パン屋に再就職
ブックマークありがとうございます!
«新米聖騎士»の章終了まであとちょっと(´∀`*)
「パン出来立てですよ~!」
翌日、朝からジルバのパン屋へと向かった。事情は昨日のうちにエミリーから話してあるらしく、すぐに仕事に取りかかれた。
私がギーラさんと店の準備をしている途中でインディがやってきて、私を目に留めるとこれでもかというくらい目を擦っていた。だから今のインディの目はものすごく腫れている。治癒をかけようか尋ねたけど、頑なに断られた。魔法が苦手なのかな。
パン屋の日常に戻り、たくさんの常連さんから本当に看板娘になったのか、とニヤニヤしながら聞かれた。なんでニヤニヤしてるのかよく分からなかったけど、短期就職ですって答えた。その後何があったか知らないけど、一日中インディが負のオーラを漂わせていたとかいないとか。
人が混むお昼時の時間帯を過ぎ、パンもほとんど売り切れてしまっている。ジルバのパン屋は最近生地が格別に柔らかくなって人気が急上昇中らしい。私も賄いで食べさせてもらったけど、とっても美味しかった。
厨房には新しく人が入っていて、インディから酵母の使い方を教授してもらっていた。インディが酵母を使いこなしてくれているのが分かって、あの時渡して良かったと思えた。
さて、そろそろいいだろう。お店も閉まり、インディとギーラさん、そしてインディのお弟子さんたちがパン生地をコネコネやっている。私は今から本当の仕事に移るとしよう。
亜空間から道具を取り出して厨房のはしっこでせっせと仕掛けを作る。紐を黒く染め、そこに無数の小さな黒い鈴をチマチマ付けていく。その長さおよそ五メートル。厨房の床に張り巡らすことは可能だ。いわゆるブービートラップといったところ。
訳のわからないものを根気よく作っている私をインディたちが半ば呆れたような目で見ているのは気にしないでおこう。気にしたら負けだ。だいたい、これが全く役に立たないことぐらい重々承知の上でやっている。これはただの見せかけの囮というやつ。てか犯人がこれに引っ掛かったら結構面白いよね。
「メルスティア、それ何作ってるの」
おお!とうとうインディが興味を持ったか!ちょっと嬉しくなってくる。インディは生地を練り終えたようで、手を拭きながらこちらにやってきた。
「仕掛けだよ。ブービートラップ」
隣に座ったインディに意味ありげな笑みを見せながら答える。インディは私の言った言葉の意味がよく分からなかったのか、不思議な顔で固まってしまった。えっと……、大丈夫なのかな?
ちょっと不安になってギーラさんたちに目線で助けを求めると、慈愛に満ちた笑顔で首を振られた。他の人たちは何故か生暖かい目でこちらを見ている。誰も助けてはくれなさそうだ。
「インディ?ブービートラップっていうのはね、一見無害に見えるものに仕掛ける罠で、これは夜のために作ってるから黒くしてるの」
「へ?ああ!だから黒いのか!俺もなんか手伝おうか?仕事終わったし」
ちょっと大袈裟なリアクションが返ってきた。手伝おうか、と言われても、これはあと鈴を3つ付ければ終わるんだよね。特にすることは無いっていうか……。
インディを盗み見るとキラキラした目でこっちを見ている。餌を待ってるワンコみたいだ。これは何かお願いしたほうがいいっぽいな。
「じゃあ、人形か何かでいいから置物持ってきてくれないかな。厨房に置けるやつ」
「了解!取ってくるよ」
何に使うのかなど全く聞くことなく走り去ってしまった。なんかパシりをさせてるようでちょっと罪悪感が……。それに、一応人形持ってきてたんだよね。
完成したブービートラップを横に置き、亜空間から人形を取り出す。取り出したのは金髪巻き毛の青い目をした似非ロシア人形。口、というか顎が動く仕様になっていて、二本の線が入っているのが少々不気味。今改めて見ると、これを厨房に置こうと思っていた私の神経はどうかしている。シュール過ぎて笑えるどころかいっそホラーなんですけど。
そんなことを考えながらじっと似非ロシア人形を見つめていると、ギーラさんたちが見てはいけないものを見たような目をしていた。曖昧な笑みを浮かべて人形を亜空間に急いで放り込む。
「決して呪いの人形などではないのでお気になさらず」
補足のように言うと、優しい笑顔で頷かれた。なぜだろう。誤解されている気がする。……解せぬ。
「メルスティア、これでどう?」
インディが持ってきてくれた置物を差し出す。クマさん……。テディベアのようなかわいらしいクマさんだ。首にはフリルのついた花柄のリボンが結ばれている。これなら、シュールではあるがホラーにはならないだろう。
「ありがとう、インディ。助かるよ」
見上げてお礼を言うと、照れたように顔を反らされた。インディ、お礼を言われ慣れてないのかな。
クマさんに魔法を付与し、厨房全体が見渡せる位置にセットする。厨房を見守るテディベア……。笑える。
鈴付きの紐をてきとうに床に張り巡らし、明日まで寝かせておく生地の周りに結界を張る。万が一を想定して、結構強力なものにしておいた。これで犯人が来ても生地には何もされないだろう。あとは……、生地から半径一メートルに入った瞬間金縛りにあうように魔法でトラップを張る。これで一応捕まえられるだろう。
★°٠*。☆٠°*。★°٠*。☆٠°*。
城に戻り、セルシュヴィーン様の執務室に向かう。今日は夜をそこで過ごす予定だ。あっ、別に疚しいことするわけじゃないから。監視カメラの見張り的な?それをセルシュヴィーン様とジルベルト様を巻き込んでやるのだ。
「メルスティアちゃんだぁ。今日はどこに行ってたのぉ?」
セルシュヴィーン様の執務室に向かう途中、ラスターさんとばったり出会った。なぜかラスターさんは少し大きめな荷物を抱えている。
「今日はセルシュヴィーン殿下からの任務で少々城の外へ出ていました。ラスターさんはこれからどこかへ行かれるのですか?」
「うん。そうだよぉ。両陛下が外交でねぇ、スザンナ様は元から王妃様付きだけどぉ、僕とアマリリスと総帥様もぉ、護衛についていかなくちゃいけなくなってぇ。またレティーナとライラに会えなくなるんだよぉ。全く人使い荒いよねぇ」
ショボーンと効果音の付きそうな調子だ。奥さんと娘さんだっけ?すごく仲がいいって聞いたけど、本当にそうなんだろうな。いつか会ってみたい。
「そうですか。そればっかりは頑張ってください、としか言いようがありませんね」
「うん。そうだよねぇ。頑張ってくるよぉ。はぁー、これから3日も会えないなんてぇ……」
ラスターさんはグチグチ言いながらトボトボと歩いていってしまった。
ラスターさんにアリス様に総帥様が両陛下についていくのか。一国の王と王妃が国を出るのに聖騎士四人連れていかなきゃいけないんだ。
「セルシュヴィーン殿下、メルスティアでございます」
「開いている。入ってきてくれ」
セルシュヴィーン様の執務室の扉を叩くと、すぐに返事が返ってきた。言われた通りに扉を開けると、セルシュヴィーン様がソファーを指で示していた。はいはい、そこに座れってことですね。
失礼します、とソファーに腰掛け、空中にディスプレイを出す。ディスプレイと言っても魔力で光を集めて具現化したものだから、触ることはできない。
「面白いものを出すな」
興味深そうに私の隣にやってきたセルシュヴィーン様はディスプレイに手を伸ばす。案の定その手は空を切る。それに驚いたように自分の手とディスプレイをまじまじと見つめるセルシュヴィーン様。どこの小学生かい。
「魔法ですから触れませんよ」
私の代わりにジルベルト様が後ろから声をかける。まるで子供に言い聞かせるように聞こえたのは私だけだろうか。
ディスプレイに厨房の様子が映る。今日来るとは限らない。来てくれたらラッキーなくらいだ。でもセルシュヴィーン様が来る気がする、と言ったからこうなっている。
日が沈み、22の鐘が鳴り終えた。セルシュヴィーン様は執務をこなしながら、時々顔を上げてディスプレイを確認している。私はセルシュヴィーン様の護衛といったところだ。もちろんディスプレイを監視しながらだけど。きっと監視カメラの映像室でカメラの映像を確認している人たちってすごく暇なんだろうな、と感じられた。
とその時、厨房に人影が入ってきた。どこからどう見てもインディでもギーラさんでもない。今日厨房にいた人たちでもない。ビンゴ……!
「かかったな」
フッと鼻で笑うセルシュヴィーン様。まさか本当に来るとは。
厨房にいる人影は私お手製のブービートラップを見て、こんなのに引っ掛かるかよ、とバカにしたように小さく笑い声を漏らしている。そりゃ囮だからね?気づいてもらわなくちゃ意味ないよ。でもちょっとは驚くとかしてほしかったなぁ。丹精込めて作ったのに。
「では行ってきます」
内心ちょっとふて腐れながらセルシュヴィーン様に礼をする。セルシュヴィーン様は大きく頷いて手をヒラヒラと振った。いってらっしゃい、ということだろうか。
厨房へ転移し、こそこそ動いている人影に声をかける。
「こんばんは。聖騎士がお迎えに上がりました。現行犯で連行します」
光魔法で厨房を照らしながら微笑む。犯人は生地の周りに張った結界にちゃんと捕まってくれていた。こそこそしてたのは、手首につけられた枷を外そうとしていたからだろう。突然の光に目が眩んだようで、台にガッと腰を打ち付けている。うわぁ、痛そう……。
でもこの人はちゃんと連れてかなきゃね。痛みに悶えている犯人の腕をむんずと掴むと、光を消して再び転移。
外から城の中への転移はできないので、城門の前に転移した。セルシュヴィーン様が事前に手配してくれていた警羅に手渡す前に、ちょっと犯人の記憶を見せてもらう。
ああ、そういうことか。なるほどね。
「現行犯です。牢にお願いします」
犯人を警羅に引き渡し、セルシュヴィーン様のところに向かう。明日のために準備しなければならないことができたのだ。そのためにはセルシュヴィーン様の、王族の許可がいる。それにセルシュヴィーン様にも協力してもらわなきゃだしね。
セルシュヴィーン様の執務室に着くと、音声遮断の結界を張って口を開く。
「セルシュヴィーン殿下、ご協力していただきたいことがございます──」
犯人あっけなかった(笑)
そして久々にインディが書けて楽しかったです。
次話は犯人視点及びメルスティア視点でお送りします。メルがセルシュに持ち掛けた話とは……?!