第二王子襲来 (セルシュヴィーン視点)
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私の名はセルシュヴィーン・ケリドウェン。ケリドウェン王国第二王子という肩書きを持っている。
今日は聖騎士の任命式。新しく聖騎士となるメルスティア・カルファの任命式だ。メルスティア・カルファは相当な実力を持つらしい。試験の際、聖騎士が誰一人として彼女の魔法に気付けず、そのうち一人はあっさりと片付けられてしまったそうだ。
そんなメルスティア・カルファは隣国のクヴァシル皇国出身だという。この国に入る時に越境手続きが行われていないので、密偵ではないかと考えているのだが、どうやらかなりの手練れらしい。身辺調査を進めているが得られる情報は芳しくない。本当に間者なのかすら怪しくもなっている。ただ、密偵でなければ越境手続きぐらいして入ることは造作もないことだ。そう考えると密偵であると考えた方が色々と辻褄が合うのだ。何かしらのものから逃げている…という可能性もあるが、そうであればこちらで聖騎士になるといった行動はしないはずだから、その線は極めて低い。
さて、準備は出来たし謁見の間へ行くとするか。
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観音開きの扉が開き、メルスティア・カルファが中に通される。私は国王である父上と王妃である母上、そして第一王女の姉上と席を同じくしている。本当はこの任命式は王族はここまでいなくていいのだが、父上に頼んで参加させてもらうことにした。
しかし…、美し過ぎる。到底平民とは思えない歩みだ。姿勢も完璧だ。そして何より、ほぼ勢揃いの王族を前に堂々としている。まるでこういった場に慣れているかのように。本当に平民か…?
父上が任命の文句を唱えるとそれにスラスラと返す。声は震えていない。裏返る様子もない。聖騎士になるぐらいだ。これくらいの事で緊張されても困るが…。
任命式が終わると退室していく。これも謁見時の作法に乗っ取っている。既に知っていたのか、今日知らされたのか。そこが分からない以上何とも言えないな…。まあ、良い。これから分かることだ。
謁見の間を出てメルスティア・カルファを見つける。どうやらこちはに気が付いていないようだ。誰もが羨む完璧王子の仮面をつける。
「聖騎士メルスティア・カルファ殿?少し時間は宜しいでしょうか?」
背後からの視線が痛い。ジルベルト、そんな目で見るな。今は王子だから仕方ないだろう。
メルスティア・カルファはピクリと固まった。が、それは一瞬の事ですぐにこちらを振り返る。
「はい。勿論でごさいます。セルシュヴィーン第二王子殿下。」
私が第二王子と分かるか…。ますます怪しいな。
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用意していた応接間に着いた。まず手始めに席を勧めてみる。本来は位の高い者が先に座るのが常識だ。
「セルシュヴィーン王子殿下を差し置いて座る訳には…。」
「そうですね。では失礼。」
これは予想通りだ。謁見の間での様子を見てこれが出来なかったらおかしすぎる。
私が席につくとメルスティア・カルファも席につく。ちらりとジルベルトを見上げている。ジルベルトがどうかしたのだろうか。何を考えているのかさっぱり読めない。表情が一切変わらないのだ。これは手こずりそうだが…。
ティーセットが運ばれてくる。私の物とメルスティア・カルファの物では茶葉が違う。王族と平民だから、というのは今回は建前だ。実際はメルスティア・カルファの紅茶に入った自白剤に香りで気が付かれないようにするためだ。
予め人払いするように伝えていたので、侍女は下がっていく。専属護衛騎士はジルベルトだけを残して、カンジャスには扉の外で待機してもらう。ああ、因みに私の専属護衛騎士はジルベルトとカンジャスの二人だけだ。
「飲まれないのですか?」
そう言って自分のカップを口に運ぶ。まあ、これも彼女は間違っていない。口にするものはそれを提示した側、今回は私が先に口にしなければならない。私が飲んだのを見てメルスティア・カルファも紅茶に口を付ける。口を付ける前に香りを嗅いでいたが気付かなかったようだ。何の躊躇いもなく味わっている。これも所作が綺麗だな。
紅茶が彼女の喉を通っていったのを確認する。あれに入っていた自白剤は即効性だ。
それでは、始めようか。
「さて、まずは聖騎士就任おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
これは口上では無く、心から思っていることだ。ジルベルトだって一年は騎士だったのだ。本当に凄いことだと思う。
「こちらに来て三ヶ月程度…とお聞きしました。新しい生活には苦戦されたのでは?」
彼女が来る前に、既に仲間が待機していた可能性もある。三ヶ月間どうやって過ごしていた?
「いいえ。皆さん良い人ばかりで助けてくださいましたので。寧ろクヴァシル皇国にいた頃より充実した生活をさせていただいてます。」
仲間は…、いなかったか。国民が利用されたということだな。少々屈辱だ。しかし、母国よりも充実した生活を送れている…か。クヴァシル皇国では一体どのような生活をしていたか気になるな。まあ、良い。次に移ろうか。時間が惜しい。
「それは良かった。やはりあちらとこちらでは違いますか。」
呟く。これは聞こえるか?
「そうですね。あちらでは女性というだけで騎士や宮廷魔法使いになれないなど、不自由なことがありました。けれど、こちらでは先月の建国祭で女性の方々が沢山ご活躍されていましたし、私もこうやって聖騎士になることができています。一番の違いはここでしょうか。」
聞こえたようだな。これからは音声遮断結界を多用すべきだな。
それにしても一番の違いか。他の違いも気になるな。
「他にも違いが…?」
「はい。例えば魔法の技術ですね。もしかするとご存知かもしれませんが、クヴァシル皇国では光源に火を使っています。光魔法は使っていません。いえ、光魔法を持続し続ける技術が無いので使えないのですよ。」
「そうなのですか…。」
どうやら以前留学した時と何ら変わりは無いようだ。技術の進歩は遅々としているのか。能力のある者を雇えば良いのに。まだ身分に固執しているようだな。
しかし、新しい情報が一切出てこない。所作などから上層部の人間かと思ったが、そうでも無いらしい。
「あまり驚かれないのですか?」
「ええ。以前クヴァシル皇国には訪れたことがありますが、その時がそうでしたのでね。」
「そう言えばそうでしたね。失念しておりました。」
それは流石に知っていたか。では情報として上がっている『貴族の屋敷で働いていた』ということは事実のようだな。仕えていた貴族の位はどのくらいだ?
「やはり噂になってたのですか?」
「はい。私はとあるお貴族様に仕えていましたので、よく話の種になっていましたよ。」
『よく話の種になっていた』か。少なくとも学院に通う年頃の令息か令嬢がいたのか。それとも学院で働く人間から話を聞いていたのか。分からないな。
時計を盗み見ると、時間が少ない事が分かる。そろそろお開きか。今のうちに聞いておきたいことは聞いておくか。他のことはまた聞く機会があるだろう。
「そうでしたか。…ところで、一つ聞き忘れていました。何故私がセルシュヴィーンだと分かったのです?私は名乗っていなかった筈ですが…。」
あの場に居たのだ。第二王子である私と思わず、普通は第一王子である兄上と思うだろう。既に情報を持っていたのだろう。
「建国祭のパレードの時に知りました。貴方様が通られたとき、周りで黄色い声が飛び交っていましたよ。」
「あぁ、建国祭の時ですか。」
少々拍子抜けしてしまうが、それを顔に出すような間抜けではない。建国祭のパレードか。よく私の顔が見えたものだ。
「セルシュヴィーン殿下。そろそろお時間です。」
ジルベルトが口を挟んでくる。それくらい私でも分かっているぞ。
ため息が出るのを抑えてメルスティア・カルファに微笑む。
「もうそんな時間ですか。では、今日はここでお開きとしましょうか。扉の外までお送りしましょう。」
「では、お言葉に甘えて…。」
流石にエスコートを聖騎士にするのは失礼にあたるだろう。扉へと先導していく。
私は扉の手前で止まり、メルスティア・カルファは扉を出ると私を振り返った。
「セルシュヴィーン様、素敵な紅茶をありがとうございました。」
今日向けられた笑顔のうち、一番と言える笑顔でとんでもないことを告げられる。扉の外で待機していたカンジャスたちにはただのお礼に聞こえるだろう。しかし、彼女は『素敵な』というところを強調した。
何故だ?!気付いていたのか?!まさか、真実薬に気付いていたと言うのか?!ならば、先程の会話は真実と虚構が入り交じった会話だったのか…?!
「それでは失礼致します。」
混乱する私を置いてメルスティア・カルファは去っていく。どうやら私は彼女を侮りすぎていたようだ。
しかし面白い。私と渡り合える者がまた現れたのだ。クヴァシル皇国のエドルグリード王子とクリスティーナ嬢。彼ら以来だな。
「殿下。そろそろ移動を。」
「ええ。…ジルベルト、後で話し相手をしてくださいね。」
ジルベルトに笑顔を向けると、表情をピクリとも動かさず目線だけで呆れを訴えてきた。相変わらず器用なことだ。
今は取り敢えず王子としての公務を全うするとしよう。そしてこれからのことはそれが終わってからにするか。
メルスティア・カルファ。本当に要注意人物だ。
ああ、疲れた。癒しが欲しい…。
セルシュヴィーンの癒し…(笑)一体なんでしょうね。気になりますがそれはまたいつか…ということで。
メルスティア要注意人物になりました。本人そんなつもり全く無いのですが…( ´∀`)
次話はエドルグリード視点です。クヴァシル皇国はどうなったのでしょうか…?