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14 狐と傭兵、招待される

 ふと、何かを思案するように腕を組む。


「長い旅……、好きなだけ──」

「んっ?」


 ぼそりと呟くエクシブに反応するココ。

 エクシブは頭に浮かんだ疑問を目の前の狐に聞いてみた。


「傭兵とは、どんなものか知っているか?」


 すると、顎に人差し指を当てて考え始めた。リハンの酒場でも見た体勢。どうやらココのこの姿は、考えるときの癖のようだ。

 また一つ相手のことを知りつつ答えを待つエクシブ。すると、解答が出たのか何やら渋い顔をしている。


「大よそは予測できている。遠慮無く言ってくれ」

「うん、ただ誤解だけはせぬようにの?」


 食事には気を使わないくせに妙なとこで気を使うココに、軽い笑顔で応えつつ返答を促した。


「まぁ、印象はどちらかというと……悪い。好き勝手に武器を振るう無法者、といった感じかの。あっ! 勿論ぬしがそうだということではないんよ。ええっとの、前にも言ったがウチも昔は旅をしてたんよ。その時傭兵絡みのいざこざに巻き込まれたこともあってよ。全ての傭兵がそうではないのだろうがよ、その、あまり良くは思わないんよ。ただ……」


 エクシブは黙って聞いている。

 決心をしたココは続けた。


「ただ、ぬしも人に怖れられるほどの剣豪だがよ? しかも傭兵。なのに──」


 話の内容はエクシブの予想通りだ。ならばこの後の言葉も理解できる。


「なのに、何故普通に町やこの船を歩けるのか?」

「ふむ」


 読まれたことが気にくわないのか複雑な顔をする。

 苦笑いしつつエクシブは続けた。


「二十年くらい前だったかな。傭兵の世界に法を定めた人がいてな」


 静かにココは聞いている。


「依頼無しで剣を抜けば無法者、傷つければ犯罪者。戦のような大掛かりで生死に関わることになると、依頼を受けるのにギルドを通さなくてはならない。たしか身内殺しも御法度だな。まぁ、細かく言うとまだまだあるんだが」


 ココは何やら感心するように聞き入っている。


「そんな訳で、オレみたいな者でも、大手を振って陽の当たる場所を歩けるようになったわけだ」

「人の規律は色々考えられておるの。ウチら獣には法も秩序もないからよ」


 法と秩序を重んじる狐。想像してくすりと笑うエクシブ。

 しかし、すぐに軽く咳払いをし、この話の本題に入りはじめた。


「傭兵は今じゃ好き勝手に剣を振れないってことを理解してもらえたと思う」

「うむ」


 素直に返事をするココに満足げに微笑むと、話を続ける。


「たしかお前はカレナをオレの名前で助けたんだよな?」

「うん?」


 ココの語尾が上がる。何か悪いことしたか? という顔だ。

 怒らせてしまったらことだ。エクシブは誤解の無いように言葉を選び話始めた。


「別に悪いことをしたと言いたい訳じゃないんだ。寧ろそんなことで良ければ、使ってくれてもかまわない」

「ならば、何が如何のよ?」


 取り敢えず機嫌は損ねてない。

 エクシブは真剣な顔になり続ける。


「さっき言った法による誓約だ。簡単に言うと、カレナに付いてた悪人が、オレの名前を言っても逃げずにいた場合……、いや、寧ろ襲ってきた場合の方が良いか。まあ、その場合オレはカレナを守れない」


 エクシブの言葉に沈黙を続ける。


「無言は理解したと解釈して良いか?」


 淡々と言うエクシブに声を出さずにこくりと頷くココ。

 それを見たエクシブは、話を続ける前に一口何か入れようと手元を見る。

 しかし、皿も器も葡萄酒さえも既に空になってしまっていた。


「飲むか?」

「うん!」


 さっきまで不機嫌そうな顔をしていたが、満面の笑みを浮かべ即答するココ。

 くすりと笑い、エクシブは葡萄酒と軽いつまみを注文した。

 すぐに来ることは無いようなのでエクシブは話を続ける。


「さて、さっきの誓約の続きなんだが、傭兵一人に対して守護に当たれる範囲は決まっている」

「……範囲? 人数ではなくてかよ?」


 頭に疑問符を浮かべるココにエクシブは答える。


「範囲と言っても広さを表すものではないんだ」

「ふむ?」


 不可思議な顔をするココ。


「うまく伝われば良いんだが……、家族を一とした場合の人数は?」


 ココが呆れた顔をし答える。


「子供や兄弟がわからねば、人数なんてわかるわけが…………ほお、それで範囲かよ」


 にやりと笑い続ける。


「つまり、ウチはウチでなく、ココと言う名の一つとして分類し、カレナはカレナでなく、カレナの家族を一つとして分類するんがよ?」

「ご明察」

「当たり前よ。ウチを誰だと思っとるんがよ?」

「誇り高き、九尾の白狐だろ?」


 エクシブの声にココは胸を張り満足気に笑う。


「オレたち傭兵はあまり個人とは契約しないんだ。あくまで数え方は一組。例え一人であっても一組扱いする。これは、身内を装う刺客から守るための対策でもある」

「そして、ぬしが契約できる制限数は一組……だがよ?」


 ココの理解力には頭が下がる。エクシブはゆっくりと頷き続けた。


「そうだ。俺のというより傭兵皆の共通事項だが、もしそれより多く契約する場合はギルドを絡めなくてはならない」

「ふむ、そこまではわかりよ。しかしそれならやはり範囲という表現はおかしくないかよ?」

「そう思うか?」


 エクシブにとって、予想通りの疑問だったらしいが少し困った顔で答える。


「オレはあまり頭の回る方じゃない。矛盾があったら言ってくれ。えと、続けるぞ。自慢じゃないが、オレの傭兵としての地位は結構上だ。まあ、その分恨みも買っているわけだが──」

「それでよ?」


 また暗い話しに黙りこむと思ったのか、ココは間髪入れずに聞いてきた。

 変に気をつかうココに笑顔でこたえ、更に続ける。


「だが、同じ一組でも人一人と国の守護では本質が変わってくる。制限はちゃんとあるわけだ」

「ふむ」


 ココは例の姿勢のまま聞いてきた。


「つまり、全てを一組で表現するからこその範囲……でいいんかよ?」


 エクシブは頷く。


「オレたちからすると、個人の守護も国の守護も同じなんだ。実力も経験も無い者に守護される依頼者っていうのは酷だ。そういうことにならないように、ギルドで定められた範囲がちゃんとある」


 話しは理解したようで、「ふむ」と、小さく頷くとエクシブに問う。


「で、ぬしの範囲はいかほどよ?」

「それは──」

「おまたせいたしました」


 エクシブの言葉は区切られる。どうやら注文の品が届いたようだ。

 葡萄酒と、茹でた魚の身を和えた海草と野菜盛り。

 だが、届いたのは注文品だけでは無かった。

 後ろには見覚えのある顔がある。


「お邪魔、でしたかな?」


 カレナとその父親だ。

 お邪魔か、と聞かれてもエクシブは既に断れない状況にある。

 いつの間にやら、ココはカレナを横に座らせているのだ。


 エクシブは首を横に振りこたえる。

 カレナの父親が座る前にエクシブは席を立ち、頭を下げる。


「先程は、料理を譲っていただいたようで、ありがとうございました」

「いやいや、頭を上げて下さい。私はただ他の物が食べたくなっただけですから、気になさらずに。それよりも」


 顔を上げると、今度は頭を下げられていることに気付く。


「あなた方お二人のおかげで、娘は無事に私の元へ戻りました。改めて感謝を告げさせていただきます」


 エクシブは驚き慌てて返す。


「いや、あの……頭を上げて下さい。あれだけのことでそんな」

「いえ、この娘は私の命と同等に大切な宝。このご恩はラフェスト商会筆頭であるテラン=ラフェスト一生涯忘れません」

「ラ、ラフェスト商会!」


 名前を聞きエクシブは更に驚く。

 ラフェスト商会といえば港町カトレアを軸に、大陸中に支店を持つ豪商だ。その財産と権力は、下手な貴族では相手にすらしてもらえない。

 そんな大物がエクシブの目の前にいるのだ。平然としていられるわけがない。

 エクシブの様子に相手がどういう者か悟ったようで、おしとやかに頭を下げるココ。それなりにエクシブをたてている。

 カレナと微笑みあい、上品に葡萄酒を飲む姿は貴族の出と言われても誰も疑わないだろう。

 狐の癖に猫かぶっている。

 そんなことなど知る由も無いテランは、ココに微笑みエクシブに話しかけた。


「いやあ、剣闘技にて遠目からは拝見させていただきましたが、お連れの方は実に御美しい」


 そんな言葉に頬を染める。


「クフフ、お上手」


 と、にこりと上品な笑顔で返すココ。

 エクシブは剣闘技の時にこの状態のココを目撃しているので動揺することなく軽く返した。

 それから四人はとりとめのない話で盛り上がるが、エクシブはテランの行動が気になっていた。

 ただ感謝を告げるためにしては大袈裟過ぎるのだ。

 たかだか小悪党の追い払いぐらいで普通はここまでしない。相手を褒めたり感謝を伝えたりと、隙を作るのは商人の常套手段。

 何か裏がある。

 相手は世界をまたにかける豪商、損得勘定で動く商人が何もなく近づく訳がない。ココもそのことに気付いているようで、カレナと戯れながらもローブの下で聞き耳をたてている。

 エクシブのコッブが空なのに気付いたテランは葡萄酒をすすめてきた。


「さあ、どうぞ」

「ああっ、すいません」


 エクシブが流れ出る葡萄酒を受けると、テランが重い空気を醸し出しながら口を開いた。


「エクシブさん……」


 どうやら、エクシブの予想通り裏があった。

 しかし、表情を変えずコップに注がれた葡萄酒を喉に流しつつ、あくまで警戒を解いた状態に見せかけ返事をする。


「はい、どうしました?」

「実は……、貴方の実力を見込んで依頼をしたいのです。報酬は私の名に恥じるようなことはいたしません」


 エクシブは敢えて返事をせず視線で先を促す。

 先に報酬の話が出るということは、それなりの代償があると読んでいい。警護や戦ばかりが仕事ではない。中には暗殺などの人に言えないような仕事もある。

 簡単に首を縦に振るようなら、傭兵を辞めた方がいい。


「ここでは何なので、後程私の部屋へ来ていただきたい。場所は特別船室の──」


 テランは全てを伝え終えると立ち上がる。

 そして、エクシブらに一礼し、カレナを引き連れこの場を去った。

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