また、明晩も
次の夜もおようは彦四郎の部屋にやって来た。
一つに束ねられていた髪はまげに結い、唇に薄く紅を引いていた。
顔色がいいように見えて、表情も明るく見える。
彦四郎が茶をすすめると、言われるまま湯飲みに口をつける。
彦四郎が微笑むとおようも微笑み返した。
思った通り、かわいい笑顔だった。
「今夜の月はきれいだな」
彦四郎が言うと、はい、と言って恥ずかしそうにうつむく。
初めて会った時とは打ってかわってしおらしい。同じ幽霊とは思えないくらいだ。
彦四郎はおようのことを知りたいと思った。
しかし、辛い経験をしただろう娘に、色々聞くのもはばかれる。
おようの方から話すのを待つのがいいのだろう。
そんなことを考えると、その後の会話は続かない。
彦四郎は、何を話していいのかわからず、所在なくうつむいてしまった。
しばらく茶をすすっていたおようは、
「もう、おいとまいたします」
そう言って席を立った。
「また、明晩も・・・」
彦四郎が言うと、
「はい」
おようは微笑んで答えた。
彦四郎はもう少し、おようと話しがしたかった。
おようも多分、そう思っただろう。
しかし、おようは帰って行った。
そのあと、おようが飲んだ湯のみの中を見ると、茶は少しも減ってはいなかった。