め、滅相もない!
ストーリーはほとんど進んでいないのに長めです。
まるでおとぎ話に出てくる雪国のお城のような尖塔が特徴的な屋敷の中へと通される。女性ということでセルシュヴィーン様やジルベルトとは少し離れた部屋を用意してくれたらしい。正直万が一なんて起きないと思うよ? セルシュヴィーン様にはクリスティーナがいるし、ジルベルトにはエミリーがいるからね。
そういえば、道中ジルベルトからエミリーへのお土産について相談された。珍しくあっちから話しかけてきたから何かと思えば、エミリア嬢への土産は何が喜ばれるだろうか、だって。らしくなく頬をほんのり染めてたのは見物だったなぁ。あの後セルシュヴィーン様と二人でこっそり笑った。
「まずは旅の疲れを癒そう。部屋で着替えてくるといいよ」
そうやってセルシュヴィーン様から暇を言い渡されたはいいものの、勤務中なのに、と後ろめたくなった。私も騎士らしくなったな……、としみじみと感じる。案内してくれるメイドさんと歩く廊下は毛長の深紅の絨毯が敷かれており、全くと言っていいほど足音がしない。端に並べられている調度品は、王城にあるセルシュヴィーン様の執務室のものと雰囲気が似ている。豪奢ではないものの品のあるそれは、セルシュヴィーン様の好みなのかもしれない。それにしてもなんだか視線を感じるな……。
「こちらでございます」
私が案内された部屋は客室だった。しかも結構上等なところな気がする。こんなところを使っていいのかな。それとも、これは嫌味か何か? お前のような小娘が護衛なんて認めねぇ! みたいな。
「すみません、私はこれでも殿下の護衛なのですが、このような部屋を使わせていただいてもよろしいのでしょうか?」
そんなことはあるはずがないけれど、このままここを使うのは忍びないのでメイドさんに尋ねてみる。するとメイドさんは心底驚いたように目を見開いた。
「えっ?! 領主様の恋人様ではないのですか?!」
「へ? ま、まさか! 滅相もありません! 私がそんな訳……! そんなおこがましい。私は殿下の護衛騎士です!」
こっちが驚きだよ! 誰がセルシュヴィーン様の彼女なんて。そしてさっきから気になっている客室の扉の方からも息を呑む声が聞こえてくる。
騒がしい心を落ち着かせるために軽く深呼吸をし、扉へと向かう。思いっきり扉を引くと、たくさんの執事やメイドさんたちがなだれ込んで来た。害意はなさそうだから放っておいたんだけど、何してるんだか……。
仮にも第二王子の屋敷の人間がここまで俗な人たちだったとは思いもしなかった。思わず乾いた笑いが出てしまう。足元に重なっている人たちも目が合うと誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
「こ、こんにちは……」
か細い挨拶が聞こえてきたので一応返しておく。
「あ、はい。こんにちは……」
すごく気まずいのだが、メイド&執事の山から、まだ私をセルシュヴィーン様の恋人だと思いたい人から声が上がった。
「領主様の恋人として道中狙われないように変装なさっていたのではないのですか?」
「もしそうなら護衛に変装させるのではなくメイドとかに扮すようにさせるかな」
私が否定する前に廊下の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。もちろん、セルシュヴィーン様である。ここまで着ていたかっちりとした服からラフな服装へと着替えているセルシュヴィーン様は、ジルベルトを伴っていた。私の前にあるメイド&執事の山を見て呆れた笑いをこぼしているけど、これでいいのか、領主様よ。
「全く……。人が少ないと思えばこんなところに……。メルスティアは私の護衛だからね。客室じゃないよ」
セルシュヴィーン様の言葉に雷に撃たれたような顔になったメイドさんや執事たちはそそくさと自分の持ち場へ散っていった。その後ろ姿を何やら楽しそうに見送ったセルシュヴィーン様は、ちょっぴりすまなそうな顔をして私に向き直る。
「使用人たちがごめんね。私が今まで誰も女性を連れてきたことがないから勘違いしたみたいだ」
「いえいえ、殿下が謝罪なさることではありませんよ! 私が護衛騎士に見えないのがいけないのですから」
私の服装は動きやすい長袖とパンツの上に、セルシュヴィーン様の専属護衛騎士のブローチと聖騎士のブローチをつけた黒のローブを羽織っているだけで、騎士には到底見えない。どちらかと言うと魔法使いに見えると思う。ジルベルトのように簡易的な軍服のような服を着ていればいいんだろうけど、私は持っていないし、このローブがいろいろ魔法を付与しているので一番優れているのだ。
「メルスティアを部屋へ案内してくれる? メルスティア、私たちは一足先にサロンへ向かっているから」
「かしこまりました」
セルシュヴィーン様の取り計らいですぐに部屋を移動することになった。移動中、何度か本当に違うのですか? と尋ねられたけど、勘弁してほしい。私はメルスティアであってクリスティーナではないのだ。それにしてもセルシュヴィーン様はここでは砕けた言葉遣いをしていて、とてもアットホームな感じがした。
改めて通された部屋はさっきの客室に比べると簡素だけれど、十分上等な部屋だった。端的に言うなら高級ホテルのシングル。ベッドはスプリングがないけれど一応ふわふわだし、ソファーもテーブルもある。壁には絵がかけられており、雪に覆われたルテティアの街並みが描かれている。すごく幻想的な絵に見とれていると、メイドさんから着替えはどこかと尋ねられた。
「亜空間にしまっています……、のですぐに取り出しますね」
なぜか期待の籠った目で見られたのですぐに取り出すことにした。本当はメイドさんがいなくなってから着替えようとしていたんだけど……。
取り出したのはワンピース。クリスティーナ時代に部屋着として着ていたドレスをちょっと繕ったものだから、生地は結構上等だし、デザインも悪くない。大店のお嬢さんが部屋着として持っていそうなくらいだ。ただ、銀髪に合うように黄緑を基調としているのが今の黒髪とちょっぴりミスマッチかもしれない。
「なんてかわいらしい。メルスティア様にお似合いですね」
……あの、そのキラキラした目は何かな? ジリジリと近寄ってくるのやめない? まさかと思うけど、着替えさせようとしてないよね……。
極自然に私のワンピースを手にしたメイドさんはものすごくいい笑顔で私の方へやってくる。正直着替えくらい自分でしたいんだけどな。
「着替えを返していただけますか?」
「もちろんです」
恐る恐る聞くと快い返事が返ってきた。でも、ワンピースが返ってくる様子はない。困ったように笑って首を傾げる。返して、というふうに両手を差し出すが、メイドさんはなおも近付いてくるだけ。あ、これ詰んだわ。
「領主様からお世話を任されております。お手伝いいたしますね」
メイドというのはすごいと思う。クリスティーナの時も否応なしに着飾られたけど、やっぱりどこに行ってもメイドはすごい。これは退く様子はなさそうだ。
諦めモードに入った私は観念してメイドさんに身を任せた。あれよあれよという間に着替えさせられ、なぜか軽くメイクとへアセットまでされる。薄化粧だけど普段化粧を施していないせいでかなり印象が違う。髪はハーフアップにされ、結ばれている部分はシニヨンにして纏められている。黒髪で前髪は切り揃えているけれど、鏡の中で琥珀色の目をパシパシと瞬いている私はどこかクリスティーナに似ていた。
「やっぱり! お化粧したらもっと美しくなりますね。普段からなさればよろしいのに。あ、何かアクセサリーは持っていらっしゃいますか?」
私を飾りたてるのがよほど楽しいのか、とてもルンルンなメイドさんはアクセサリーについて訊いてきた。私は全てメイドさん任せにするつもりなので、亜空間から今の私がつけてもおかしくないアクセサリーを取り出す。十数個をドレッサーに並べると、メイドさんはほぅ、と息をついて眺めだした。全て既製品のものだけれどそれなりのブランド品である。宝石が使われているものではなく、真鍮や珊瑚、メッキや人工パールが使われているものを中心に選んだ。
「これは悩みますね。どれもかわいらしいですし、メルスティア様にお似合いですから……。領主様の好みは……」
うん? 今不穏な言葉が出てきたような気がするよ?
これかな、とメイドさんが月をモチーフにした真鍮のアクセサリーを手に取ろうとする。私はすかさずその隣にあったドロップ型の銀メッキに人工パールとガラス細工が施されたものを示した。
「こっち! これでお願いします」
言いながら他のものを亜空間に仕舞う。メイドさんの眉が少し下がったけど仕方ないと思う。が、私の手元を見てその表情はすぐに晴れた。
「はい、分かりました。これの隣にあった月のも領主様の好みでしたが、これもなかなかにいい線いってますよ~」
うそでしょ……。自分で選んだ手前、もう別のものに替えることはできない。私は感情を無にすることでなんとか乗り切った。
準備を済ませてセルシュヴィーン様が言っていたサロンに案内してもらう。
「領主様、メルスティア様をお連れいたしました」
メイドさんが扉を叩くとセルシュヴィーン様から返事があり、中へと通された。そして目の前の光景に私は目が点になった。
なんでジルベルト寝てるの……?!
メイドさんやりおる……。セルシュの領主邸はめちゃくちゃアットホームでした。
次話もゆっくりまったりします。あと二話ぐらい。さて、なぜジルは寝ていたのでしょうか?!
『女伯爵は幸せを望まぬ』の連載を開始しました。復讐のために暗殺者となった女伯爵の二足のわらじ物語。オール三人称に初挑戦です。以前同じ内容のものを上げていましたが、それの改作になります。URLを下に貼っておきますので良かったらご一読お願いします。