お嬢様生存率100% (ヒリス視点)
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私の名はヒリスと申します。フォルセティ公爵家にてメイド長をやっております。
突然、メルスティアという見ず知らずの方が私を訪ねてきたと知った時は、一体どこの世間知らずかと思いましたね。アポも取らずに初対面の人を呼び出すなんてどこのお偉いさんかと思いましたよ。追い返すために向かえば、そこにはなんとよくよく知っている方がいらっしゃいました。お隠れになっていらっしゃるはずの方でございます。なぜだか魔力の感じは違いますし、前髪は切っていらっしゃいますし、お髪は月明かりのような銀糸から、妖艶な闇夜のような漆黒へと変わっていらっしゃいました。ですが、纏われた雰囲気は変わらないものですね。一目で分かりましたよ。クリスティーナお嬢様だと。分かるとすぐに旦那様方に連絡をいたしました。今晩の夕食はご一緒に摂られることとなるでしょう。
お嬢様は私が気付いたことにお気付きにならず、世話話をされます。お嬢様とメルスティア様との初対面について、さりげなく訊こうかと思いましたが、すぐに想像かつきましたので、私か言うことにいたしました。案の定、図星だったようですね。それに顔には出していらっしゃいませんが、驚いていらっしゃるようです。なぜお嬢様がこっそりと抜け出していたのを私が存じ上げているのかと。私はお嬢様がお生まれになる前からお世話し申し上げていたのですよ?それくらいのことは存じ上げております。もちろん、旦那様や奥様には申し上げておりませんが。
自室にご案内すると、以前のままの状態で残されていることに驚かれたのでしょう。一瞬、足が止まっていらしたので気付いてしまいました。お嬢様が昔のいつもの席に腰かけられると、懐かしい光景に頬が緩みます。お嬢様は使用人である私たちを労ってくださるような本当にお心優しいお方でした。今でもきっとそうなのでしょう。
温室に着いたとたん、無意識なのでしょうか、お嬢様がそれはそれはお美しい笑みを浮かべられました。清純な花がほころぶようなその笑顔をまたご拝見できて、ヒリスは嬉しゅうこざいます。
大量の薬草たちを亜空間に次々と放り込んでいきますが、お嬢様、魔法の属性は光だけではなかったのですね。実に巧妙に隠していらしたのですか。誰も気付くことができませんでしたよ。そして残った薬草の管理を任されます。お嬢様は無理そうならば他家に回しても良いとおっしゃいますが、そんなことは絶対にいたしません。私たちで責任を持ってお嬢様の大切な薬草たちを育てておきます。ですから、またいらしてくださいね?
旦那様からのご返事をいただいた中に、ローランドぼっちゃまのことをお話しするようにとありました。私がお話を始めますと、お嬢様はだんだん険しい表情になってゆきます。お嬢様、顔に出してはいけないと散々申し上げましたよ?マナー講座のvol.1~4はもうお忘れになったのですか?とは思いますが、口にはいたしません。ローランドぼっちゃまを溺愛なさっていたお嬢様がここまで憤ることは無理もありませんから。私も今すぐにでも喚き散らしとうございます。しかし、とうとう堪忍袋の緒が切れたのでしょう。お嬢様の桁違いの魔力が暴走し始めました。なりませんっ!このままでは屋敷が……!と思ったところで、お嬢様の魔力にあてられ、膝をついてしまいます。すると、お嬢様は我に返って私の名を呼ばれました。『ヒリス』と。あら、お嬢様駄目ですよ。いついかなる時も焦りを表に出してはならないと申し上げましたのに。以前の呼び方に戻っていらっしゃいます。
ありがたいことに、お嬢様に介抱していただいていると、執事長がやってきました。どうやら旦那様方がお帰りになったようですね。時間稼ぎはできました。残りは家族団欒のお時間です。あら、お嬢様。今さら嵌められたことにお気付きになったのですか?もう遅いですよ。
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「ヒリス、メルスティアは、いえ、クリスティーナは相変わらずでしたわね」
いつもはお召し上がりにならない赤ワインを片手に、奥様が微笑まれました。私は静かに同意いたします。お嬢様はお嬢様でしたので。
「ファーティマ、クリスティーナと話したぞ。話せたぞ!なぜ私はもっと早くから話そうと、向き合おうとしなかったのだろう。あんなに聡明な子だったのに」
奥様の向かいの座り、同じく赤ワインをお召しになっている旦那様は小さくため息をつかれます。
「それは貴方が失ってからその大切さに気が付くような人間だったからですわ」
奥様、その一言はひどく突き刺さるかと……。旦那様を盗み見ると、意気消沈していらっしゃいます。けれど私も奥様に同意です。なぜお嬢様の素晴らしさを失ってから気付くのでしょう?なぜその大切さを失ってから気付くのでしょう?私には理解できません。この国は女子供は男に付き従っているだけでいい、という考えが根本にありますから、気付かなかったというよりかは、目を向けないのが当たり前といったところです。ですが、ねえ?家族ぐらいには目を向けてくださってもよかったと思うのです。
これ以上旦那様を見ていると、詰るような目を向けてしまいそうなので視線を外しました。
「ねえ、母上。姉上はまた会えると言っていました。いつお会いできますか?」
唐突にぼっちゃまが尋ねられました。私は手にしたお盆を落としそうになります。どういうことですかぼっちゃま。ぼっちゃまはお嬢様とお話をなさったのですか?!
「あら、いつの間にクリスとお話しましたの?」
私の心を代弁するように奥様がぼっちゃまに尋ね返しました。すると、ぼっちゃまは抱えたクッションを一層強く抱き締め、目を爛々と輝かせます。
「姉上は僕の中まで僕に会いに来てくださいました。それにすごいんです!僕には精神毒が使われていたそうですが、姉上が一瞬で治してくださったんです!やっぱり僕の姉上はすごいです!」
ぼっちゃま、それは一体どういうことでしょうか?お嬢様がぼっちゃまの中に?精神毒が使われていた?しかもそれを一瞬で治されたのですか?精神毒という名前は聞いたことはありますが、空想上のものかと思っておりました。存在したのでございますね。
「ロイ、明日詳しく話を聞かせておくれ。あの男爵令嬢の罪は、いざというときのためにきちんと溜め込んでおきたいからね」
旦那様、黒うございます。お嬢様曰く『イケオジ』の顔が残念なことになっていらっしゃいます。そういえば『イケオジ』とはどういうことなのでしょう。
「はい父上。一言一句漏らさずお伝えいたします」
あっ……。ぼっちゃまも黒うございます。まだ十歳でいらっしゃるのに。なぜこの家の方々は黒い笑顔をお浮かべになるのでしょうか。お嬢様も時々黒く微笑まれていました。昨日もものすごく黒い笑みでしたし……。
微笑み合う旦那様とぼっちゃまをご覧になりながら、奥様がお嬢様との最後の会話を口になさいます。
「『責任は伴うけれど、思う存分自分の好きなように生きていける。まるで鳥籠から放たれた鳥になったように感じている。どこまででも飛んで行けそうだ』でしたかしら?」
昨日、お嬢様はぼっちゃまの薬を調合なさった後、足早に帰って行かれました。旦那様方は引き留めようとなさいましたが、聖騎士としての生活もあるため、これ以上長居できないとおっしゃったのです。別れ際、奥様がふとお嬢様にこんなことをお尋ねになりました。
「メルスティアさん、貴女は今が楽しいですか?」
と。突然の言葉にお嬢様は驚かれたのでしょう。終始浮かべていらした笑顔がふっと消え去りました。しかし、それは一瞬のことで、次の瞬間には、今まで浮かべていらした笑顔とは比べ物にならないような笑顔を浮かべていらしたのです。
「もちろんです。楽しくて仕方がありません。責任は伴うけれど、思う存分自分の好きなように生きていけます。まるで鳥籠から放たれた鳥になったように感じているのです。どこまででも飛んで行けそうですよ。ケリドウェンに行ったことを私は後悔しておりません」
きっと心からの言葉だったのでしょう。まっすぐ旦那様方を見つめておっしゃっていました。
「案外、こうなって良かったのかもしれんな」
ぽつりと旦那様が呟かれます。お手元のグラスはすでに空っぽですが、私は動きません。これ以上飲むと明日のお仕事に差し障りますでしょうし、何より旦那様ご本人が望んでおられませんから。空のグラスを見つめながら旦那様は続けます。
「クリスは私たちに縛り付けられて生きるよりも、何にも縛られることなく、自分の決めた道を歩む方が向いているのだろう。あんなに屈託のない笑顔は初めて見た」
「そうですわね。けれどもし、あの子がまた私たちを必要とするのならば、手を差しのべられるようにしておかなくてはなりませんね」
奥様も微笑まれました。
お嬢様、貴女様は愛されておいでですよ。私たち使用人一同も同様でございます。いつでもまたいらしてくださいませ。私たちはいつでもお待ちしておりますよ。
メル即行バレてました。本人は気付いていませんが(笑)あと公爵みたいに失ってから気付くことってありますよね。でも大切な人は失う前に気づきたいものです。
次話はケリドウェンに戻ります。セルシュはどうなるのでしょうか。