夏の魔物討伐 ⒋
予告詐欺です。ラスター視点ではなく、アマリリス→ラスター→ジルベルトの順番で視点が変わります。
「今年の夏の魔物は……、デモンバクだ。結構厄介だけど分かった以上、すぐに居場所は特定できる」
明らかに目付きの変わったラスターが低い声を出した。やっと来たわね、風の魔人。遅いのよ、全く……。
ラスターが風の魔人と呼ばれる所以。それがこれ。集中力を研ぎ澄ませたラスターはいつものホワホワしたお花畑から一変し、威圧するような魔力を使う別人のようになる。
この状態のラスターは、戦場では風を意のままに操り、その魔法の使い方は残虐。そしてその魔力は全てが風へと成り代わるため、誰一人として逃れることはできない。それ故、風の魔人の後ろは嵐が過ぎ去ったあとのような惨状が広がり、立ち上がる術を持つ者はいない。
「見つけた。行くよ。このままでは王都が危険だ」
宣言通り、あっという間に夏の魔物の居場所を特定したラスターが、いつもの柔らかい春風を思わせるような眼差しではなく、厳冬の北風を思わせる眼差しを私に向けてきた。
「分かったわ。この子たちは私が連れて「僕が飛ばす。そうでないと間に合わない」」
私の言葉に被せて言うラスターに、ゾクリと背筋が震える。
「……了解よ。飛ばしてちょうだい。方向も頼んだ方がいいかしら?」
「任せて。 風よ集え 疾風の羽衣」
答えるやいなや、詠唱を済ませたラスターの風に私たちは飲み込まれる。あまりにも突然のことに慌てふためく騎士たちが驚きの声を上げている。全く……、なってないわね。
「あなたたち!煩くってよ!口を閉じなさい!死にたくなければねっ!」
私の声に手で口を押さえた騎士が数人と、それでも声を出している同僚の口を押さえた騎士が数人。やればできるじゃないの。
そう思った瞬間、殴り付けるような風と共に一気に空へと飛ばされる。あまりの風圧に、ビシビシと私の美しく清らかな髪が音を立てて頬を打ち付け、羽織っている長めのローブの留め具が耐えきれないと言わんばかりにギギギと軋む。
そして急に風が周りから消え去り、空中に放り出された私たちは大地に向かって真っ逆さまに落下していく。んもうっ!
「大地よ波打て」
地面に叩きつけられる直前に、鞭で大地に魔力を叩きこむ。そこを中心に大地が形を変え、次々と落下してくる騎士たちを受け止めた。
私がいて本当に良かったわ。私がいなければこの子たちは無惨な死に様を迎えていたでしょうね。
勿論、この私は華麗な着地を決めたわ。さっさと髪とローブを整えて鞭を構える。
「あなたたち、早く起き上がりなさい。戦闘体制に入って。敵は目の前のデモンバクよ!」
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「風よ運べ 音の調べ」
アマリリスたちを風で飛ばし、すぐに王城の連絡係に連絡をとる。
「こちら聖騎士ラスター・ロビンソン」
『こちら王城連絡係。要件をどうぞ』
「王都より南西一キロに夏の魔物を探知。恐らくデモンバク。聖騎士アマリリス率いる捜索隊が戦闘開始。至急応援要請、結界強化を」
『……っ!了解』
相手が息を飲むのを聞いて通信を切る。この遠距離での通信は疲れる。魔力を大量に使う上に、集中しなければすぐに通信が切れてしまう。今はその前にアマリリスや他の騎士たちを運んだことでかなり魔力を消費しているわけだ。今では魔力が本当に心許ない。それでも、あと二回ぐらいは通信できるかな。
「風よ運べ 音の調べ ジルベルト、ラスターだ」
『ラスター?状況は?』
突然の通信に全く驚く素振りのないジルベルトは本当に凄いと思う。大抵の人は驚くのだから。流石最年少聖騎士だ。いや、今はメルスティアちゃんが最年少か。
「王都から南西一キロにデモンバクだ。魔力を食べるから物理攻撃でいってほしい。既にアマリリスたちを送った。頼めるか?」
『了解、風の魔人殿』
通信を切り、集中が切れると、どっと疲労感が押し寄せてくる。立っているのがきつくなって、座り込んでしまう。軽い目眩がして、奥歯を噛み締めた。この短時間で魔力を大量消費したからかなぁ。身体に負担がかかりすぎたみたいだねぇ。
「うぅ、これは流石に耐えられるかなぁ。でも、耐えなきゃだよねぇ。もう一踏ん張りっ!」
気合いを入れ直して膝を叩き立ち上がる。僕はまだまだいけるからねぇ。今ジルベルトに風の魔人って言われたばかりなんだからぁ、やらないわけにはいかないよねぇ。
腰に下げていた袋から魔力増幅剤を取り出して中身を飲み干す。時間が経てば徐々に回復してくるはず。
「風よ集え 疾風の羽衣」
今は王都付近に移動するのが限界かなぁ。ふわりと空へ舞い上がると、王都目指して一直線に飛び立つ。
でも、今回は本当に厄介だったなぁ。まさかデモンバクだなんてぇ、考えもしなかったよぉ。どおりで痕跡を見つけても時間が経過したように思えたんだよぉ。デモンバクが魔力を食べていたからなんだねぇ。しかもそれが今まで不完全だったからぁ、時間が経過していたように見えたんだぁ。それが今では完全に食べれちゃってるからぁ、かなり成長してるよねぇ。大丈夫かなぁ。ジルベルトが速く来てくれるといいんだけどぉ。それまでに魔力を沢山食べてまた成長してそうだなぁ。あ~、嫌な予感しかしないよぉ。
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「了解、風の魔人殿」
全くの別人だったな。通信が切れたことを確認し、殿下に向き直る。
「ただいま夏の魔物が確認されたため、応援に参りますので、一旦、護衛の任務を外れます」
「今のはロビンソン伯爵ですか?風の魔人と言っていましたが、私もいつか見てみたいですね。ジルベルト、国のために頑張ってきてださい」
公務の手を止めて、興味深げな笑みを浮かべた殿下は言いたいことを全てまとめて言われた。口元に浮かべた笑みはそこらの令嬢が見れば卒倒するものだろう。
「ええ。風の魔人でしたよ。いつもの緩いラスター殿は消え去っておりました。それでは護衛はカンジャスに託します。失礼致します」
「ええ。いってらっしゃい」
隣に立つカンジャスに目配せをし、殿下の護衛を預ける。
この者は聖騎士には及ばないものの、騎士の中では頭一つ飛び抜けた才能を持っている。専属護衛騎士になったのは約半年前で、俺に比べるとまだ日が浅い。そのためか、時折不思議な立ち位置にいたりするのが珠に傷だ。このことはメルスティアからも指摘があった。それでも優秀なのには変わりがないため、特に問題はない。
殿下の執務室から出て早足で総帥様の元へと向かう。その間に持ち物に不備がないか確認する。
「失礼致します。ジルベルト・プリアモスです」
「入れ」
総帥様の声が聞こえてきたので扉を開け、中に入る。総帥様の執務室兼団上層部会議室には、総帥様がどっしりと構えていた。俺は手短に事の粗筋を説明し、命令を仰ぐ。
「ん?こちらカルステッド・ブライト。……そうか。了解した。……ジルベルトを行かせる」
どうやら通信が入ったようだ。応援要請が聖騎士にも来たようだな。
「既に騎士たちの応援が向かっているが、それでは心許ないので其方が聖騎士の応援として行ってくれ」
「承知いたしました。それでは失礼致します」
総帥様からの命令が下ったため、部屋を出て次は宮廷魔法使いの塔へと急ぐ。転移が扱える魔法使いに送り込んでもらうつもりだ。
「転移のできる者はいるか?アマリリスのところまで送り込んでほしい」
塔につくと、一番近くにいた魔法使いに声をかける。すると彼はすぐに奥へと入っていき、他の魔法使いを連れてきた。
「アマリリスのところまで頼む」
転移先を手短に伝えると、神妙な面持ちで頷かれた。
「光よ闇と戯れよ 時空の船」
魔法使いが詠唱を始めると視界が光に覆われる。これから襲いくるなんとも言えない浮遊感に備え、腹に力を入れる。光が最高潮に達した瞬間、その浮遊感が襲いかかった。視界から光が消えると、目の前には報告どおりのデモンバクと、それと対峙する騎士たち。
いや、報告どおりではない。ほぼ真後ろが王都の結界が見えている。それにデモンバクにしては大き過ぎないか?どうやら苦戦しているようだ。
「アマリリス、戦況は?」
鞭をしならせてデモンバクの攻撃を回避してきたアマリリスに尋ねる。
「ジルベルトっ?!左前足は潰したわ。でも見ての通りよ!押されてるわ。このままでは結界に辿り着かれてしまう!」
「了解だ。加勢する」
大剣を抜き、先陣に走り込む。と同時に、誰かが魔法を使ったのだろうか。魔力を食べたであろうデモンバクが膨れあがった。
「馬鹿者っ!デモンバクは魔力を食べる!魔法を使うな!!」
後ろへ飛び退きながら怒声を上げる。滅多に現れない魔物であるデモンバクだが、この能力を知らないのだろうか。愚かな者がいるらしい。デモンバクに対する魔法攻撃は寧ろ相手を手助けすることにしかならないというのに……!
夏の魔物でもあるため、本来デモンバクが使えない火属性の魔法まで使える。そのせいで辺り一体は焼け野原と化している。この悲惨な状況に奥歯を噛み締めたところで、背後から異常な魔力を感じた。その魔力の馬鹿げたほどの大きさに思わず振り向く。そこには王都の結界が。
しまった……!!
この量の魔力でもデモンバクは食べてしまうだろう。そして魔力が食べられて結界が崩壊した王都にデモンバクが……!
焦燥感に駈られた瞬間、デモンバクが結界に達し……
弾かれた……?!
「んなっ……?!」
ラスター風の魔人バージョンは実に書きやすいです(笑)
そしてジルベルトのクールキャラは何処に……。
次話は(今のところの予定では)アミュエリス視点でこの続きにいきたいと思います。
P.S. 誤字脱字が多発していることが発覚いたしました。つきましては、見つけ次第ご指摘くださると幸いです。国名を間違えているところなど酷い間違いもあるようなので、至急よろしくお願い致しますm(_ _)m