待っている。
黒蜥蜴事件は中でも悪質であり、組織だけではなく法律も破った裏切り者である。暁部隊だけではなく、世界中の傭兵に狙われていると言っても過言ではない。
敵の存在もその正体も知った。自ら黒蜥蜴を名乗る馬鹿はこの世界に居ない。噂が本当ならの話だが。
「ここに黒蜥蜴が居るのなら、何故あなたが私に護衛を頼むかは納得がいきます」
エクシブは一拍おいて言葉を続ける。
恐らくカレナは既に目を付けられている。ココがエクシブの名で助けたとき、みな逃げ出したと聞いていたが、なるほど、自分を追う傭兵に目を付けられたなら動きにくくなる。
黒蜥蜴が居るという噂もあながち間違いではなさそうだ。しかし、テランは沈んだ様子でエクシブに話す。
「あなたは、今どうなっているのか、理解されているご様子だ。しかし、それでも私の依頼を断ると言うのでしょう?」
すると、エクシブとココは顔を見合せた後質問に答えた。
「私達は、テランさんの条件じゃのめないと言ったまでで、断るとは一言も言ってはいません」
その言葉にテランは察したようで表情が変わる。
「ならば、あなた方に条件があるということですね」
ここまで焦らし、場を荒らせば依頼を成立できることだけに集中してしまいそうだが、条件を何も聞かずにのむことはしないあたりは流石豪商、どんな状況であろうとも損得勘定は忘れず、頭は常に冷静に回っている。
「良いでしょう。お聞きします」
ココはその様子を見てにやりと笑いこっそりとエクシブに伝えた。
「この者もなかなかの獣よ」
「違いない」
エクシブも納得しやはりこっそりと返した。
「私達の条件。それはまず、あなたの弟子としてココに行商の心得を教えてやってほしいのです」
テランは驚き、ココを見る。まさかそんな条件を出されるとは思わなかったのだろう。エクシブは続ける。
「これは御法度となるので、口外しないでいただきたいのですが……、まず、ココがあなた方の関係者であるということにしてほしいのです」
テランの顔はまだ驚きを隠せていない。ココは隣で腕を組み静かに聞いている。エクシブの話しは終わらない。
「私はあなたの依頼を受けてココとリハンで合流し、あなたの元へ連れてきた。そして、今日からあなた方とココを纏めて私が守護に付く、ということで口裏を合わせていただきたい」
テランはエクシブの話しに少し戸惑いを見せる。
個人での依頼の重複に対して目を瞑れ、と言っているのだ。明らかな違反である。但し、罰を受けるのはエクシブだけではないが、テランにはあまり問題は無い。まあ、若干罰金を請求されるくらいだろう。
「私達はその条件なら一向に構いません。しかし、エクシブさん、あなたにはかなり辛いはず──。それに、そんな話しまかり通るのでしょうか?」
そんなテランに自信たっぷりにエクシブは返す。
「のんでいただけるなら通します。策なら──」
ココはにやりと笑い、ゆっくりと口を開いた。
「ウチにまかせときよ」
エクシブはココの光る目を見て、フフっと笑う。
お前も立派な獣だ、と誰にも聞こえないように呟いた。
ココの獣の耳がエクシブの言葉を捕らえていたのか、同じように笑うと、策を説明し始めた。
「ウチとテラン殿が関係者であることは噂を使って広めるんよ」
「噂……ですか」
今、船の客たちの噂の的は得体の知れないエクシブとココのことだ。
根も葉も無い噂話がそこら中に流れている今こそ、利用しないてはない。
「商人の方は、時に噂を使って利益を上げると聞きます」
「確かに使うことはあります。噂ほど信憑性がないものはない、だが、場合によってはこれほど信頼性の高い情報はない。……が」
テランは聞き返す。
「噂にも裏が見えていなければ効果は出ないものです。そのあたりはどうなのでしょうか?」
人は噂は好きだが、それに操られるかは別の話。だがエクシブとココに迷いは無い。
フフンと鼻を鳴らし、ココは答えた。
「完璧には程遠いが……まあ、噂しか知らない者たちを騙すならば充分裏は出来上がっとるよ」
テランはにやりと笑いエクシブに手を差し出す。
「わかりました。のみましょう。その条件を……無駄に焦らすのはあなた方に失礼だ。我らの護衛、お願いいたします」
エクシブは笑顔でその手を握り返した。
「契約成立ですね」
「さて、私は何をすればよろしいですかな?」
テランの動きは早い。
商人は時は金なりという言葉を使うが、その言葉のとおりに生きているのだろう。
急な質問に手を繋いだまま呆気にとられているエクシブにかわり、ココが口を開いた。
「ふむ、ウチとテラン殿は兄弟の娘、という関係にすれば良いかの。カレナがウチをお姉さまと呼ぶことに違和感がなくなるからよ」
テランは微笑み頷く。
「わかりました。弟の娘が私の元に修行に来た、ということにしておきましょう。それならば例え私のことを知っている者も疑わないでしょう」
テランの言葉にココは一つの提案を出した。
「ならばウチは、テラン殿を師匠とお呼びしようかの。それとも……」
コロっと表情を変えて、無邪気な少女の笑顔をテランに魅せる。
「叔父様、のほうが良いかの?」
今度はテランが固まる。照れ隠しなのか、大きく咳払いして返した。
「お、お好きなように……」
その様子にココはクフフっと笑いこたえる。
「ならば、師匠と呼ばせていただくがよ」
これにはエクシブも苦笑いしか出来なかったが、上手く交渉は纏まった。
「さて、噂を広めるにはどうしましょうか?」
「なに、別に難しいことはする必要はないんよ」
テランは顎に手をあててココの言葉を待つ。
ココはにいっ、と笑い続けた。
「ウチらをこの部屋に泊めさせてもらえば良いだけよ」
テランは察したのか、なるほどと頷いた。
この部屋は特別船室。泊まるとなれば近い関係であり、聞かれた時にテランが口裏を合わせて答えれば立派な血縁者となる。限られた人数の大半が噂を鵜呑みにすれば、嘘は噂により真に変わる。多少の矛盾は、警戒故の行動として、何も無いのに、エクシブが頑なに島で降りたのもこの為と、船員たちにも良い言い訳になる。
エクシブはリハンに降り、ココと出逢った。
その後船に乗り、ココがカレナを助け、言い寄った騎士が居たり、剣闘技で噂になったり──。
カレナがココをお姉さまと呼び迎えにきて晩餐会にてテランと会食し、依頼を受けて今に至る。
最初はただの偶然。
誇り高き白狐曰く。
「すべての事象に無駄はないんよ。ただ、それを使えるか使えないかってことが重要なんよ」
エクシブはもう苦笑いする他ない。
この狐に勝てる言葉も勝てる剣すらもエクシブは持ち合わせてなさそうだ。
そんな頼もしき相棒は、偉そうにふんぞりかえってクフフと笑うのだった。




