第二王子の秘密
ブックマークありがとうございます!
3階の扉。私が入団してアリス様に城内を案内してもらった時に言われた、入ってはいけないところ。王族の亡霊がいるのではと噂されている開かずの扉……。ちょっと待って。ここがセルシュヴィーン様の秘密なの?
ジルベルトはためらうことなく扉に手をかける。おいおいおい!
しかもそのまま普通に真っ暗な部屋に足を踏み入れる。その後をセルシュヴィーン様まで入っていく。嘘でしょ……。てか今朝だよね。まだ正午にもなってないのに中が暗いんだけど。
廊下からの光で入り口付近は見ることができるが、恐らく窓がないのだろう、奥は光が一切ないため見ることができない。若干分かるのは壁に何かが掛かっていることぐらい。
戸惑っていると二人に急かされたので慌てて中に入る。正直怖い。だってなんか本当に亡霊とか幽霊とかいそうじゃん?前世でもホラー系は怖かった。あのハウ○テン○スにあるようなホラーハウスでも待合室に行くまででリタイアするぐらいだったんだからね。そんなこと威張るなって?い、威張ってなんかないもん!
私が入るとジルベルトが扉から手を離したようでキィー……と小さく音を立てて扉が閉まった。部屋は廊下からの光が無くなったので完全に真っ暗。しかもさっきの音のせいで不気味さが増している。
「鍵掛けました」
私の後ろでガチャリと音がして、ジルベルトが扉に鍵をかけたことが分かる。するとセルシュヴィーン様が光の魔法具をつけたらしく、一気に視界が明るくなった。突然明るくなったので思わず目を瞑る。一時して恐る恐る目を開くと、壁に掛かっていたものが現になり、視界いっぱいに飛び込んできた。
……え?
その瞬間私はピシリと固まり、思考もストップ。
「いつ見ても綺麗だ。こんなに綺麗で美しくて可愛らしい女性は他にいないと思う。
ただそこにいるだけで辺りが華やぎ、あの小鳥が囀ずるような美しい声は心が安らぐ。微笑みはまるで天使いや、女神、いや、それをも越えるほどに愛らしく美しい。いつまでも見ていられる。美人は3日で飽きると言うが、彼女はそんなことはない。見た目は勿論雰囲気までも美しい。
仕草も洗練されていて、流れるようなその所作はまるで音楽でも流れているかのようなのだ。それでいて心優しく誰にでも分け隔てなく接するその振る舞いは実に素晴らしい。貴族の理想を体現したと言っても過言ではない。
絹のように滑らかで夜空に散らばる星々のように輝く銀髪、その中でも一際輝く月のように神々しい琥珀色の瞳。すっと控えめながらも筋の通った鼻に花弁を置いたかのような桃色の可愛らしい唇。日の元に出たことがないと言わんばかりの乳白色の肌は思わず触れたくなるほどに極め細やかで、何を着ても全てが彼女の美しさを引き出してしまうよう。
それでいてそれらを奢ることのない謙虚さは貴族の、いや、人間の鏡だと言えるだろう。それに加え利発で聡明。彼女との話はどこをとっても楽しい」
息つく間もなくその壁に掛かっていた絵に描かれている女性を褒め称えるセルシュヴィーン様。段々と思考が復活してきてセルシュヴィーン様の話を聞き流していたのが頭に入ってくる。もう止めて……!頭が働き始めるとともに徐々に頬が熱を持ち始め、自分でも赤くなっているのが分かる。そしてついに最後の一手が私を襲った。
「本当に素晴らしい女性だ。«真白の令嬢»ことクリスティーナ嬢は。私はこの人が好きなんだよ」
止めを刺された私は余りの恥ずかしさにダッシュでその場から逃げ出した。扉の鍵を魔法で開けて、身体強化MAXで廊下を駆ける。人が段々と増えていくけどそれはお構いなしに魔法で飛び越えていく。だって、だって、だって……!!
全速力で寮の部屋に飛び込みベッドへダイブ!全速力で走ったせいかそれとも別の理由か。全身が真っ赤になっている。
えっ、な、何あれ?!なんであんなところにクリスティーナの絵があるの!しかもあんな大量に!
ぎゅ~っと枕にしがみつく。そうでもしないと今すぐにでも魔力が暴走するかもしれない。枕がミシミシ言っちゃってるけど聞かなかったことにしよう。
ムリムリムリムリッ!なんで私をあそこに連れてった!いや分かってるよ?信頼を示すためでしょ?確かにあれ見せるのは信頼してるって示すためには手っ取り早いよね。だってあれは隣国の次期皇太子妃に横恋慕してるってことでしょ?一国の王子が。それを知った人が外部に漏らしたら一貫の終わりだもんねえ!婚約者のいる、しかも相手は皇太子、そんな人に一国の王子が横恋慕。その上あの絵たちはストーカー行為と言っても過言じゃない。少女マンガのような生温い取り合いとかじゃなくて、下手したら国際問題に発展だからね?!それを教えたら信頼してますってことにはなるよ。なるけど!!
「うああぁぁぁーーーーー!!」
ベッドをゴロゴロジタバタしながら悶える。絶対うるさいけど許して。これだけは許してほしい。思い出すだけで恥ずかしすぎる。だいたい私が別人だと認識してるからってあそこまで赤裸々に言わなくていいでしょ!てかエド兄と互角かそれ以上だよ!エド兄から言われるのは日常茶飯事のことだったから慣れてたけど、あれはダメだ!破壊力がありすぎる!他の人から言われるだけでも恥ずかしいのに、セルシュヴィーン様みたいな美人から言われたら余計恥ずかしいだろうがっっ!
それよかあれらはいつどこで手に入れたの?!私あんなの描いてもらった覚えない!記憶に一切ないんだけど!
「てかなんであの人があんな事言ってんの!私何かした?!あの時会った記憶って学園のときぐらいなんですけど!!」
枕に顔を押し付けながら叫んでいると、段々落ち着きが戻ってきた。そしてはっと我に返る。
突然護衛対象置いて逃げ出してきちゃった……。ヤバい……!!戻らなくちゃ。
赤くなっていた顔はさっと血の気が引いて青くなる。急いで乱れた服装や髪を整えると身体強化をしてあの部屋へ戻る。
扉の前で深呼吸をする。落ち着いて。取り乱さない。私はメルスティアだ……。
扉に手をかけようとすると内側から開いた。そこにはジルベルトが立っていて、招き入れられる。
「まさか逃げ出すほどとは思わなかった。気持ちはよく理解できる。できすぎる。私はあの女性のことを知らないし、私は男であって自分のことでもないのに恥ずかしくなるからな」
ちらりと見上げると、ジルベルトの頬が心なしか色付いている。セルシュヴィーン様スゲェ……。
「だがもう逃げるな。自分のことではあるまいし。最初に言っただろ、諦めろ」
そんな鬼畜なぁ……!そしてその目はここでするような目なの?無表情でなに考えてるか分かんない筈なのに、何もかも、あらゆるものを全て諦めて悟りでも開いたかのような凪いだ目……。苦労してきたんだろうな……。
「戻ってきたね。逃げなくてもいいじゃないか。君がクリスティーナ嬢であるわけでもないのに」
セルシュヴィーン様は私と私を交互に見ながらそう言う。いや、モノホンここにいますが……。本人じゃないジルベルトでも、そう、あのジルベルトでさえも恥ずかしくなるんだよ。逃げ出すのは勘弁して……。
「まあ、似ていなくもないが髪色が違う。それに何より魔力が違うから本人ではないことぐらい分かる」
そりゃ本人ですから似てるよ。てか、私の魔力覚えてたのこの人は……?!最後に会ったの何年前だと思ってるの。寒気がして背中がゾワゾワする。ああ、魔力の質を変えられるようになっておいて良かった!
「殿下、クヴァシルにいらしていたのはいつでした……?」
確か三年前だよね。まさかその後会いましたとかないよね?
「約三年前だよ」
うわー、よく覚えてられるよ。どんだけ記憶力いいんんだ。
「その、これらをどうやって手に入れたのですか?これだけの量があると一度では持って来れないでしょう?」
部屋の壁一面にあるたくさんの絵に若干引きながらも尋ねる。正直これがとても気になるのだ。描いてもらった覚えのない絵。私の知らないどこかで写されてるのかもしれない。
「伝がある。«真白親衛隊»と«真白の会»だ」
「は?」
全く聞き覚えのない言葉に思わず素が出てしまう。私親衛隊あったの……?てか何その会……。
「親衛隊は某子爵家令息を隊長とした令息によって構成されている親衛隊だよ。公爵、侯爵、伯爵ほどになれば表立って活動できないだろう?そういった家の令息は金銭面で援助をしている。会の方は某伯爵令嬢を会長とした令嬢たちによって構成されている。公爵、侯爵令嬢はエドルグリード殿の側妃になるように親から言いつけられているために表立って活動できない。だからこちらも同じように金銭面で支援しているらしいよ」
なんですって……?!私知らない。私が気づかなかったってことは暗殺者や密偵とかの隠蔽・隠密よりも気配や情報隠すの上手いってことだよね。諜報員とかいけるレベルじゃん!貴族が何やってんの!
「3ヶ月に一度クリスティーナ嬢の情報や絵などを受け取っているんだ。勿論私も金銭面で支援しているよ。明日か明後日ぐらいに届く筈だ」
おい!第二王子が何やってんの!!てかその金どっから出てんの!まさか国庫からとか言わないよね?民の血税からとかないよね?!
突っ込みたいのをぐっと堪えて別のことを尋ねる。
「検問は……」
「ああ、それなら問題ない。受けなくていい方法で受け取っているから」
いやいやいやいや!それダメでしょうが。確かにこれら検問されたら色々露見してヤバいことになると思うよ?でももしその親衛隊とか会の人たちがケリドウェンに政とかの情報流すようになったらクヴァシル終わる!
秋の過ごしやすい気候の筈なのに額に汗が垂れてきた。うん。わかってる。冷や汗だよ。ああ、やだ。これ以上深く考えたらダメな気がしてきた。もう止めよう。ジルベルトが言うように諦めよう。
セルシュヴィーン様はクリスティーナの絵を愛おしそう見ている。隣のジルベルトを見倣って羞恥心に負けないよう、無心&無表情で待つことにした。私が悟りを開く日は近いかもしれない。
セルシュ、ストーカー疑惑。ジルの無表情の理由はこれもあるかもしれない。そしてやっと書けた真白親衛隊と真白の会!真白親衛隊大好きです!彼らの閑話が書けると思うと嬉しすぎます!
次話は親衛隊から届く情報です。メルよ負けるな。頑張れ!