起きたら全てがおわっていた
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うっ……。頭痛い……。ズキズキするや。てか今何時だっけ。早く起きないとそろそろヒルシュが起こしに来るんじゃ。今日はエドルグリード様と何かあったっけ……?
「……でん……。後遺し……ん。……に目を……しょう」
あれ……?聞いたことない女性の声だ。新しいメイド、でもなさそう?そうなら私に聞こえるような声で話はしないはず……。それより、眩しいかも。
目を閉じていても感じる光に完全に目が覚め、ゆっくりと重い瞼を持ち上げる。すると、目の前には真っ白な天井が。
天外がない……。
「目が覚めましたか」
右の方から声をかけられた。その声は間違いなく男性のもので、一瞬身体が硬直する。なんで私の部屋に男性が……。
なぜか痛む身体を起こして声のした方を見ると、そこには金髪碧眼の中性的な顔をした麗人と、一つに纏められた青みがかった銀髪に琥珀色の目をした美丈夫がいた。見たことあるようなないような……、と思わず眉を潜め軽く下を向く。すると、さらりと肩から流れ落ちてきた髪が目に入る。黒い。なんで?私の髪は銀髪じゃ……。
「……メルスティア?どうかしましたか?」
メルスティア?私はクリスティーナ・フォルセ……。ああ!私はメルスティアだ。そうそう。忘れてた。危ない危ない。これで私はクリスティーナですが、なんて言った暁には国に戻されちゃうよ。まあ、死人が戻ってくるなんてあり得ないから、ただの戯言としてとられるかもしれないけど!あれ?なんで忘れてたんだっけ?
思い出そうとすると、頭に軽く痛みが走る。思わず頭に手を添えると、金髪碧眼の麗人ことセルシュヴィーン様が心配そうな声をかけてくる。
「メルスティア?私たちのことは分かりますよね……?」
「はい。ケリドウェン王国のセルシュヴィーン・ケリドウェン第二王子殿下と聖騎士ジルベルト・プリアモス様です。大丈夫です。覚えています」
思い出すような素振りを一切見せずにさらりと述べると、セルシュヴィーン様は軽く頷いた。そしておもむろに私のいるベッドの横に歩いてくる。……ん?ベッドだと……?改めて自分の置かれている状況を確認する。白い天井に白い壁、白い床。白を基調としたテーブルと椅子に、ガラス戸のついた棚。中にはいくつもの液体や錠剤の入った瓶が並んでいる。そして私がいるのはベッドの上。窓も大きめのものが二つ。ここはもしかしなくても医務室か。
「倒れる前のことは覚えてるか?」
すでに用意されていた椅子に腰掛けたセルシュヴィーン様が真剣な表情で問いかけてくる。いつの間にやら人払いがされていたらしく、部屋には私とセルシュヴィーン様、そしてジルベルト様の三人だけ。セルシュヴィーン様の口調が崩れてるわけだ。
でも倒れる前って……。私は倒れてたのか。う~ん、覚えてるかな。
記憶を遡ろうとすると、先程よりも激しい頭痛に襲われる。急な痛みに思わず顔をしかめ、頭を抱えてしまう。
「っ……」
「思い出せそうにないか」
「身体が拒否反応を起こしているかもしれませんね。もしかするとあのような光景を見たのが初めてだったのかもしれません」
そんな私の様子を見たセルシュヴィーン様とジルベルト様は顔を見合わせた。ジルベルト様がなぜか饒舌だ、などと呑気なことを考えてしまう。ジルベルト様の言い様からして、私は何か惨いものでも見てしまったのだろうか。
「どうにも思い出せそうにないので、記憶を見せていただけますか」
ダメ元で申し出ると、それが早いかもしれない、とあっさり許可が出た。
さすがにセルシュヴィーン様の記憶を覗くなんて大胆なことはできないので、ジルベルト様の記憶を覗かせてもらう。ダイジェストでジルベルト様の記憶を見ると、自分の記憶がぶわっとよみがえってきた。それと同時に、ものすごい吐き気も込み上げてきた。咄嗟に両手で口元を抑え耐えようとする。それでも逆流してきたそれは戻ることなく口の中までせり上がってきた。
「メルスティア!」
セルシュヴィーン様が急いで立ち上がって近くにあった木製のバケツを差し出してくれる。それを奪い取るよう受け取り、二人に背を向けて、なるべく音がたたないように吐き出した。ツンと鼻をつくような酸っぱい臭いが部屋に広がりそうになったので、魔法でバケツの中身と口の中、そして部屋の空気を浄化する。
「魔法を使っても平気なのか?」
抑揚のない声の中に若干の心配を滲ませながらジルベルト様が声をかけてくる。
「はい。魔力だけは有り余っていますから。それより、あの後どうなったのですか?」
今まで寝ていたこともあり、魔力だけは本当に有り余っていた。そんなことよりもあの後コーヤッツたちがどうなったのかを知りたい。
「あの後彼らは死んでしまった。為す術は何もなかった。あの時、メルスティアはカンジャスに魔法をかけようとしただろう?それが弾かれた上にその魔力量分の攻撃がメルスティアに返ってきた。間違いなく、あれは呪術だ」
死んでしまった……か。敵だったから仕方ないと割り切るべきなのかな。正直今まで前世でも今世でも人の死とかが身近になかったから、どうしていいのかわからない。曖昧な表情を浮かべていると、ふとセルシュヴィーン様の言葉に引っ掛かるものがあった。
「呪術ですか……?」
魔法はあるし使える。でも呪術なんて聞いたことない。てかすごく物騒な気がするのは私だけ?危ない宗教みたいに生け贄とか用意してそうじゃん。
「ああ。ガルディス帝国は分かるだろ?あの国に伝わる術。魔力ではなく人の生命力を使うんだ。大掛かりなやつには生け贄も使うらしい。前の戦争で失われたと思ってたのにな。とんだ誤算だった」
あ、本当に生け贄使うんだ。顔がひきつった私を見て、セルシュヴィーン様は付け加える。
「ちなみに、調べた結果コーヤッツたちに使われてたのには生け贄は使われていなかった」
左様ですか……。でも生け贄が使われていようがいまいが、コーヤッツが死んだことには変わりない。気にしすぎる必要もないかもしれない。……ん?
「殿下、今調べたって言いましたよね?」
ちょっと言葉が崩れてるが気にしない。これ結構重要かもしれないから。
「ああ、言ったな」
心なしか楽しそうに口の端が上がって見えるのは私だけだろうか。嫌な予感しかしないんだけど。
「私が倒れてからどれ程時間が経っているのでしょうか?」
「丸二日だ。そして今は三日目の日が暮れようとしている」
うそん……。マジですか。私丸二日も寝てたってことですか。うわ~、情けないよ。てか、道理で私の服が変わってるわけだ。今はローブとかが脱がされて寝やすいワンピースにされている。さすがにネグリジェとかにされてはないけどね。
「私はどうやってここに来たのですか?」
ついでにさっきから気になっていたことも聞く。自力でここまで来た記憶ないしね。
「殿下が運んでくださった。感謝しろ」
んなっ!!それどういうこと?!誤解を招きかねないんですが?!ねぇ、ジルベルト様?!真顔で爆弾投下するのやめてもらえません?女子が一度は憧れるあのシチュが頭をよぎるんですがね?!ええ、あり得ないでしょうけどっ!!
突然口を開いたと思ったら変な言葉の選び方をしてくるジルベルト様におおいに動揺させられる。カチコチに固まって目だけでセルシュヴィーン様に助けを求める。翻訳お願いします。
「おいジル。誤解するようなこと言わないでくれ。ただの転移だから安心して」
セルシュヴィーン様が苦笑いをして実際のことを伝えてくれる。案の定、そんなシチュはなかったみたいだ。
ですよね~。そうじゃないとおかしいもんね~。
「ああ、そうだ。言うのを忘れていたが、寝てる間に私の専属護衛騎士になっているから」
今しがた思い出したように唐突に言い出したセルシュヴィーン様。
「……は?!」
言葉の意味を理解するのに時間がかかって反応が遅れた上に、驚きすぎて完璧に猫が剥がれ落ち、素が顔を出す。
いや、は?……へっ?!はぁああ?!
「っふ!何その反応。面白いよ?」
実に黒い笑みのセルシュヴィーン様はとても愉快そうに口に手を当ててクツクツと笑っている。
「いや、は?……ンンッ!私を疑っていましたよね?」
誤魔化すように質問をぶつける。すると笑うのをピタリと止めたセルシュヴィーン様が答えてくれる。
「やはり気付いていたか」
「当たり前ですよ。初対面で真実薬入りの素敵な紅茶の歓迎を受けて気付かないわけがありません。その後もいろいろ探られていたようですし?」
クリスティーナの時に日本にはなかった植物に興味を持って、いろいろ集めてたからわかっただけだけど。そういえばあっちの温室に全部置いてきちゃったな。今度取りに行こっと。
「たいしたものだ。紅茶の件は既に知っていると伝えてくれたけど、探られているのにも勘づかれていたとはね。恐れ入った」
完敗だと言わんばかりにヒラヒラと軽く手を振られた。探られているのは最初の方は全然気がつかなかったんだよね。あまりにも手練れだったからするする情報取られてたっぽいし。気が付いてからは猫ちゃんで対処した。結構楽しかったかな。でももうしたくない。めんどくさいし。
「……恐悦至極に存じます。敢えて言わせていただくなら、クヴァシルでは女性は密偵や暗殺者にはなれませんよ。使えないと思われてますから」
大袈裟にお礼を言って情報をちらりと出す。この情報はクヴァシル皇国内でも知っている人よりも知らない人の方が多い。色仕掛け云々とか考えたときに女性の方が使えるって思っている人が多いから。もちろん私的な密偵や暗殺者には女性がなっていることもあるけど、国直属の部隊などには男性しかいないのだ。
「よく知っているな」
「お仕えしていた方のために調べましたから」
なんて勿論自分のためですが何か?そしてついでにこの情報で私を専属護衛騎士にしたことなんて忘れてくれ。
「まあ、それでも決まったことは変わらないからな。既に父上たちも了承済みだ」
まるで私のの心を読んだかのように笑うセルシュヴィーン様。チッ、誤魔化されてはくれないか。
「起きたばかりだし、今日はゆっくり休んで明日、私の執務室へ来てくれ」
そう言って微笑むとジルベルト様を伴ってセルシュヴィーン様は優雅に医務室から出ていった。それと入れ替わりに医師が入ってくる。私の体調を診るようにとセルシュヴィーン様に言付けられている。
どうやら私はどうしようもないらしい。もう諦めなければならないのか。あ~、お腹空いたな~。甘いもの食べた~い。
せめて今だけは現実逃避させてくれ、と美しい夕焼けに死んだ魚のような目を向けることしかできなかった。
メルはセルシュの専属護衛騎士に昇進です。そしてジルよ、君は言葉足らずな人だったっけ?キャラ大丈夫?ジルのキャラがこれからどこに向かっていくのか心配です。初期設定からかけ離れていく……(T_T)
次話はセルシュ視点でエピローグです。