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時代小説 彦四郎と幽霊およう  作者: カワラヒワ
7/20

大家

「なんて、女だ」

 彦四郎は井戸の水で顔を洗いながらつぶやいた。

 今朝は水がずいぶん冷たく感じる。

「おれがいったい何をしたというのだ。ただ、笑ってやっただけなのに、あの仕打ちはなんだ」

 ばしゃりと勢いよく顔に水をかける。

 立ち話しをしていたおかみさんたちが、それを見て笑った。

「お侍様」

 そこは声をかけてきたのは大家だ。

「どうですかな。この部屋の住みごこちは?」

 上目づかいに大家が問うた。

 彦四郎は手ぬぐいで顔をふきながら、

「出たぞ」

 と、ためらわずに言った。

「やはり・・・」

 大家は小さな声で言って口ごもった。

 そして、世間話しをしているおかみさんたちの方をちらりとみてから、

「で、どうされます?」

 そうきくのが当たり前のように開き直って言った。

「どうもこうもしない」

 彦四郎が言うと、

「えっ? では、このままここに住まわれるのですか?」

「そうだ」

 大家の顔がぱっと明るくなった。

「家賃はこのままでいいのだろう?」

「もちろんでございますとも。さすがお侍様は肝が据わっておられます。お侍様がここに居てくだされば助かります。はい・・・」

 大家は笑って、浪人の気がかわらぬ内にとでも思ったのか、そそくさと去って行った。


 彦四郎は、あの女のことを大家にきいてみたかった。でも、余計な詮索をして大家に疎まれてもつまらない。

 せっかく家賃は半分でいいと言うのだから、誰にも何も言わないで、黙っていよう。それがお互いうまくいくというものだ。

 大家は振り返り、小さく頭を下げて路地の木戸をくぐって帰って行った。


 だが夜だ。彦四郎は眉間に皺を寄せた。

 今夜もあの女は来るつもりなのだろう。女は忠正とかいう男に会うために、ここへ来ることはわかっている。

 しかし、おれがここに居て、会いたい男がここに居ないとわかっていても、あんな風に毎夜、おれの顔を覗きにくるのは何のためだ?

 おれを怖がらせて、ここから追い出すつもりだろうか?

 それは困る。

 たとえ、いわく付きの部屋でも安く借りられるこの部屋を、おれは出て行きたくないのだ。

 それに・・・。


 腕組みをして考え込む彦四郎の回りを子供たちが、無邪気に走り回る。

「お侍さん、痩せているけど、ちゃんとごはんを食べているのかい?」

 離れた所からおかみさんが言うと、別のおかみさんたちが笑った。

「ええ・・、まあ・・・」

 彦四郎は不意を衝かれ、うろたえて答えた。

「何か困ったことがあったら、何でも言っておくれよ。少しくらい力になるからさ」

 おかみさんが微笑んで言った。

 彦四郎はぺこりと頭を下げて、部屋の中に入って行った。

 あの人たちは、幽霊のことを知らないのだろうか? 知っていて知らないふりをしているのだろうか?

 彦四郎は小さなため息をついて、ささくれた畳の上に大の字に寝転がった。


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