何故か昇進してしまった……
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セルシュの口調がやっと定まったので、ちょっとずつ今までの分の改稿をしていきます。内容は変わらないのでおきになさらず。
ああ、のどかな朝だ。夏の蒸し暑さはとっくに去っていて、秋の心地よい風が頬を撫でる。騎士寮の部屋の窓を全開にして少しずつ顔を出し始めている朝日を眺める。
すごくポエミーなことをしているけど、こんなことをしてでもいないとやってられない。正直逃げたい。脱兎のごとく逃亡したい。昨日の話が全て夢だったら良かったのに、なんて思っても、胸元の重みが二倍になっているのは事実。元々聖騎士でもあるから、聖騎士のブローチが付いていたんだけど、そこにもう1つブローチが増えた。第二王子の専属護衛騎士だと示すブローチ。首から提げている身分証とは別に、一目で分かるように付けておかなければならないのだ。これでローブにまた穴が増えた……。あーあ……。
トボトボと歩きながら階下の食堂へと向かう。こういうときはやけ食いでもするかな。いや、したら仕事にならないか。これはもう吹っ切れるしかないのかな。
「あれ?メルちゃんだ!」
食堂の扉の前まで来たところで背後から声をかけられる。この聞き覚えのあるというか、ほぼ毎日聞いているこの明るい声は……。
「やっぱりアミュだ。フィーもいるね。おはよう」
声のした方を見ると、予想通りピンクのポニーテールをピョンピョン跳ねさせているアミュと、その後ろを少し寝不足そうな顔でついてきているフィーがいた。
「おっはよー、メルちゃん!」
「メルちゃん、おはようございます」
憂鬱な心を吹き飛ばすような勢いのアミュに感謝したくなる。
三人で朝食を受け取り席につくと、アミュが目玉焼きを頬張りながら尋ねてきた。
「んぐっ……。メルちゃん今までどこにいたの?食堂来てもいなかったから心配してたんだよ?」
どう答えたものか。コーヤッツの件は極秘事項として箝口令が敷かれることになったから、正直に言うことなんてできない。いや、正直に言えるか。
「ちょっと体調崩しちゃってね。寝込んでたの」
うん。嘘は言ってない。グロいの見たのと呪術のせいで気絶して医務室で寝込んでた。軽い調子で言うと二人とも信じてくれたようで、そんなことだったのかと笑われた。
「そういえば聞きました?セルシュヴィーン殿下の専属護衛の方が辞職したらしいって」
あー、実際には殉職ね。しかも護衛としての職務中じゃなくて、スパイとしての職務中のね。二人より知ってると思うよ?その真っ只中にいましたから。
「あ、聞いたよ。自国に帰るとかなんとかって。他国から来てセルシュヴィーン殿下の護衛までしてたってすっごく優秀な人だったんだろうね。メルちゃんは何か知ってる?」
うひゃ~!こっちに話振らないで!これこそ何て答えよう。ああ!何も新しい情報出す必要ないか!
「二人と同じぐらいかな。……あ、そろそろ時間だから行かなくちゃ。ごちそうさまっ!」
何気なく食堂の壁時計に目をやると、もうすぐ9の鐘が鳴りそうだ。慌てて食べ終えて席を立つ。
「収集でもかかってるの?」
不思議そうに見上げてくるアミュに苦笑いを浮かべる。そんな優しいもんじゃないんだなぁ。
「う~ん、それだったらどんなに良かったか……。呼び出しに近いかな。もう行かなくちゃ。じゃあね」
返事を待たずに食器を魔法で返却口まで飛ばし、セルシュヴィーン様の執務室へ急ぐ。
「誰に呼ばれたのかな。そんなに嫌な人だったのかな」
「嫌かどうかは分からないけれど、誰に呼ばれたかは分かりましたよ。セルシュヴィーン殿下ですね」
「えっ?!何で分かったの?!」
「アミュは見てなかったのですか?メルちゃんの胸元、ブローチが増えてました。しかも専属護衛騎士の。紋章は第二王子のものでしたよ」
「うわ~。すごいね」
私が去ったあと、二人がそんな会話をしていたなんて知るよしもなかった。
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約束の時間より早めにセルシュヴィーン様の執務室に着くと笑顔で迎え入れられた。
「おはようメルスティア。正直逃げるかと思っていたよ」
どうやらセルシュヴィーン様には私の心はお見通しらしい。逃げたかったけど貴方に逆らえませんからねこっちは。ええ、そうですよ!逃げられないんですぅ!だから仕方なく来てやったんですよーだ。
内心を悟られないように曖昧に微笑んでおく。
「これでも聖騎士ですから」
そう言うとセルシュヴィーン様にフッと笑われた。どうせ思ってもないことを、とかなんとか思ってるんでしょ。確かにそうですが!
セルシュヴィーン様の執務室は壁全体が本で埋まっている。床から天井までびっしりと並んだ本は分厚いものばかり。読む気失せるやつだ。壁が見えているのは扉の横と窓付近ぐらい。クリーム色の壁なので本たちから感じる威圧感が若干和げられている。
セルシュヴィーン様が向かっている執務机は立派なもので、深い色合いで落ち着きがある。その上に重ねられた紙の山は見なかったことにしたい。クリスティーナだったころのお父様の執務室みたいだ。お父様はお母様に時々無能が多すぎるせいで自分が困るってぼやいてたっけ。セルシュヴィーン様の場合は立場的に仕方ないんだろうけど。
執務机の前に、ローテーブルを挟んで向かい合うように置いてあるソファーはすごく柔らかそうだ。絶対フカフカしてる。低反発なのかな。
「まずはメルスティア、これから宜しく頼むよ。専属護衛だから城外では基本的に私についてもらうけれど、城内ではシフト制だ。詳しくはジルと話し合ってくれ」
部屋の中をしげしげと眺めているとセルシュヴィーン様が専属護衛騎士の説明を始めた。城から出るときはセルシュヴィーン様に絶対についてなきゃいけないけど、城内では第一、二番隊、別名護衛騎士隊の騎士たちと交代しながら護衛につくらしい。そりゃそうだ。そうじゃければ私たちが休めない。ブラックどころじゃすまなくなるからね。下手したら死ぬって。
一通り説明されたので、ずっと気になっていたことを訊いてみた。
「なぜ、私なのでしょうか。私のことをクヴァシルからの間者ではないかと疑っていましたよね?」
そう。最初からあんな真実薬入りの紅茶が振る舞われたりするほどに私は疑いをかけれていたのにあの事件であっさり掌返し。専属護衛騎士なんて王族に近い位置に配置される。実力はもちろんのこと、信頼がないとやっていけない職業なのだ。
「信頼できると判断したからね。勿論君が言う通り、間者ではないかと疑っていたよ。でもそうではないと分かったからこそ今君はここにいる。ああ、これでも信じられないと思うからちゃんと信頼の証としてこの後あるところに向かうつもりだ。私の秘密を共有してもらう」
一体何を判断材料にしたのか。てかセルシュヴィーン様の秘密って何よ。なんか面倒臭そうなんだけど。
「何を判断材料にしたのですか?」
「そうだね。例えばコーヤッツについてかな」
セルシュヴィーン様は優雅に首を傾げて微笑んでいる。何故か楽しそう。
「前回の件でしたら、貴方の専属護衛騎士の座を手に入れるための行動だったのかもしれませんよ?全面的に協力する姿勢を見せておいただけなのかもしれません」
そう言い返すとクスクスと笑われる。本当に楽しそうだなおい。セルシュヴィーン様が笑いながらジルベルト様に目を向けると、ジルベルト様が口を開いた。
「『コーヤッツの立ち位置が不自然』。それを助言してきたのはお前だ」
あ……。そんなこと言ったね。うわ、言わなきゃよかった。今更後悔してももう後の祭り。しかもそれ言ってる時点で、自分がコーヤッツと同じ目的でセルシュヴィーン様に近づこうとしていたら自分が不利になるもんね。失敗した。
落胆しているのが分かるのか、セルシュヴィーン様は楽しそうに私を見ている。性悪め……!
「まあそんなところだよ。さて、メルスティアも来たところだし行こうか」
すっと立ち上がったセルシュヴィーン様は心なしかさっきよりも楽しそう、というよりかは嬉しそうに見える。おそらく行き先はセルシュヴィーン様の秘密とかいうやつだろう。
「本当に行くのですか?本当に?」
それに対してジルベルト様は不安そうだ。一体何が待っているのか。
「ジルベルト様?セルシュヴィーン様の秘密はその、危ないのですか?」
普段は全く取り乱さないジルベルト様の様子にこっちまで不安になってくる。
「私たちは同僚だから敬称も敬語もいらない。コーヤッツには見せていないところだから殿下が信頼するということを示すためなんだろうが、正直お勧めはしたくない。でも殿下を止められそうにないから諦めろ」
え……?ジルベルト様、いや、ジルベルトが饒舌なんですけど。しかもその生け贄を見るような憐れみの目は何?余計不安になってきた。しかもお勧めしたくないって、セルシュヴィーン様は一体何を隠してるの?!
「心外だよジル。そう言わないでくれ。さ、行こうか」
セルシュヴィーン様は大袈裟に肩を竦めると颯爽と歩き出した。
そうして連れてこられたのは3階のとある部屋。この辺りは普段から人通りが少ないのもあって、この階で会った人は0。てかここって……。
3階のとある部屋。覚えている方はいらっしゃいますか?実はこれ、一度出てきているんです。
次話は部屋の中へと突入!メルは護衛騎士最初にして最強の壁にぶち当たります(笑)そしてセルシュの秘密とは……?ヒントはジルが動揺する、過去に一度出てきているです!