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16 狐と傭兵、駆け引きする

 エクシブを後ろに従え、ココは軽く上を向く。

 空気の中に混ざるカレナの匂いを嗅ぎ分けながら、ラフェスト親子の居る部屋を探しているのだ。

 テランが既に手を打ってくれていたようで、エクシブたちは自由に専用通路を使うことができたのだが。実のところ、エクシブはテランが居る船室の詳しい場所を覚えてはいなかった。その為、ココの獣の嗅覚と聴覚に頼って進むことになったのだ。

 鼻をスン、と鳴らし誘導する姿をエクシブは興味深く見つめながら歩いていると、ココは突然足を止め不機嫌そうに振り向き言う。


「ぬしが覚えておれば、こんなことはしなくてすんだんだがよ!」


 どうやら珍しがられているのが嫌なようで、エクシブは苦笑いしながら素直に謝罪した。


「面倒かけて、すまないな」


 予想外だったのか、ココはばつの悪そうな顔をしてそっぽ向き、ゆっくりと歩き出した。距離的にはそろそろだろう。

 しかし、同じ扉が続く通路を歩いていると永遠に続くのではと錯覚してしまう。

 食堂からすぐ近く、という印象だったのだが、よく考えればこの専用通路は走り抜けたから近かったのだ。歩いてみてわかったがなかなかの距離がある。

 とはいえ、何度も階段の昇り下りを繰り返さねば目的地にたどり着けない正規の順路に比べれば問題にすらならない。

 そんなことを思いながら歩くエクシブだったが連れの異変に気付く。

 先を歩いていたココが急に扉の前で立ち止まったのだ

 先程までのふてぶてしい顔とはうってかわり、策士の顔に変わっている。


「着いたのか?」

「うん、着いたの」


 そう答えるとココは、エクシブにドアを開けるように促す。

 エクシブは無言で頷き、扉を軽くノックしてから、中の者に聞こえるように声を出す。


「リン=グラン=エクシブです」


 すると、その声に反応したカレナが扉を開き笑顔で迎えてくれた。


「お待ちしておりました、エクシブさんにココお姉さま。どうぞ、お父様は奥にいらっしゃいます」


 二人を奥へと促すカレナ。


「すまんのカレナ、ありがとうよ」


 カレナに礼をし、テランの待つ奥の部屋へと進んでいく。

 すると、二人を見付けたテランが椅子から立ち上がり大袈裟に歓迎を示す。


「おおっ! お二人とも、よくいらっしゃいました。お待ちしておりましたぞ」


 その言葉にココはふん、と鼻を鳴らし、


「ふ、た、り、ではなくリンを待っとろうがよ」


 と、意地悪な顔をしながら皮肉で返す。見抜いてやったといわんばかりのココ。

 テランはたかだか小娘一人と考えていたのか、はたまた予想外なことを言われた為か、慌てて切り返す。


「そ、そんなことはないですよ!?」


 が、それ以上の言葉が出ずに妙な沈黙が広がっていく。

 実際ココの言う通りだったのだろう。この沈黙が答えとなってしまっている。

 しかし、エクシブたちにとって、それは重視すべき問題ではない。なぜなら、あくまでココはエクシブの依頼者であり、依頼を受けるかどうかを決めるのは傭兵のエクシブなのだから。

 寧ろ注意するべきはこれからの交渉だ。相手は豪商、損得勘定の化け物と言っても過言ではない。場の空気を持っていかれては折角たてた策も効力を失う。

 ココの一言は正にそれを荒らすためのものとなった。とは言え、このまま沈黙を続かせるわけにもいかない。エクシブは椅子に手を掛けテランに質問する。


「座ってもよろしいですか?」

「あ、ああ、これは気付かずに失礼を。どうぞお二人とも、お掛けください」


 二人で話を聞くことを否定しなかったテラン。

 傭兵への依頼は人に言いづらいものもあるが、エクシブたちがどんな関係であるかわからないテランが了承してくれたということは、取り敢えず後ろめたい依頼ではなさそうだ。


「それでは、依頼の件に関して詳細をお聞かせ願いますか?」


 相手の先手を捕る。

 ここまでは連れの策士の計画通り。

 そして、依頼内容は──。


「実は、我々の護衛を依頼したいのです」


 ココはその言葉を聞きローブの下でにやりと笑う。

 エクシブはそれを確認すると、テランに質問した。


「しかしテランさん、貴方には既に護衛兵がついているはずでは?」


 するとテランは苦笑いしながら答える。


「恥ずかしながら、あまり良い護衛ではないのですよ。問題がなければカレナが絡まれることはないはずですからね」


 娘の為、理由とすれば最もだが、それにしては報酬が大きすぎる。

 エクシブがココから聞いている話の信憑性が増した。テランが続けて話し始める。


「私も依頼する側として、少しは傭兵の心得を知っています。故に貴方がこの話しには簡単に頷けないことも理解しているつもりです」


 うまくことははこんでいる。次にくるのは契約の話。


「貴方は既に、ココさんと契約を交わしている。その契約を切り、私共と契約していただきたい」


 エクシブはこうも上手く話が進むとは思ってはいなかった。現依頼者のココの目の前ではっきりと契約破棄を頼むのだ。ココから聞いていたからこそ冷静でいられる。エクシブがやることはテランに対して餌を垂らしつつ、返事を返す。


「契約の解除。それなりに納得できるものでなければ応じかねます」

「納得……とは?」


 怪訝な表情で問うテランにエクシブはこたえる。


「ココとは、無期限契約を交わしていますが、報酬は稼ぎを私が管理すること。契約の破棄をするなら、私に対してそれ以上のもので無ければ納得はできない、ということです」


 稼ぎという言葉に反応し一度ココを見た後、意味がわからないといった表情でテランは更に問う。


「質問ばかりで申し訳ないが、その……稼ぎとは? 失礼だが、ココさんがあなたを動かせるほどの報酬を稼いでいるとは、とても──」


 普通に考えて、ボロのローブを纏うココが名を聞けば誰もが震えあがるエクシブを雇えるとは思わない。だが、その疑問を持たせることが第一歩。エクシブはココの仕掛けを話し始めた。


「テランさん、隣にいるココは今日の剣闘技にて、金貨を約五十枚ほど稼ぎました。因みに元手は金貨一枚」


 稼ぎがただの賭博ではないと見抜いたのだろう。テランの顔が商人のそれとなる。


「ほう、それは興味深い。詳しくお聞きしても宜しいですか?」

「ここからは、仕掛けした本人がおりますので」


 エクシブはそう言うと、ココが笑顔で話始めた。


「先程は失礼を、ウチの話は一角の商人であるあなたには浅はかな知恵かもしれんがよ」

「いえいえ、あそこではっきりと言われ、心を読まれたかと思いましたよ。ココさんの人を見る目は確かなようですな。是非とも仕掛けをお聞きしたい」


 ココを見るテランの表情は先程とは打って代わる。ココは静かに頷くと、詳細を説明し始めた。


「まず、ここの船長がリンに話を持ちかけたところで、これは客用の見せ物だと気付いたんよ。しかも、ただの見せ物ではなく恐らく賭博式……との」


 腑に落ちない顔でテランがココに聞く。


「しかし、それでは儲けになるかは確定できない。見物料の方が良いのでは?」


 フフンと鼻を鳴らしココはにやりと笑って返す。


「確かに確定はできんよ。しかし、それは条件によるがの。この船には船賃だけでギリギリの客も沢山いる。こんな海しかない船で、無料で観られる刺激の強い剣闘技に賭博、となればどうするよ? 見物料が要らず面白いものが見れると、集まるのが普通がよ?」

「ほう」


 納得したように相槌をうつテランに、ココは苦笑いしながら続ける。


「これは船長の経験による策だからウチの考えではないんよ」

「だが、それだけではないのでしょう?」


 にやりと深く問うテラン。


「クフフ。まあそのとおりだがの。さて、まずウチは船長に頼み倍率操作をさせてもらったんよ」

「倍率……ですか」

「ふむ、いくらリンとはいえ、あの人数で倍率が同等はありえないがよ。あれは船長の演技の上手さが光ったの。あの場にいた者全てが納得していたからの」

「言われてみると確かに不思議ですね。だが、エクシブさんの戦歴を知れば納得してしまう」


 ココは静かに続ける。


「あれが無ければ、恐らくリンの方が倍率が低い。何せ一人だからよ。しかし、そんな倍率にも関わらず一瞬で勝利してしまえば……」

「そうか、イカサマ扱いされてしまう!」


 なるほど、とテランは更に続けた。


「だからと言って正直にやっていてはエクシブさんに集中し、最悪儲けはでない」


 テランの言葉にココは満足げに微笑んだ。


「船長は今まで見せ物を主としてやっていたらしく、後者の方法でやっていたようだがよ。……しかし」


 にやりと笑ってココは続けた。


「賭博は胴元が儲かるようにせねばの」

「そして、更なる仕掛けにて倍率を上げ、元手の一枚を使った、というわけですか」


 見抜いた、といわんばかりテランの顔にフフンと鼻を鳴らしてしたり顔のココ。


「まだまだ浅いの。ウチは賭博に大事な金貨を掛けたりはせぬよ。それに、それでは五十枚には達さない」

「……確かに、ではどんな手を」


 外れたことよりも、更なるココの策に興味を引かれているテランは遂には身を乗り出して聞き始めた。そんなテランにココは満足げに話を続けた。


「倍率の上げ方だがの、ウチだからこそ出来たと言えるんよ」

「貴女だからこそ?」

「そう。覚えておるかよ、ウチに骨抜きだった騎士を?」

「ああ、あの方か」


 最後にエクシブと一騎討ちをした派遣騎士のガゼールのことだ。


「あの者はウチらがこの船に乗りこんだ時から見ていたようでよ、ウチが一人になった途端に言い寄ってきたんよ」

「乗ったときからだって?」


 さっきまで黙ってやり取りを見ていたエクシブはココの言葉に驚いて思わず質問した。


「うん? まさか、ぬしは気付かなかったのかよ」


 エクシブの質問に呆れたような声で返す。

 敵意や殺意など、悪意に満ちた視線なら自信があるエクシブだが、それ以前に獣の五感を持つココと互角に感じることなど無理に等しい。

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