閑話 私とメリーと看板娘 (エミリー視点)
ブックマーク、ありがとうございます!
今回はエミリー視点です。少し時制がおかしなところがあると思いますが、ご容赦ください。
誤字脱字や内容のおかしなところがございましたら、ご指摘いただけると嬉しいです。
私はエミリー・アスセナ。マンチェスター工房の針子でーす! フッフッフッ。最近新しい情報をてに入れたんだよね~。ゲール家のパン屋に新しい子が入ったって。しかもゲール家のインディはその子にご執心だそう。これは見に行くしかない!!
「おね~ちゃ~ん、ハリーパン食べたいの~」
はっ! マイエンジェルの麗しい声が聞こえる!
見ると、マイエンジェルこと弟のハリスが、幼子特有のふっくらとした手をきゅっと握りしめてこちらを見上げている。
か、かわゆす~!! お姉ちゃん天昇しそうだよ。
「じゃあ、ギーラさんのパン屋さん行こっか」
ハリスのふわふわなオレンジの髪を撫でながら言う。するとマイエンジェルは極上のエンジェルスマイルを発動した。
が、眼福です!
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パン屋に着くと、噂の彼女が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! 今焼き上がったばかりなんですよ~。タイミング、バッチグーですね!」
バッチグーとは一体……。
艶やかな黒髪を翻しながらこちらを振り向いた少女──といっても私と同じくらいなんだけど──は、はっとするほど上品な顔立ちをしていた。が。が、だ。言葉使いで完璧な残念美人だよ。こんな人本当に存在するなんて思わなかった。本の中だけだと思ってたのに。まさか本当に存在するなんて……。
「おね~ちゃ~ん。選んでい~い~?」
「うん。いいよ。好きなものを選んでおいで」
マイエンジェルの声に、現実へ戻される。テテテッと効果音でも付きそうな感じでパンの方へと駆けて行くハリス。……和む。
そしてまた私は噂の彼女に目を向ける。今は他の客の接客をしている。よく見ると、所作の一つ一つがとても洗練されているような印象を受ける。言葉使いもさっきと違い、とても丁寧。同じ人物とは到底思えないほど違う。
だけど、さっきから柔らかく細められた琥珀色の目は、ずっと変わっていない。その表情は単なる営業のためのものではなくて、心からの微笑みだと分かる。
ああ、凄くいい人だ。
自然とそう思った。そしてあのインディが首ったけになるのも納得がいく。
「ねえ、貴女名前何て言うの? 私エミリー。エミリー・アスセナ。マンチェスター工房で針子やってるの」
とにかく話しかけてみる。そうしないと何も始まんないからね。すると可憐な花のようだった笑みが、たちまち無邪気な少女の笑みに変わる。さっきの方は『美しい』が当てはまったけど、こっちの方は『可愛い』がぴったりだ。
「私はメルスティア。メルスティア٠カルファ。私は見てのとおり、ギーラさんに雇ってもらってるんだ~!」
口調も砕けてる。こっちが素かな? なんて思ったりする。
「ねえ、お姉さんってここで働いてるの~?」
マイエンジェルがアーモンドのようなつぶらな瞳をパチパチとしばたかせながらコテンと首を傾けている。まるで小動物だ。お姉ちゃんにはハリスの頭上にハテナマークが見えるよ。
「ん? そうだよ。ここで働かせてもらってるの」
メルスティアは腰を屈めてハリスと目の高さを合わせながら答える。
「じゃあ、お姉さんはここの看板娘さんだね~! ハリーのね、お友達もね、お家のお店でね、看板娘さんやってるんだよ~? 一緒だね~」
マイエンジェルは、にぱっと無垢な笑顔で爆弾を落とした。
マイエンジェルハリスよ、それは禁句だ。ほら、あっちでインディが石像になってるじゃない。
この国特有なのかもしれない。『看板娘』とはその店を継ぐ娘に付けられる。その子がその店の娘であったら特別な意味も何もない。だってその家を継ぐのはきっとその子になるだろうから。でもそうでない場合、『看板娘』とはある特別な意味を持つ。それは『婚約者』や『恋人』だ。その店を継ぐ子供の。
この場合、メルスティアはインディの婚約者、もしくは恋人となる。でも、もうすでにインディの残念な話はある程度有名だ。だからインディには大打撃になるんだろうな。まあ、案の定固まってる。面白いね。
「そうなるのかな~? でもそれは嬉しいね。ちゃんと働きが認められてるってことだもんね」
メルスティアは何か勘違いしてるみたい。やめてあげて。インディのために。さすがに可哀想だからさ。
「ま、そういうことで(何がそういうことか分かんないけど)、私たちは帰るね~。じゃあね、メルスティア」
「? ありがとうございました~。じゃあね、エミリー!」
全てを有耶無耶にしてハリスの手を取り店を出る。ハリスはきょとんとした顔でこちらを見上げてくる。どんな顔も可愛らしい。さすがマイエンジェル。でもね、あれはダメだったんだよ。
そういう目で見返して私は微笑んだ。
そうやって私たちは友達になった。最初はメルスティアって呼んでたけど、今ではメリーって呼ぶようになってる。メリーは私と同じ16歳だそう。こっちに来るまでは隣国の貴族の屋敷で働いていたって。どこの? って訊いたら詳しくは教えてくれなかった。そういうことは秘密にしとかなきゃ、後々面倒に巻き込まれるかもしれないからって。しっかり守れるんだなんて失礼なことも考えたりした。勿論、口にはしないけどね~。
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「いやー、あのインディがあそこまで首ったけだろ? あんなのあいつ以来だよな。でもさ、メルスティアちゃんが来た初日に様子見に行ったら、格好つけられずにしょげてるわけ。さすがにありゃ可哀想だったよ」
帰る途中で見かけたカイザーと私は今話している。マイエンジェルはさっきの話で出していた友達と話している。
「ああね~。そういえばあの子以来だよね。確か初恋だったんだけどいつの間にかいなくなってた子だったっけ?」
「そうそう。幼馴染みで育ってきてたから、相当ショック受けてたよな。」
インディは初恋の子がいつの間にかいなくなってから、ずっと恋なんてしてなかった。だから私たちは今ののようなインディは久しぶりなのだ。今までは少し暗いところがあったけど、それがなくなっている。私たちはその事に少なからず安心しているのだ。
「でも、今回は相当粘んないとね~。全然気が付く素振り無さそうだから。」
そう言ってさっきと出来事を話すと、カイザーは目に涙を浮かべながらお腹を抱えて笑い転げた。
「あっひゃっひゃっ! そりゃ傑作だわな!」
あのときは可哀想と思ったけど、今の私も傑作だと思うよ。
それから私たちはインディとメルスティアの話をよくするようになった。それが面白くてたまらない。
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「聞いたか? メルスティアがパン屋の看板娘だってよ!」
あれから2日たった日にカイザーがそう言ってきた。一体どこでその話を仕入れたの。私はあのあと帰ってからハリスに口止めしたはずなのに。
「それどこ情報?」
「お前ん家の工房の隣の店あるだろ? 小物屋のさ。あそこの看板娘が『私と同じ人がいる』って喜んでいたらしいぜ」
あの子か……! ハリスはあの時にすでに話していたのね。
そうしてメルスティアがジルバ家のパン屋の看板娘だという話は、瞬く間に広がっていった。でも、誰もがその言葉の意味を理解している。
メルスティアは決して『インディの婚約者や恋人ではない』と。
メルスティアを看板娘に仕立て上げた犯人は、エミリーのマイエンジェルこと弟のハリスでした。ですが可愛いから許されるのです。可愛いは正義ですから!