終わって始まる
流血表現があります。
誤字脱字がありましたらご指摘ください。
ブックマーク、ありがとうございます!
もうすぐよ。もう少しで、私は解放される。私がどれだけ待ち望んだか。私の待ち望んだ瞬間がもうすぐ訪れる────。
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私は今、学院の中庭に向かっている。手には一枚のカードが握られている。どこまでも深い紺に包まれた空には、たくさんの星々が宝石のように輝いている。
うん。これぞ記念すべき私の終わりと始まりにふさわしい夜だ。
手の中にあるカードは、ある女生徒から送られてきた。アストレアからだ。内容はこんな感じ。
『クリスティーナ様
今宵24の鐘がなる頃、中庭にて、あなた様がいらっしゃることを心より、お待ちしております。
アストレア』
これを見たとき、身震いがした。何をする気なのだと。しかし、これで合点がついたこともある。ここ半年位、やたらと暗殺者が多く送り込まれてきていた。勿論、全て追い返したけど。精神を叩きのめすというサービス付で。そうか、雇い主はあの女だったのか。
そうはいっても、腑に落ちない事がある。私を暗殺するのは、エドルグリード皇子の婚約者の座から私を消して、自分がその座に居座るためだったのだろう。しかし、私が婚約破棄された今、こんなことしなくてもいいだろうに。一体何を考えているんだろうか。
中庭に着くと、すでにアストレアがいた。
「ごきげんよう。アストレアさん。お待たせして申し訳ないわ」
「あら、本当に来てくれるなんて。思ってもいなかったわ。……本当にお人好しな人」
最後の方は小声で言ったみたいだけど、この静けさの中では丸聞こえだ。何も考えていないのか、わざとなのか……。
「それで……、あなたは私を殺すためにここに読んだということで、間違いないかしら?」
少々気が急いている私は、ズバッと本題に入った。すると目の前の女は目を軽く見張る。
「あら、分かっていたのね。てっきり、周りから蝶よ花よと、それは大事に、大事に、育てられてきていただけかと思っていたのに」
女はクスッと嗤う。周りから見ればそうなのだろう。そう見えるように仕向けてきたから。
でもね、お生憎様。私はそんな柔じゃない。
「そうかもしれないわね。けれど、私には分かってしまったのよ。私を殺すのは構わないわ。ただ、その前に教えてほしいの。あなたは、何をしたいのかしら?」
萎らしそうにして言うと、女はまた嗤った。
「どうせここで死ぬから教えなくてもいいじゃない。と言いたいところだけど、どうせ死ぬなら教えても同じよね。いいわ。特別に教えあげる」
こいつは、馬鹿なのか! と思う私は悪くない。誰かが聞いていたらと考えないのか。まあ、こちらには好都合だから教えてあげないけれど。
「私はね、この国、クヴァシル皇国をもらうのよ。そして、私の父親をいろんな意味で殺すの。あなたはだって知っているでしょう? 私が男爵である父親と市井の女の娘だって。それだけで、私はどこにも居場所がない。下町に行けば貴族をたぶらかした女の娘と言われる。貴族社会にいれば下餞な血を引いていると爪弾きにされる。だから、復讐するの。国ごと全てに。だからあなたは邪魔なのよ。何が«真白の令嬢»よ。光しか使えないのにね。私の方が優秀なのよ。なのに周りはあなたと比べて私が劣ると言ってくる。だから私はあなたのものを奪うの。立場も名声も……命も。──フフッ。どう? いいでしょう? だから死んでね。バイバイ、«真白の令嬢»さん」
ドスッ……。つーっと生暖かいものが胸から滴り落ちていく。ああ、刺されたんだ。良かった。これで私は自由になれる。解放されるの。やった……!
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私がアストレアに刺されて倒れていく。正しくは私の分身がだが。種明かしをしよう。今までアストレアと対峙していたのは私の分身。本物の私は柱の影で身を潜めて一部始終を見ていた。自分が殺されるのを見るのはあまり心地よいものではなかったな。
ついでに言うと、今の一部始終はエドルグリード皇子とその付き人何人かもバッチリ目撃している。私が呼んだのだ。
『そういえば、今宵中庭でアストレアさんとお話をいたしますの。女性の秘密の会話だから見に来ないでくださいまし』
って。そう言ったら来るに決まっているからね。実際来てみたらなんと、呼び出したのはアストレアの方で、私は殺されちゃったってわけ。どんな顔してるんだろう。でも今姿を現したら大変なことになる。魔法で姿を隠してても万が一ってこともあるしな。見たかったな~。
さて、全ては終わった。クヴァシル皇国での私の存在は消えたから。
私は解放されたんだ! 自由になったんだ!
私は学院の寮の自分の部屋に戻ると、この日のために準備していた物を、魔法で作り出した異空間にしまいこんで部屋の扉をあける。寮を出て、学院の敷地から出る。足に身体強化をかけて走る。走りながら体を魔力で包み込み、貴族のドレスから、動きやすい上着とパンツに着替える。勿論この服たちは異空間から出し入れしている。その上から紺のローブを羽織る。そして髪を魔力で包み込み、銀髪から黒髪へと色を変え、複雑に結い上げられた髪をほどき、耳の下で軽くお団子にして紐で縛る。目の色は琥珀色で、この色はありきたりなので変えないままにしておく。
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どれくらい走ったのだろう。私は森の中にいる。身体強化を解き、ゆっくりと足を止める。周りをみわたすと、少し奥の方から明かりが漏れてきている。そちらに足を進めると、森が開けた。そこは崖の上だった。眼下に広がるのは大きな都、隣国のケリドウェン王国の王都。夜にも関わらず明るいのは、光を灯す魔法具があちらこちらに存在しているからだ。
『日本』で見た夜景みたい。クヴァシルとは到底違う……!
私はそう思うと、一気に前に飛び出した。目の前には足場がない。でも私には関係ない。魔法で風を身に纏い、宙を舞いながら降りていく。それでも空気抵抗は多少残るから、前髪が上に流れ、ローブがバサバサと音を立てながらはためく。
とっても気持ちいい!!
地面に音無く足を着くと、周りは静かだった。きっと住宅地なのだろう。遠くの方から声が聞こえてくる。私はそちらに足を向け、歩き出す。
こうして、私は死んだ。そして、新しい生活が今から始まる。