新しい生活
今ノリがいいので書いてしまいました。
『違います。けれど、同じです。』も読んでいただけると幸いです。
インディの一人称を『俺』に変更しました。(5/31)
声がしたところは、酒場だった。覗いてみると、何かのお祝いなのだろうか。壁は飾り付けられ、何人もの男女がところ狭しと並んで座り、飲み終えたジョッキはいくつも重ねられ、皆赤ら顔をしながら豪快に酒を飲み、笑い、しゃべっている。
私は初めて見た光景が好ましかった。クヴァシル皇国の貴族たちは、こんなに男女が仲良く楽しそうに飲んだりしない。もっと静かに飲んでいるところしか見たことない。私には合わなかった。今の目の前の光景の方がよっぽど合う。試しに、話しかけてみようか。
「こんばんは。私も混ぜてもらっていいですか?」
違和感はないはずだ。自然に言えたと思う。
「やあ、いらっしゃい! こっち空いてるから座りな!」
一人の食べるのが好きそうなおばさんが答えてくれた。ジョッキ向けられると、中身かかりそうなんだけどな…。でも良かった。怪しがられたりしなくて。ありがたく座らせてもらう。近くにいた恰幅のいい30歳ぐらいのおじさんが話しかけてきた。
「嬢ちゃん、見ない顔だな~。知ってたら俺が絶対放っておかないからな~。別嬪さんは。新顔か?」
がはは、と笑いグビッと酒を飲む。おう、いい飲みっぷり。
「実はそうなんです。私ここ初めてで。さっき着いたばっかりだけれど、楽しそうな声が聞こえてきたからつい。今日はなんかお祝いですか?」
そう答えると、周りの皆が少し驚いたあと、一斉に笑いだした。
「違う違う! 私たちゃ、いつもこうさ!」
「そうそう! 毎晩毎晩こんな感じ!」
「楽しいからいいだろ? 嬢ちゃんも慣れろよ? これからここ住むんならな!」
まさかの日常ときた。流石に毎日これはきついかも……?
★°٠*。☆٠°*。★°٠*。☆٠°*。
結局あのあと私たちは一晩中飲んで、しゃべって、笑った。この世界では、アルコールは14歳から解禁だ。気がつくと空が青く澄みわたり、眩しい朝日が顔を出していた。どうやら私が最初に起きたようだ。少し頭が痛い。いつ寝たのかさえ、覚えていない。ただ、楽しかったことだけは覚えている。
もぞもぞと体を動かして酒場から出る。近くに井戸があったので、そこで水を汲み、顔を洗う。スッキリして戻ると、昨日一番最初に答えてくれたおばさん──アルマさん──が起きていた。
「おはようございます。アルマさん」
「あぁ、おはようさん。ここらを片付けるの手伝ってくれるかい?」
アルマさんはカラカラと笑いながら言ってきた。私は頷いて手伝う。もと令嬢にできるのかって?できるに決まっている。魔法を磨くときは他人を部屋に立ち入り禁止にしてやっていたから、その間に自分のことは自分でできるようになっていたからね。それにアルマさん、生活魔法使ってる。なら、私が使っても問題ないよね?
私は魔法で風を操り、皿やジョッキをまとめてカウンターの方へ送る。これで時間短縮できた。
「生活魔法使えるのかい? 助かるよ」
アルマさんからおほめの言葉をもらった。うふふん。
そうこうして片付けてるうちに、皆が起き出した。皆頭やお腹を抱えている。飲みすぎたんだろうな。
「おはよう嬢ちゃん。えっと……」
昨日の30歳位のおじさん──ハーヴェンさん──が声をかけてきた。そういえば、名乗ってなかったな。名前はもうとっくに考えてある。国を出ることを決めてから、ずっと考えていたのだ。
「メルスティアです。メルスティア・カルファ」
「そうか。メルスティア。メルでいいや。お前、これからどうするんだ? 住む場所決めてないんだろ。紹介しようか」
昨晩私はなぜここに来たのか語った。勿論本当のことを言うわけないけど。クヴァシル皇国のとある貴族の屋敷で働いていたけど、色々あって抜け出してきた、という感じだ。男尊女卑国だったことも愚痴った。口を滑らせ過ぎたかな?
「いいんですか? 私困ってるから助かりま!!」
話を聞くと、アルマさんとハーヴェンさんは夫婦で、姓はカーリィというらしい。カーリィ夫妻は不動産屋を営んでいて、そこで扱っている部屋を一つ、格安で貸してくれるらしい。いいのかと聞くと、事情が事情だから構わないと言ってくれた。
私はありがたくその部屋を借りることにした。部屋は前世の教科書で見た昔の西洋風のレンガでできたちょっとした集合住宅地の一室だ。少し広めの部屋にはキッチンがちょこんとついている。トイレもあった。
この世界のキッチンやトイレ等は魔力を含んだ魔石が原動力となっている。魔石の魔力が切れると、大体は魔力が含まれているのと取り替えなければならない。けれど私は魔力が多いので、取り替える必要がない。寧ろ、魔石を利用しない。だって私は全属性の魔法が使えるから。カーリィ夫妻にはお礼に空の魔石に魔力を込めた。喜んでもらえたので良かった良かった。
この世界にもお風呂はあるんだけど、各家庭にあるのはケリドウェン王国でも貴族ぐらいだそう。平民は公衆浴場を使うらしい。
生活していく拠点、もとい、家が見つかり、次は仕事場だ! と意気込んでいたら声をかけてもらえた。ギーラ・ジルバことギーラさんはパン屋を営んでいるらしい。旦那さんはすでに他界してしまったそうだ。ギーラさんには私と同い年の息子──インディ・ジルバ──がいる。二人ともとても優しく迎えてくれた。お陰で私はパン屋さんという職場に勤めることになった。これでひとまず安心かな。
次の日から、私は働きに出た。私は国を出ることを決めてから、平民として着ていてもおかしくない服を作り続けてきた。今日はその服の第一号だ。淡いレモン色のワンピースは私にぴったりだった。公爵令嬢として学んできた事はやっぱり役にたった!
ギーラさんのパン屋は王都の大通りに位置していた。周りにはお肉屋さんや果物屋さんなど、たくさんのお店が立ち並び、とても賑やかだ。
「メリー! 裏に小麦粉あるから、取ってきてもらえる~?」
「はーい!」
ギーラさんが竈の方から呼びかけてきた。私はさすがにパンを作ることはできないから、お店の開店前の掃除をしたりしている。お店の裏に回ると、インディがいた。
「インディ、小麦粉持ってきてって言われたけど、どれか分からないから教えて~」
「ああ、それなら右から二つ目の袋だよ。重そうだね。代わりに俺が持つよ」
「いいよいいよ。どうせ魔法使うから、重さ感じないもん。こんなの持たせたら逆に悪いし。ありがとう。持ってくね」
教えてもらった袋に魔法をかける。すると風に包まれた袋がふわりと持ち上がる。それを伴いながら私は中に戻る。
そのあとに残されたインディがショックを受けて少し落ち込み、やり取りを見ていた隣の店の男の子に苦笑いされていたのを私は知らない。
小麦粉をギーラさんに届けると、また掃除や準備に移る。そして10の鐘が鳴った。開店だ!
周りの店が売り込む声が聞こえる。
出遅れた!
私はあわてて外に出て、道行く人に声をかける。
「いらっしゃいませー! 焼きたてのパンはいかがですかー? 暖かくてふわふわもっちりのパンはいかがですかー?」
こんな感じでいいだろうか。おや? 今日のお客さん第一号が来た! よし! 中に案内してあとはインディに任せる。私は呼び子なのだ!
それからもたくさんのお客さんがやって来てパンを買っていってくれた。
初出勤は大成功!
Neishelia: インディ、カッコいいところ見
せられなくて残念だったね。……ド
ンマイ。
インディ: あなたのせいですよ!メルスティア
にいいとこ見せたかっのに…。
Neishelia: うっ…。ごめん。いいとこ見せ
られるよ!
──きっと、たぶん、もしかする
と……。うん。
インディ: 今何か心のなかでヤバいこと言った
よね?!
Neishelia: いっ、言ってないよ!!断じて
言ってませんから!!頑張って
ね、インディ!!じゃ! (ピュー
ッ)←逃げ出した