刺客の目的
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流血表現、及び残酷な描写 (というよりかはグロテスクなでしょうか)があります。一番下の後書きに内容をざっとまとめていますので、苦手な方はそちらをご覧ください。
魔王の笑みはコーヤッツに向けられているんだけど、そのコーヤッツの後ろには私もいて。私にも向けられているような感覚だ。
「メルスティア殿、牢への転移を許可します」
セルシュヴィーン様の許可が出たので私とセルシュヴィーン様とジルベルト様、そしてコーヤッツの四人を地下牢に転移させる。
地下牢には昨日捕まえたあの男もいる。その向かいにある牢を牢番が開けてくれた。その中にコーヤッツを押し込む。力が抜けているようで、軽く押しただけで中に倒れ込んだ。牢の床は囚人の脱獄を防ぐため、囚人が死なない程度に魔力を吸い取るような構造になっている。コーヤッツの魔力が段々と吸いとられていくのが分かった。
「カンジャス・コーヤッツ。どこの指示です?」
セルシュヴィーン様の冷え冷えとした問い掛けに、コーヤッツは無言を貫く。その代わり、キッと鋭い視線でセルシュヴィーン様を射ぬいている。その赤い目は、もはや瞳と言えるような輝きはなく、鈍くどす黒い執念のようなものだけが蠢いている。
「もう一度問います。どこの手の者ですか?答えなさい」
セルシュヴィーン様が声を低くしてコーヤッツに迫る。迫ると言っても格子越しだ。それでもなお、コーヤッツは無言を貫こうとし、一層鋭い視線をセルシュヴィーン様に向けた。
二人の無言の圧し合いが続く。やがて、コーヤッツが観念したように口を開いた。
「……ガルディス帝国」
「!!」
セルシュヴィーン様の身体が強張り、私の心臓が跳ねる。横にいるジルベルト様も驚いているだろう。ガルディス帝国。まさかこの名がここで出てくるとは。
かつてケリドウェン王国とクヴァシル皇国が一つの国だったとき、その国とガルディス帝国とは敵対し、何度も戦争をしていた。互角の国どうしの戦いであったため中々決着がつかず、結局停戦となった。その停戦中にケリドウェン王国とクヴァシル皇国に別れてしまったため、この戦いは有耶無耶になっているというのが現状。
今ガルディス帝国からの暗殺者が、しかもケリドウェン王族へと暗殺者がここにいるということは何を意味するか。これが公になった瞬間、ガルディス帝国側が停戦条約を破ったということで、恐らくクヴァシル皇国も巻き込んだ全面戦争になるだろう。一体ガルディス帝国は何を考えているというのか。
「目的は?」
セルシュヴィーン様が平生を保って尋ねる。恐らく心の中では動揺しまくっているか、ブリザードが吹き荒れているだろう。いや、セルシュヴィーン様のことだから既に謀を始めているのかもしれない。
そんなセルシュヴィーン様に対し、コーヤッツはまたもや無言を貫く。この世界には黙秘権なんて存在するのかな。なんて呑気なことを考えている場合ではないことは分かっているけど、何か居たたまれなくて思考がそっちへ行ってしまう。
そんな張りつめた空気を破ったのは地上からこの地下牢へ降りてくる足音だった。足音は三人分。一人は何度も階段に足を打ち付けているようだ。恐らく、コーヤッツの協力者だろう。
予想通り、入ってきたのは二人の警羅に腕を捕まれた男だった。服装からして城の結界管理を任されている宮廷魔法使いだろう。この人が今日城の結界を破るはずだったのか。
その男は私たちの奥にいるコーヤッツを目にすると、離れている私たちにも聞こえるほどの歯軋りをした。仲間であることは間違いないみたい。あまりにも分かりやすい反応に呆れそうになる。
その男はコーヤッツのいる牢から3つ分離れたところに入れられた。
「改めて訊きます。目的は?」
仕切り直すようにセルシュヴィーン様がコーヤッツに向き直り尋ねる。居心地悪い空気の中にセルシュヴィーン様の低く冷え冷えとした声が響いた。
やはり何も答えないコーヤッツにだんだん苛立ちを覚えてきた。こっちが歯軋りをしたくなる。いい加減吐けばいいのに。苛立ちで私の魔力が揺れそうになった瞬間、ジルベルト様から殺気が私に向けられた。咄嗟に我に返り、心を落ち着かせる。危ない。こんなことで魔力が揺らぐなんて……。クリスティーナだった頃ならこれくらいの感情のコントロールなど容易かったのに、今ではそれさえも上手く出来ないらしい。少し意識しておかなければ。
やはり何も答えないコーヤッツに辟易としてきたのか、セルシュヴィーン様がゆっくりと息を吐いた。
「……上の命令だ。切れ者の第二王子は邪魔だとさ」
セルシュヴィーン様が息を吐き終わると同時にコーヤッツが固い口を開いた。切れ者の第二王子は邪魔。切れ者が居ては困る。つまりは……。
「ガルディス皇帝ですね?再戦の宣戦布告と捉えますよ」
『宣戦布告』。はっきりとそうセルシュヴィーン様が言った。そのセルシュヴィーン様の反応に対して何が面白かったのか。コーヤッツはフッと鼻で嗤った。その目には嘲りの中にうっすらと憐憫が映っている。そしてその奥には絶望か諦めか。
「ご自由にどうぞ?俺は命令に従ったまでだ。対象にばれた以上しょうがない。……っ!!」
コーヤッツがそう口にした瞬間、コーヤッツ及びその仲間であるだろう者たちが苦しみ始めた。
まるで身体の内側から蝕まれていくみたいに口を苦渋に歪め、目をひん剥き、胴体を異様な方向に捻らせている。脚は痙攣を起こし浜に打ち上げられた魚のようにビクビクと不自然に跳ね、腕は脚と同じく痙攣しながらも喉元に持ち上げられていく。身体の制御がきかないのか、ひん剥かれた目は充血し始め、これ以上ないほどどす黒い赤に染まると、目尻から悲しいと言わんばかりに赤黒い涙をポタリポタリと流し始めた。その滴が歪んだ口元に達しても、水気を失った唇を伝ってその中へと落ちていくだけで、口が閉じることはない。
非人間的な姿に一瞬で成り果てたコーヤッツたちに唖然とすることしか出来ない。正常な判断ができず、石像のように思考回路も身体も固まる。
「ジル!メルスティア!コーヤッツだけでも死なせるな!」
セルシュヴィーン様が声を荒げ、私たちの名を呼んだ。その声に金縛りが解けたかのように身体が動き始めた。指先で牢の方向に治癒を込めた光魔法を弾き出す。勢いよくコーヤッツに向かって飛んでいった魔力は、牢に弾かれて消え失せた。
ああっ!牢には結界が張られているんだった!
極々当たり前のことを忘れるぐらい気が動転しているらしい。私が魔法を放ったのに気づいたジルベルト様は急いで牢の扉を開けに行く。
「メルスティア頼む!」
ジルベルト様が扉を開けた瞬間、その隙間から中へと入り込み、自分がかけられる最高の治癒魔法をコーヤッツに、ありったけの魔力を込めて打ち込んだ。
バシッ
短く鋭い音がして、私の身体に雷に打たれたような衝撃が走る。脳天から足の爪先まで、一気に言葉では表せないような激痛が走った。激痛が一瞬で私の身体を駆け抜けると、あまりの痛さに痛覚が麻痺どころか失われたかのように痛みが消え去った。しかし、その痛みの余韻は残っているらしく、身体から力という力が全て抜け落ちる。思考が定まらなくなり、脳がショートでも起こしたかのように真っ白ではなく、真っ暗になる。腕、脚、首、指、全てが筋力を奪い去られたとでもいうように力が入らず、その場に崩れ落ちた。終いには瞼を開けておく力さえ残っていない。魔力を偽装するための魔力や、髪の色を変えている魔力は正常に働いているというのに。
ボトボトボトッと大量の何かが落ちる音と、つんと鼻を突く錆びた鉄の臭い、そして薄暗いジメジメとした牢の天井の光景を最後に、私の意識はフェードアウトした。
ざっとまとめた内容↓↓
コーヤッツはかつてケリドウェン、クヴァシルと対立していたガルディス帝国からの刺客でした。帝国からの指示で動いていたとのこと。宣戦布告と捉えようかと言ったセルシュヴィーンに自由にしろと言ったコーヤッツと、その仲間たちは突然苦しみ出す。コーヤッツだけは死なせるなというセルシュヴィーンの指示の元、コーヤッツに治癒をかけたメルスティアは、激痛に襲われフェードアウト。
ようやくここまで来ました!あと二話♪(のはず)
次話はメルスティアが目覚めるところからです。メルスティアがフェードアウトした理由とは……?そして目覚めたメルスティアに告げられることとは……?