夏の魔物討伐 ⒌
桜が満開です。そして風が吹く度に美しい花吹雪が遊ぶ子供たちに降り注いで、なんて微笑ましい光景でしようか。
でもなかなか進まない執筆は微笑ましいなんて口が割けても言えません( TДT)
ブックマークありがとうございます!誤字脱字等がごさいましたら、報告していただけると幸いです。
流血表現及び少々グロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。
なんで今、こんな近くに現れるの!
私は指示どおりの場所へと駆けながら困惑していた。だっておかしいんだもん。これまでの季節の魔物はどの季節であっても、ここまで王都に近いところに現れたことはない。それに、都内巡回の私たちまで応援に駆り出されるなんて前代未聞だ。訳分かんないよ。
「通ります!道を開けてください!」
悶々としながらも、一刻も早く目的地に着くために声を張り上げる。平民たちはこの時期に騎士が急いで、しかも複数人の騎士が移動しているということで、何が王都の外で起きているのかを察し、すぐに道を開けてくれる。
ざっと開いた道をお礼を言いながら走り抜けると、まだ王都の結界の内側にいるにも関わらず、夏の魔物が目視できた。
「デモンバクだ……。ウソだろ」
私の後ろから来ていた同僚が掠れた声を出す。デモンバクは……、確か魔力を食べてしまう魔物じゃなかったっけ。これじゃ宮廷魔法使いが太刀打ちできないわけだよ。
ていうか、大きくない?大きすぎない?小山のような大きさのデモンバクに戦慄する。
「テイミール、行くぞ」
後ろから声をかけられ、はっと我に返る。こんなところで臆してる場合じゃない!私は騎士になったんだから。守られるだけじゃないんだから。私がこの王都を、家族を守るんだから!
「了解!行こう!」
王都の城壁から飛び出して捜索隊に加わる。
「来たわね!左前足を集中攻撃よ。剣に魔法は使わないで!食べられるわ」
私たちに気づいた聖騎士アマリリス様が状況を教えてくれた。左前足ね。辺りを見回して、自分がどのポジションについたらいいのか考える。うん。あそこかな。
そう判断して入れるところに走り込む。
「助太刀します!」
一声かけて切り込む。魔法を使うことができないせいで、地味に少しずつ斬りつけていくしかない。まるで騎士団に入団したての頃の訓練みたい。魔力も何も使わず、ただひたすらに自分体力、筋力、精神力の限界まで素振りを続ける。あの頃はなんのためにこんなことをするんだろうと、不思議に思っていたし、無駄だとも思っていた。でも、今こうしてこんな戦い方をしていると、意味があったんだなと感じる。
もう何回目か分からない一振りを入れようとしたとき、急にデモンバクが多くの騎士に斬りつけられて血だらけになった前足を振り上げた。
斬りつける対象が突然いなくなったことで、私の剣は空を切り、勢い余って身体まで剣につられる。何とかその場にとどまったものの、右上から斜めに振り下ろすように斬りつけていたので剣が地面に深々と突き刺さってしまった。
引き抜こうと体制を変えて、体重を使って引っ張る。ところが、かなり深々と突き刺さっているようで、なかなか抜けてくれない。こうしているうちにデモンバクの足が降りてきてしまうかもしれないというのに!そう考えると焦りが出てくる。
もしデモンバクの足が降りてくる前に剣が引き抜けなかったら?私は潰されるの?それともこの剣を捨ててこの場から退く?そんなのできない!この剣を捨てるなんてできっこない!これはお父様とお母様が騎士になったお祝いでくれた大切な剣なんだから!
一生懸命引き抜こうとしても、びくともしてくれない。
「やだよ……」
泣きたくなってきて、顔を歪める。泣くまいと歯を食い縛りもっと力を込めて引っ張るけど、やっぱりびくともしない。
「アミュッ!後ろっっ!」
突然フィーの焦った叫び声が耳に飛び込んできた。尋常じゃない焦り声に嫌な予感がして急いで後ろを振り返ると、デモンバクの足が私めがけて物凄い勢いで降りてきている!ウソでしょ!こんなところで私は死ぬの?!
押し寄せた恐怖で身体がピシリと固まって、動くことができない。声を出すことさえままならず、掠れた呼吸が口から漏れる。何も考えることができなくなり襲いくる衝撃を覚悟した瞬間、何かが腰に巻き付いて、それにグイッと引っ張られた。
横向きに視界が勢いよく流れ、覚悟したものとは別の衝撃がきた。
「ボケッとしてるんじゃないわよアミュエリス。ここは戦場よ。騎士ならとるべき行動を考えなさい」
この場に似つかわしくない艶めいた甘い香りに包まれ、頭上からかけられた声で、アマリリス様に助けられたのだと分かった。そして先程いた場所に目を向けると、私の剣をデモンバクが踏み潰す瞬間が目に入った。その瞬間だけやけに遅く見えて、ゆっくりと、しかし確実にグニャリと変形し、潰されていく私の剣。はっと息をのみ、これ以上ないほど強く手を握り締めた。あまりの悔しさに身体が小刻みに震える。
「形あるものはいつか壊れるわ。それは貴女もよ。でもあれには代わりがあっても、貴女には代わりはないの。どれだけ大切だったかは分かるわ。でもね、貴女がいなくなっては元も子もなくってよ。そのことを覚えておきなさい」
アマリリス様はそんな私の肩にそっと手を置き、諭すように言った。
「は、はい……」
アマリリス様が言っていることは決して間違ってなんかない。でも、受け入れがたいこの状況でそんなこと言われても、と思ってしまう自分がいる。情けないと思い俯いてしまう。
「次が始まるわ。予備の剣なら宮廷魔法使いの子が持っているから、もらってきなさい」
トン、と背中を押されてフィーたちがいる方へ押し出された。
「あ、あの!ありがとう……ございます」
振り返って何とかお礼を言う。するとアマリリス様はいつものような余裕たっぷりの女王様の笑みではなく、慈愛に溢れた柔らかい笑みをくれて、そのまま踵を返して鞭をしならせデモンバクはと駆けていった。
「アミュったら、アマリリス様が助けてくださったから良かったものの、あのままでは死んでいましたよ!」
フィーのところに駆け寄って予備の剣を受け取ると、ぷくっと頬を膨らませたフィーから苦言を貰った。
「そうかもね。……お姉様って呼んでいいかな」
確かにアマリリス様に助けて貰えなかったら、確実に私は死んでいたかもしれない。いつもは女王様のカリスマ性って言うのかな、そんな感じのもので近寄り難いけど、さっきのアマリリス様はそんな感じじゃなくて、もっとこう、優しく包み込んでくれる姉のような感じだった。
「はあ?何ですか急に。アマリリス様のこと?」
突然言い出した私にフィーは呆れた声を出した。ま、確かにそう思うよね。
「うん。……行ってくるね」
これ以上ここに長居することはできないので、話を有耶無耶にしてデモンバクへと駆け出す。今私にできることは、助けてもらったこの命を王都を守ることに使うこと。だから一刻も早くデモンバクを倒せるように……!
さっきと同じ場所について、デモンバクの足に斬りかかる。魔力を身体に巡らせて身体強化で腕力を上げると、さっきよりもデモンバクにできる傷が深いものになっていく。斬りつけるたび、剣先が赤黒く染まっていく。ブシュッと鈍い音がして、私が斬ったところにあったデモンバクの血管が破裂し、右半身に生暖かいものが飛び散ってきた。その異臭に顔をしかめながらも、斬った血管が太かったことを確認して、近くにあるはずの腱を探るようにして斬る範囲を広くする。
あった……!
すぐ近くに硬い部分を見つけた。ここを斬ることさえできれば。でも私だけでできるものではない。
「腱を発見しました!こちらに集中攻撃お願いします!」
左右で地道を斬りつけている人や、空中に足場を展開して上の方を攻撃している人たちに声をかける。すると私の声に応えて何人もの人が集まってくれた。頭上では風に声を乗せて今の情報をもっと上の方にいる人たちに伝えてくれている。
このままいけば、数分もしないうちに左前足は潰せる!
予想どおり、すぐに腱が斬られてデモンバクの左前足は使い物にならなくなった。次は右前足。すぐに移動する。
その途中で聖騎士ジルベルト様が駆け付けたのが目に入った。お姉様から状況を聞いたのか、ジルベルト様が大剣を大きく振りかぶって斬りかかろうとしたところ、ぶるりとデモンバクが大きく震えた。
「総員待避っ!」
様子を見ていた宮廷魔法使いが風魔法で指示を出してきた。それに従って急いでその場から離れると、デモンバクが膨れ上がった。まさか……?!
「馬鹿者っ!デモンバクは魔力を食べる!魔法を使うな!!」
ジルベルト様の怒声が聞こえてきて、誰かが魔法を使ったことに驚く。相手がデモンバクだと分かっていて使ったのだとしたら、それは完全に任務妨害。騎士として、宮廷魔法使いとしてあるまじき行為だ。
とここで、誰かがあっと声を上げた。声がした方を見ると、一人の宮廷魔法使いが一点を指差し、ワナワナと震えている。指差す方向に恐る恐る顔を向けると、そこには王都の結界。その奥には王都の城壁が。いつの間にこんなに近くに来ていたというの?!
絶望的な状況に顔から血の気が退く。どうしろっていうの、これ。
ただ見ていることしかできない私たちの前で、デモンバクはご馳走にありつくように結界へと突進していき、弾かれた。
ジルベルト様が驚きで声を上げている。私達の心の声をジルベルト様が代弁してくれた。
だって!魔法が苦手な私でも分かる。確かにデモンバクは結界の魔力を食べた。確かに食べた。でも、食べてできた結界の穴が一瞬にして修復された。しかもさっきよりも結界を構成する魔力は多い。そしてその魔力量はそのまま増えていく。はっきり言って、あり得ない。
デモンバクが二度目の突進。これまた同じように魔力を食べて結界に穴が空く。でもまた、同じようにいや、それ以上のスピードでそれ以上の強度の結界が張られる。そしてまたもや弾かれるデモンバク。さっきとは比にならないほどの大きさに膨れ上がっていて、私達が必死の思いで潰した左前足も、魔力で支えられており、私たちの努力はほぼ無駄になっている。
デモンバク三度目の突進。すると魔力を食べた瞬間、デモンバクが異常な速度で膨れ上がって……
弾けた。
……は?
目の前で起きたことに頭が全く追い付かない。パァンッと風船が盛大に破裂するように、内側から散り散りに弾け飛んだ。まるで空気の量に絶えられなかった風船のごとく、取り込んだ魔力量に耐えられずに破裂した、とでも言うように。この世のこととは思えない衝撃の出来事にただただ呆然とすることしかできない。
視界の端でジルベルト様がどこかに駆けていくのが見えた。立ち直り早いな。流石聖騎士様だ~。枯れた笑いしか出てこない。そしてやっと頭が働きだした。
や、待って。え?どういうこと。何これ。これじゃ、私たちの努力って……、
無かったのと同じじゃんっ?!
これがメルスティアが魔力を込めに込めた結果、外で起こっていたことでした。騎士たちの努力が……。
次話はジルベルト視点のあと、メルスティア視点に戻る(予定)です。どこかに駆けていったジルベルトが見たものは……?