閑話 俺の今日この頃 (インディ視点)
インディ視点です。誤字脱字や内容のおかしなところがありましたらご指摘いただけると嬉しいです。
初めて会ったとき、呼吸を忘れた。
「はじめまして。メルスティアです。これからお世話になります」
そう言ってお辞儀をすると、烏の濡れ羽のような髪がさらりと肩から滑り落ちた。今まで見たことが無かった。ここまでで輝く髪があるのか……。
「大丈夫?」
はっと我に返ると、リスのように小首をかしげた彼女の琥珀色の瞳が俺を見ていた。周りにも同じ色の瞳を持った人は巨万といる。でも、見慣れたはずのその色が俺の知らない色に見えた。
「あっ、だっ、大丈夫でっす。あ、あの、俺、インディって言います。よっ、よろしく!」
彼女は目を少し見張らせたあと、クスッと肩を震わせた。
やってしまった……。頼りないっていう烙印押されたな、これ。はぁぁぁぁ……。
今までにないくらい落ち込んだ気がする。俺は緊張するとどもる癖がある。それがここで猛威を振るうとは。
仕方がない。これから挽回していけばなんとかなるだろう。
こうして俺は俗に言う『一目惚れ』をしたのだ。
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母さんから頼まれて小麦粉を取りに来たようだ。よし、ここで良いとこ見せておこうじゃないか。
「インディ、小麦粉持ってきてって言われたけど、どれか分からないから教えて~」
「ああ、それなら右から二つ目の袋だよ。重そうだね。代わりに俺が持つよ」
「いいよいいよ。どうせ魔法使うから、重さ感じないもん。こんなの持たせたら逆に悪いし。ありがとう。持ってくね」
俺の初めての試みは呆気なく終わった。一瞬にして。それも傷付いたが、メルスティアは気付いていないのだろう。『こんなの持たせたら逆に悪いし』って、俺の腕力はそんなに頼りないのか。男としての何かを少し削られた気がした。
隣の店のカイザーが今の一部始終を見ていたようだ。そんな哀れむ目で俺を見ないでくれ。もっと虚しくなるからさ……。次があるさって、慰めてくれるな……。
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メルスティアが来てから1ヶ月がたった。まあ、あれからは俺も成長したから。彼女に良いところ見せることだってできた。カイザーからはどうだか、と苦笑いされたが気にしない。
1ヶ月たったから誘っても問題ないだろう。俺はメルスティアを大通り巡りに誘うことにした。大通り巡りは恋人たちの定番のデートコースだ。決して俺らしいものが見つけられなかったから、定番のものにした訳ではない。初めてのデートは大通り巡りをすると決めていたからだ。
「メルスティア、そろそろここの生活にも慣れてきたんじゃない?今度の休みに大通り巡りに行ってみない?」
メルスティアは長いまつげをパチパチと上下させると、口を開いた。
「大通りは何度も行ってるから別に改めていく必要ないんじゃないかなぁ」
ぐっ……。そうかもしれないが、俺はデートに行きたいんだ。
「でもそれって、仕事の買い出しでだろ? 遊ぶために行くんだよ。どう?」
「何々?大通り巡り行くの? 楽しそうじゃん! 私も連れてってよ~!」
メルスティアのものではない声が入ってきた。エミリーだ。しかしそれは困る。俺はメルスティアと2人で行きたいんだ。
「あっ、エミリーも行くの? なら行く!」
そんな俺の心情とは裏腹に、メルスティアはエミリーが行くと言ったことであっさりと手のひらを返した。
結果的に良かったのか良くなかったのか……。何か複雑な心境の中、大通り巡りの決行が決まった。
でもこれはデートじゃないな。
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大通り巡り当日。待ち合わせの場所は家の店の前。俺の次にエミリーが来た。俺が跳ねている赤毛を恨みがましく見てしまったのは仕方ないだろう。それに気付いているエミリーはもう少し気を使ってくれても良かったと思う。
メルスティアもやって来て3人が揃ったところで東に向かって歩き出す。
大通りは王都を東西に横切っている。西側には平民が多く住んでいる。東に行くにつれて大商人などの富豪が増えてゆき、貴族の屋敷が立ち並ぶようになる。そしてその一番奥には王城がそびえ立っている。まあ、大通りに面しているのは店ばかりだけど。
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メルスティアが俺を見つめてくる。俺もメルスティアを見つめ返す。そんな目で見られると困る。だが見つめ合いは続く。
そして勝負は決した。白旗を挙げたのは俺だ。メルスティアの訴えに勝てるわけがない。それを知っていてメルスティアに任せるエミリーが憎たらしい。が、しかし。そう言っている間にどんどん時間は過ぎてしまうのでパフェを3人分買いに行く。
「バナナのパフェを3つください」
そう言うと店員さんは赤い果実がアクセントのパフェを出してきた。そして俺が代金を払う。
「ああ、小銅貨3枚はいいよ。俺からの応援の気持ちってことで。なんだ。頑張れよな」
そう言って小銅貨3枚を返された。
「はあ……。ありがとうございます?」
なぜかこの店員さんは俺の気持ちを知っているらしい。そういえばカイザーがいつか言っていたな。一部の人間の間では俺の一目惚れは有名だって。全然相手にされていないと。
まさか、俺はそんなに可哀想な理由で有名とは。
メルスティアとエミリーにパフェを渡す。エミリーが食べたのを見てメルスティアもパフェを口に運ぶ。
メルスティアの食べ方は綺麗だ。他の所作もそうだが流れているように見える。早すぎず遅すぎず。まるで何かの音楽に乗せているように感じることもある。同じ平民とは思えない。貴族の屋敷に仕えていただけでもこんなに違うのか。
パフェを口に入れたメルスティアの頬がほんのりと朱に染まり、メルスティアは鮮やかな花がパッと開くように顔を綻ばせた。
たまらない! 可愛すぎる……! もうこれだけで俺は幸せだ!
メルスティアと目があった。どうやら無意識に俺の頬も緩んでしまっていたようだ。だらしなくなかっただろうか、などと考えていると、メルスティアは急に何かを悟ったような顔になった。
ばれたか?!
そしてなにやら生暖かい視線を向けてくる。一体何を勘違いしているんだ……。じと目になってしまったのは言うまでもないたろう。
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服飾屋の前でメルスティアとエミリーの洋服に関する話が始まった。どうせすぐ終わるだろうと待っていると、終わらない終わらない。専門用語が飛び交っている。俺には異国の言葉のように聞こえる。
呆然として見ていると話が終わったようだ。メルスティアがこっちを見た。そして目を泳がす。
ああ、忘れていたんだな。そうか……。
周りから何やら気の毒そうな視線を感じたが、俺に向けられたものではないことを祈ろう。
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帰りに母さんにクッキーを買ってからエミリーと別れた。だんだんとパン屋が近づいてくる。
「今日は楽しかったね。誘ってくれてありがとう。インディ」
メルスティアがお礼を言ってくれる。一度目を伏せてから上目遣いで見てくるのはわざとなのか?! メルスティアにそんな気がないことは分かっているがそう思ってしまうのは仕方ない。でも煽られているような気がしてしまう。
「そっか。それは誘った甲斐があるよ。また遊びに行こう。そうだ! 今度はふた「あれ? 店の前に人がいるよ。おかしいね」
自然な流れで返して次こそデートに、と口にしたとき、メルスティアと被ってしまった。上手くいったと思ったのに。
「インディ、ちょっと待ってて」
そう言って彼女は店の前にいる人のところに行って何やら話したあと戻ってきた。ここはもしや俺が行くべきだったのではと思ったが後の祭りだった。
「なんか、お客さんだったみたい。明日来るかもね。じゃ、私はここら辺で。また明日ね!」
戻って来るなりそう言って帰っていった。
結局誘えなかった……。
落ち込んで家に帰ると母さんが出迎えてくれた。俺の気持ちは母さんにもばれているらしく、俺の落ち込んだ様子を見て、何とも言えないような顔をしてから声を掛けてきた。
「そんな日もあるわよ」
そういえば慰められてばかりだなと感じる今日この頃であった。
書いている自分でも不憫になってきました。頑張れインディ。いつかきっと思いが届く……かも?