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12 狐と傭兵、船内を進む

 横で鼻歌なんぞ歌いながらローブにくるまれた連れを見て頭痛に悩まされるエクシブだが、後悔したと思わないのは、なにも人の良さだけではない。

 ココはからかったり、騙したりとするが、エクシブが一人損するようなことはない。

 損得で言えば、寧ろ得をしていると言える。

 そのうえで、嫌悪感を抱けないほど愛嬌たっぷりに振る舞うのだからたちが悪い。

 思い切り息を吸い、これ以上ないほどの重い溜め息を吐く。

 損をしない分、精神の疲れは生半可なものではないようだ。

 エクシブの心中など無視するかのように、上機嫌で会場へと向かうココ。

 くるりと向き直り、子供のような無邪気な笑顔で聞く。


「ぬしはウチをお腹一杯にしてくれるんがよ?」


 言葉には邪気が込もっているが、首を縦に振らざるをえない。


「わかっている。約束だからな」


 それを聞き嬉しそうに笑うと、エクシブの腕に手を廻し寄り添うように歩く。


 まったく、この狐は……。


 文句の一つも言えないエクシブは自分に苦笑しながらも、寄り添う連れに歩幅を合わせながら会場へと向かう。

 しかし、気付けばココの鼻歌は止まっていた。

 理由は簡単。この船は物凄く広い為、会場は地味に遠いからだ。

 甲板や客室を一階とするならば、地下一階。剣闘技の行われた第二甲板の丁度真下が目的地。ちなみに距離はまだまだある。客室を抜けて、一度外に出て、また入って今度は主要の階段。

 やっと半分というところか。

 ココに寄り添われ良い気分で歩けたのは最初だけ。下手に酒を飲んでしまったせいか、無駄に遠い道のりに二人してげんなりしながら歩いていると、ココの表情が急に変わる。


「ふん? んー……」


 腹を刺激する匂い。

 右横の扉の先は船員用の食堂だ。ココは匂いに誘われるかのように扉から眼を離さず、獣の如く鼻を動かす。エクシブはそれを横目で見ながら足を止めずに進む。

 離れていく扉に鼻をすんすんと鳴らしながら、顔だけが貼り付き、遂には上半身全てがそっちを向いてしまった。

 犬か。

 勿論エクシブは声には出さない……が、


「……白狐よ」

「すっ、すまない!?」


 扉を凝視したまま、ぼそっと言うココ。

 心臓を一突きするような一言に即謝罪。


「あっ、いやっ、それは別に良いんだがよ」


 相変わらず扉を向きっぱなしのココ。最早完全に向き直り扉を凝視している。


「……どうした?」


 立ち止まる連れに聞く。正直なところ聞くまでもないのだが、敢えて聞く。


「……ぬしよ。後……どのくらいよ」

「残念だが、今やっと半分だ」

「くうっ」


 短く呻く。

 ゆっくりとエクシブに向き直るココの姿は、餓えた獣というよりも飢えた子狐。


「リンよ、今日のところは、もうこのへ……」


 瞳を潤ませて訴えるココの言葉を遮り一言。


「別に構わないが、ここに鳥は無いぞ」


 本来は狐の化身である連れは匂いでそのことは分かっているのだろうが、言葉に出され心が折れてしまったらしい。


「最初は驚きもしたし、感動もしたがよ……。今じゃこのでかさはウチにとって拷問よ」


 遂には船にまで文句を言い始めた。

 空きっ腹に酒を入れたので余計に腹が減るのだろう。最早入れば何でも良いといった感じだ。


「さて……、どうしたものか」


 溜め息をつくエクシブだったが、目の前の変化に気付く。

 空腹でたれたココの耳がローブの下からでも分かるくらいにピンと立ち、わさわさと尻尾も振りだした。床を通過するたびに、足元から埃が巻き上がっている。


「どうした?」


 急な変化に思わず問う。

 すると、聞き覚えの無い声が後ろから響く。


「お姉様ー!」


 その言葉に思わずきょろきょろと首を振るエクシブ。

 だが、今ここにいるのは傭兵、船員、白狐。


「まさかな」


 しかし、次の言葉にエクシブは驚かされることとなった。


「ココ姉様ー!」

「コ、ココ姉様!?」


 振り向くと、娘姿のココよりも更に年若そうな少女が立派なドレスを振りながら走って向かってくる。

 少女はエクシブの真横を風の様に抜け、連れの狐娘に思い切り抱き付いた。満面の笑みでココは受けとめ、ギュッと抱き締める。


「カレナ! 迎えに来てくれたんかよ?」

「はい。ココ姉様」


 完全に蚊帳の外であるエクシブが、呆然と見つめていると、察したのかココがエクシブに話始める。


「剣闘技の際、ウチはぬしより先に出たがよ? その時この娘が良くない者に絡まれとってよ」

「私、ココ姉様に助けていただいたのです」

「ほう……」


 エクシブは半眼でココを睨む。

 部屋を出る前に気を付けろと伝えた。それにこたえたにも関わらず、自分から巻き込まれに行ったという。

 しかし、気にする様子を微塵も感じさせないココにため息をはきつつ、別の疑問をぶつけてみた。


「それで、どうやって助けたんだ?」


 問題はやり方だ。やり方によっては気にする必要もなくなる。

 エクシブの問いに、ココは胸を張って答える。


「その娘を離さないとウチの連れが許さんよ! と、よ」

「…………、それで?」

「ウチを小馬鹿にするように笑うんで、イラッとしての。ぬしの名前を出したら、蜘蛛の子散らすように逃げてったがよ」

「……そうか」


 寧ろ問題だらけなのがわかり、さらに大きな溜め息をつくエクシブだが、それで一人の少女が救われたのなら良しとしておく。


「その後も似たようなことが何度もあってよ」


 エクシブは妙な頭痛を憶えた。


「その度にウチが助けてやったんよ」


 変な噂の出所はこんなところにもあったのか。

 エクシブは、何か諦めたようにため息を吐きつつ、会場に向かい歩き始めた。


「あっ、あの──」


 ココの背中に隠れるようにしながら、カレナはエクシブに声をかけた。

 その声に歩みを止め振り向く。

 どうやら、かなり勇気を出して声をかけたらしく、ココの後ろで小さくなっている。

 その場景に苦笑しつつ、柔らかな感じで聞き返す。


「カレナ、だったか。どうした?」

「えと……。助けていただいて、ありがとうございました」


 いきなり頭を下げて礼を言うカレナに驚くエクシブ。


「いや、助けたのはココだろう。オレは何もしてはいない」


 するとカレナは横に首を振り、ゆっくりとこたえた。


「お父様にお話したら、ココ姉様の勇気とエクシブさんの名に救われたのだから、ちゃんとお礼をなさい。と……」


 名に救われた、という言葉に、なるほど、と思いつつ納得したエクシブは笑顔で返す。


「それならば、その礼は受けよう。君の父上にも伝えてくれ、オレごときの名で救えて良かった」


 返答を聞き、やっとココの背中から出てきたカレナ。

 その辺で気軽には買えそうにないドレスを着ている。おそらくそれなりの身分の娘なのだろう。

 良く見ると、美人になることが約束されたかのような美しさと幼さが混ざった感じだ。その上小動物の挙動、男ならほっとかない。

 確かに付き纏わられてもおかしくはないだろう。


「エクシブさんって、もっと恐い人だと思ってました」

「えっ、そ、そうか?」


 笑顔で言うカレナに、困った顔で頭をかくエクシブ。

 それを見ていたココが一言。


「リンはウチに首ったけだからよ。人畜無害で心配いらんのよ」

「なっ!」


 何てことを言ってるんだ……、と続く筈だった言葉は、頬を赤く染めた少女の言葉に遮られた。


「駈け落ちの噂は本当だったんだ……」


 一瞬、言葉の意味がわからず固まる。

 そして、見事に声を重ね合わせた狐と傭兵。


「はあっ?」

「はあっ?」

「あれ? 違うんですか?」


 首を傾げて聞く無垢な少女にエクシブは顔をひきつらせ、ココに至っては必死で笑いを堪えているのか座り込んで腹を抱えて震えている。


「そんな噂まで……どこが発生元だ」


 エクシブは一体何度頭を抱えたことやら、そのうち頭痛が持病になってしまうのではないかと不安になってしまう。

 溜め息をはきエクシブはカレナに説明を始めた。

 これ以上無駄な噂は船旅に支障をきたすからである。


「残念ながらこの連れとは恋仲ではない。リハンで意気投合して、一緒に旅することになっただけだ。まあ、言うなれば……」


 カレナだけではなく、座り込みながらココも聞き耳を立てている。


「相棒……かな?」

「相棒、ですか?」


 カレナが聞き直す。ココとは出逢ってまだ数日、言ってるエクシブも言葉に疑問が出てしまうが、妙にしっくりくる。連れの狐も響きが気に入ったらしく、嬉しそうに笑って答えた。


「うん。ウチとリンは、共に旅する相棒よ」


 カレナはちょっと残念というか、つまらなそうな顔をする。


「……そうですか」


 しかし、コロッと表情を変え、また可愛い笑顔に戻る。


「ちょっと、噂とは違うけど……お二人とも素敵です」


 素敵かどうかはわからないが、エクシブは素直に受けとめ返す。


「そうか。ありがとう」

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