ジルベルト様のお客様
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「ジルベルト様、エミリアでございます」
……え?この声……。え?
聞こえてきた声に動揺の隠せない私をよそに、ジルベルト様は客を中に招き入れる。
入ってきた人物は、予想通りの人。赤茶けた2つ結びの、明るいクリクリとしたオレンジの瞳が特徴の小柄なロリっ子。そう、エミリーだった。
呆然とする私を見たエミリーが驚愕で固まる。どちらも固まっていると、セルシュヴィーン様が口を開いた。
「お知り合いですか?」
いやいや、お知り合いも何も!セルシュヴィーン様だって知ってるはずだ。白々しい。
睨み付けそうになるのを堪え、ゆっくりと深呼吸する。
「ジルベルト様、エミリー、いえ、エミリアをお借りしても……?」
エミリーから目を離せないまま呟くように聞く。じっと見つめる私に対して、エミリーは気まずそうに目を反らす。一体どういうことなのか。今ここにエミリーがいるということは、下町の騒動に関す情報をエミリーが持っているということ。つまりは、エミリーはこの二人に情報提供している、と。なら、私のことをこの二人がよく知っていたのは、エミリーが伝えていたから……?私の個人情報は友達が流していた……?
「構いませんよ。この空気のまま続けるわけにもいきませんから」
ジルベルト様ではなくセルシュヴィーン様が許可を出す。ジルベルト様は無表情だけど、目の奥が遺憾だと告げている。それでも王子の言葉を無下にできる訳がないので、渋々許可を出した。
音声遮断の結界を張り、セルシュヴィーン様とジルベルト様に会話が聞こえないようにする。別に聞かれたら不都合なことがあるわけではないけど、私的なやり取りを聞かれるのはあまりいい気がしない。
「エミリー……」
「違うの!ごめんなさい!その、騙すつもりはなくって!いつか言おうと思って……!」
私が名前を呼んだだけでものすごく必死になっているエミリー。私まだ何も言ってないのに……。元から詰るつもりもさらさら無かったけれど、毒気を抜かれてしまった。そして次第に笑いが込み上げてくる。堪えきれずに吹き出してしまった。
「ちょっ!メリー!なんで笑うの!」
私は真剣に……!と頬を上気させて詰め寄ってくる。ああ、変わってないな。
「だって、私まだ何も言ってない……!フッ……クッ!ああ、もうダメ。アハハハッ!」
笑いが抑えきれなくなった私は声を上げて笑う。そんな私に勢いを削がれたエミリーは、静かになってしまった。
「……ハァ。あ~、笑った!」
一通り笑い終えた私は息を整える。エミリーは自分勝手にやっている私に突っかかる。
「もう!どういう意味よ~っ!」
プクッと頬を膨らませて抗議するエミリー。小動物がむくれているようにしか見えない。かわいいんだけど……。
チラリとセルシュヴィーン様とジルベルト様の方を見れば、声は聞こえてないけれどどんなやり取りをしているかはわかるのだろう、セルシュヴィーン様は相変わらずニッコニコだし、ジルベルト様に至っては軽く口元を抑え、目を反らしている。私はその耳がほんのりと染まっていることを見逃さなかった。ほほう。そういうことね。そうかそうか。へぇ~!ははーん。
そういえば前にエミリーはジルベルト様がどうのこうの~って言ってたような?これは楽しみが増えたぞ。
「良かった。やっぱりエミリーじゃん。私何にも怒ってないよ?それで、エミリーってエミリアが本名?」
内心ほくそ笑みながら聞いてみる。エミリーは一つ息を吐いて話し始めた。
「うん。私はね、本名はエミリア・リズワイト。この国の元伯爵令嬢なの」
おう?元伯爵令嬢?もしや元令嬢仲間かな?でも家が没落した、という風でもないんだよね。もしそうなら今エミリーがここにいるわけないし。訳あり……?
「うちの家はケリドウェンの代々諜報機関を担ってて、時々情報が集めやすいように平民の、商家に身分を落としたりしてるの。ハリスが成人したらハリスを当主にして元に戻るんだけどね。だから今は平民」
やっぱり理由があったみたい。だってあのエミリーのお父さんやお母さんが粗相をするような人には見えないし。でもあの温厚そうな一家が諜報機関ね……。まあ、言われてみればみんな情報通だ。エミリーなんてそれが顕著に出てた。
「それで、今は下町の情報をジルベルト様に流すことをしてるの」
あらら?この顔は……。うん。そうだよね。うんうん。かわいいかわいい。ああっ!口がニヨニヨしてくる。
「そっかー。ジルベルト様が好きだからやってるんだね。情報渡すときに会えるもんね」
完全にニヤニヤしてるのはわかってるけど、この顔になるのは仕方ないと思う。今の私はゲスイ親父の顔してるんだろうな。
「そう見える?」
平静を装って小首を傾げるエミリーだけど、真っ赤な顔は誤魔化せていない。ああ、かわいすぎるわ。
ジルベルト様の方を見れば片手でおもむろに顔を覆っている。耳がさっきよりも断然赤い。はいはい。かわいいんでしょ。分かったから。このロリコンめ。
「顔真っ赤にしてかわいいよ」
さらりと突っ込めば両手を頬に添えて顔を背ける。その動きに合わせてツインテールがくるんと跳ねた。やっぱかわいいわ。
「それで、これからは何て呼べばいい?エミリー?エミリア?」
「エミリーがいい。エミリーはエミリアのときの愛称だし」
話が終わったので結界を解き、ジルベルト様にエミリーを返す。その時には二人とも元通りになっているのが面白くない。
「先日の件ですが、また細工がなされていたようです。その前夜に取り扱い店周辺で怪しい人物を見たとの情報が上がっています。パン屋の方はここ数日何もありません。そろそろ動きがあるかと思います。一応警戒するようにとの情報は流していますが、これ以上は我々だけではどうしようもないかと」
エミリーの報告が終わると、セルシュヴィーン様が私に向き直った。
「というわけですので、メルスティア殿に協力を仰ぎたくここに呼びました」
エミリーがいる手前、かしこまった話し方だ。
私に協力してほしいときたか。下町のことだから私が適任なのはわかる。でも、聖騎士を向かわせるほどのことだろうか。他にも平民出身の騎士はいくらでもいるはずだ。なのに私を向かわせるって。
「お言葉ですが、私が行く必要はあるのでしょうか?他の騎士にその店ごとに護衛についてもらう、という手もあるでしょう」
そうなると少々、いや、かなり仰々しくはなるだろうけど、充分犯人への牽制にはなるはずだ。
セルシュヴィーン様がそれを考えないとは考えられない。
「もちろんその手もあります。ですがきな臭いのですよ」
セルシュヴィーン様は優美な笑みを浮かべて手を組み、その上に顎を乗せてゆっくりと首を傾げた。ちょいと黒いのは気のせいだろうか。
「勘、でしょうか?」
「そうなりますね。でも私の勘はよく当たりますよ?」
でしょうね。クリスティーナ時代にセルシュヴィーン様と会ったときはよく『ここにいらっしゃる気がして』という勘だけで私とエドルグリード様のところまで来てたもんね。
「疑ってなどいませんよ。殿下からの御依頼です。全うさせていただきます」
敬礼してセルシュヴィーン様からの依頼を受ける。どっちにしろ私が断る道は無かったわけだけど。
「では明日からジルバのパン屋へお願いします」
どうやら私はパン屋へ再就職することになるらしい。久々に皆と会えるんだ。任務もしっかりと全うしながらだけど楽しんでこようかな。
エミリーはエミリア・リズワイト、リズワイト元伯爵家のお嬢様でした。そしてジルベルトはエミリー(ロリ)にご執心のロリコンと……。お互い気づいてないんですけどね。周りは気づいているというやつです(笑)
次話はジルバのパン屋。久々にインディやギーラが登場です。